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■「私のお店」オーナーインタビュー


新井 幸恵さん(prickle)

「かわいい・たのしい・うれしい」を形にしたい

新井 幸恵さん
prickle
ほおかぶりを被った野うさぎの「ロビンちゃん」をはじめ、鍵盤ハーモニカやカスタネットを演奏する青いクマ、白いハリネズミのかばんなど、絵本の世界から飛び出したような世界が広がるハンドメイド&クリエイター雑貨店「prickle(プリックル)」。

店主の新井幸恵さんは「ダイヤモンドみつけたよ*」という作家名で、大人かわいいノスタルジックなぬいぐるみと、心ときめくかばんや洋服などをつくっています。

「prickle」は「ハンドメイド雑貨」や「手づくり作家」という言葉が一般的ではなかった1990年代に、ハンドメイド雑貨メーカーとしてスタートしました。創業から25年、時代がめまぐるしく変化する中、世界観をぶらさずに、「好き」という気持ちを貫いてこられました。

貫いてこられた背景には、どんな想いや努力、工夫などがあったのでしょうか。
マスコット人形が気持ちを表現してくれた
子どもの頃からフェルトでマスコット人形をつくっておられたそうですね。
私は6人兄弟の末っ子で、11歳年が離れた3番目の兄が雑貨メーカーに勤めていました。兄が仕事で関わっているペンケースやかばん、マスコット人形などを日常的に見ていたからでしょうか。

私も何かをつくってみようと、小学4年生の時にはハウツー本を見て、見よう見まねでマスコット人形をつくるようになっていました。楽しくてつくっていたら、どんどん、どんどん増える一方で、そのうち友だちにプレゼントするようにも。

友だちの顔を思い浮かべて「何が好きかなあ?」「どうしたら、喜んでもらえるかなあ?」と考えたり、手渡した瞬間のリアクションなどを想像したりしてつくっていると楽しくて、もともと気持ちを言葉で伝えるのが苦手だから、マスコット人形を通してメッセージを伝えていたんだと思います。

私の中で、ものづくりをする時間がどんどん大きなものになっていきました。

でも、今のように「ハンドメイド雑貨」や「手づくり作家」という言葉が一般的ではない時代だったので、ものづくりはあくまで趣味。作家になるつもりも、雑貨関係の仕事をするつもりもなく、高校卒業後は一般企業で事務職に就きました。
事務職からものづくりの道に進むきっかけは?
事務職を2年近く続けましたが、自分にはあまり向いていないなあって(笑)。そんな時、兄夫婦がテディベアメーカーを立ち上げたので、そのお手伝いをしようと思ったんです。

兄の会社では、海外からテディベアを輸入するほか、自社でもオリジナルのテディベアやテディベアにまつわるハンドメイド雑貨の企画・制作をはじめ、かばんや木製品、陶器、ステイショナリー、絵本といった商品の企画を手掛けていました。

私はここで6年ほど勤め、プランニングや制作、商品管理、量産体制づくり、営業、販売など、働きながらたくさんのことを学ばせてもらいました。

結婚や出産といった状況の変化があり、1994年に独立。夫と2人で「prickle」を創業し、ハンドメイド雑貨メーカーとしてマンションの1室からスタートしたんです。

当初は兄の会社と被らないように、アクセサリースタンド、それとセット販売できるピアス、かばんなどをつくって販売していました。ギフトショーに出展して大手通販会社や全国の雑貨店とつながり、商品カタログを発送して注文を受けていたんです。

お店を持つ予定はなかったのですが、物件を所有する知人から声をかけてもらったので、アンテナショップとして茶屋町にハンドメイド&クリエイター雑貨店「prickle」を1998年にオープンしました。

以降、お店としては、その時々の事情やお声がけなどを受けて、堀江や京橋、「阪急うめだ本店」内など転々としてきましたが、4年前に会社の事務所を構えていた我孫子に移転しました。
「好き」を表現したら、世界観が出来上がっていた
最初はハンドメイド雑貨メーカーからスタートされたんですね。新井さんご自身が作家としてものづくりを始めたきっかけは?
実店舗を持ったことがきっかけです。

企画して製品化した商品だけではお店を埋められなかったので、仕入れた雑貨や手づくり作家さんのハンドメイド雑貨を取り扱うようになり、このお店にしかないものをつくりたいと、私もかばんやその残布を活かしてぬいぐるみをつくるようになりました。

たくさん商品があるにも関わらず、なぜかお客さまは一点ものの手づくりした商品のほうが気になるようで、不思議な感じがしたのを覚えています。その時に思い出したんです。

私もロンドンのテディベアイベントに行った時、世界中の作家さんが思い思いにつくったテディベアやドールハウスのミニチュア、アンティークのお人形を見て、今までに出会ったことのない世界に触れてドキドキわくわくした気持ちと「かわいい」という言葉がつながって、作品からストーリーが見えたような気がしました。

そんなふうに、私がつくった作品も、見た方の心の中でダイヤモンドのように輝いて、いつまでも残るものになれたらいいなあという願いを込め、「ダイヤモンドみつけたよ*」という名前で、作家活動を始めました。

当初は、作家としてすべて一点ものをつくっていましたが、途中からぬいぐるみ以外のかばんや帽子、ブローチなどは複数つくるようにしました。サンプルは私がつくり、内職さんにベースを形づくってもらった上で、刺繍など最後の仕上げは私がします。

日常的に使うかばんや帽子、ブローチなどの場合、「1点ものでないと買わない」と言う人はいません。むしろ「1番最初に来店しないと買えない」「取り置きしておいてほしい」といった声も多く聞かれ、手に入らなくて残念な思いをする人のほうが多かったからです。

ぬいぐるみの場合は、「この子と目が合ったから、連れて帰りたい」というものですから、その子がいくつもあったら意味合いが変わってくるので、一点ものにしています。
prickleのマスコット的ぬいぐるみ「ロビンちゃん」をはじめ、新井さんならではの世界観を感じます。どんな世界観を表現しておられるのですか?
自分が何気なく感じている「かわいい・たのしい・うれしい」を形にしたいと思って、布を選んで、針と糸で丁寧に、ちくちく、ちくちくしていたら、「たまたま、こうなっていた」という感じです。

子どもの頃からアンデルセンやグリムといったおとぎ話が好きで、特に『ヘンゼルとグレーテル』『赤ずきん』『ブレーメンの音楽隊』がお気に入り。絵本を見ながら、部屋の様子や模様がかわいいとときめいていたから、私がつくるものもそんな感じになっているのかなと思います。

絵を描くのが苦手で、手を動かす中で「この子をどんな子にしようかな」「食いしん坊の子にしようかな」「ちょっといじわるっぽい子にしようかな」「もうちょっとこんな感じかな」と育て上げていっています。

この犬のぬいぐるみは、ピンクと青という今までに組み合わせたことのない色の生地合わせから始まり、ちょっと個性的な感じの子にしようと思いました。食べるのが大好きで、ベロをちょんと出したおちゃめな子にしています。
新井さんの「好き」が表現されているのですね。
以前は「自分の好きなもの」をつくっていたのですが、この数年は「自分の好きなもの」だけれども、誰かのことを思い浮かべてつくっています。

そう変化したのは、私自身が店頭に立つようになったからかもしれません。

人見知りでしゃべることが苦手だから、つくることに専念したいと、お店はスタッフに任せていたのですが、「阪急うめだ本店」に出店してからシフトの関係上、私も店頭に立つ必要性が出てきました。

最初は苦手だったのですが、だんだんと楽しくなってきて、お客さまの声を直接うかがえるのは嬉しい。おしゃべりする中で、「ずっと好きだった」と言ってくださる方と出会えたり、たまたま立ち寄って気に入ってくださった方とプライベートなことも含めておしゃべりしたり。

たとえば、楽器を持っている子を連れて帰ってくれたお客さまはご自身が演奏活動をされているそうで、「この子を一目見て気に入った」とお聞きし、そのようなお客さまに向けて、ほかにも楽器を持っている子をつくってみよう、と。
このハリネズミのかばんは、もともと茶色い子をつくっていたのですが、ハリネズミマニアのお客さまが「白いハリネズミグッズはないんですよ」と漏らしていたのを聞いて、白い子もつくってみよう、と。

そんなふうに「あのお客さま、こんな子が好きそうだなあ」「次はこんな子をつくってあげたいなあ」と勝手につくっているんです(笑)。

だからといって、そのお客さまに「こんな子をつくりましたよ」と言うのではなく、また立ち寄ってくれた時に見つけてくれたら嬉しいなあと想像するだけで楽しい。そのお客さまがその子を見つけて連れて帰ってくれたら、想いが伝わったみたいで、さらに嬉しい!

そのほかにも、お客さまの表情が「うわぁ♪」と輝く瞬間を見るのがたまらなく好きで、2度ときめいてほしいと工夫しています。

たとえば、クマの顔をつけたかばんはその見た目でも「うわぁ♪」となると思うんですが、さらに頭の部分をポケットにしていて「うわぁ♪」と。このおうちのかばんは家の形をしている時点で「うわぁ♪」となって、さらに扉が開いて「うわぁ♪」と。

「夢を与える」と言うと大げさかもしれませんが、自分が好きなことをして、こうして誰かに喜んでもらえるって、私にはこれ以上の仕事はないんだろうなと思っています。
時代の変化に関わらず、「好き」を貫く
これまでにどんな「壁」または「悩み」を経験されましたか?
自分の好きな世界観だけでつくっているので、シンプルなものやツルンとしたもの、キラキラしたものなどが流行っている時はものすごくつらいものがありました。

特に、卸しの取引先である雑貨系のチェーン店はトレンドを追いかけていますから、一気に方向転換するので「えぇっ?!」という感じで。

夫婦で会社を経営しているので、稼いでいかなければなりません。直営店では自分の好きな世界観を貫く一方で、卸しのほうでは流行りのビニールバッグをベースにするにしても、手づくりしたアイテムを取りつけるなど、prickleらしさを必ず取り入れていました。

あとは、時代が去るのを、じーっと我慢するだけです。
「じーっと我慢する」とは?
時代は回っているから、流行り廃りは巡り巡っていくもの。時代に合わせて、気持ちをブレさせても仕方のないことです。

「prickle」の世界観が好きなお客さまは変わらずに来てくださっていましたし、卸しのほうでも取引がなくなったお店もありましたが、「prickle」らしさをわかってくれるお店とつながってこられたので、「好き」を共有できる人たちとの関係性を密にできた期間でした。

また、SNSが普及して興味のある情報だけを集められるようになったので、興味のないことはスルーして、「こんな感じが好き!」というのをどんどん突き詰めていけるようになったんです。私自身も、「prickle」みたいな世界観が好きな人に向かって発信できるようになりました。

茶屋町時代、雑誌を片手に雑貨店巡りで、地方からたくさん来られていた時代が懐かしいです。今はスマホ片手に海外の方が来られるようになり、インスタグラムを始めてからは海外から問い合わせが入るようにもなりました。

送金面の課題から、海外には発送していないのですが、日本に旅行に来るついでに取りに来てくださるということで、インターネット上で注文を承って、後日店頭でお渡しするということをしています。海外から日本に来て、観光したい場所がたくさんある中、はるばる我孫子までお越しいただけるなんてありがたいことです。

時代は巡っていきますし、「prickle」も移転など変化してきた部分もありますが、お客さまが以前、「prickle」のことを「『耳をすませば』に出てくる地球屋みたいなお店」と言ってくださったことがありました。

私も、そこだけ時が止まっているような懐かしくて落ち着いて、でも来るたびにわくわくするお店でありたいと思っています。
自分のつくったもの100%のお店づくり
長年に渡ってハンドメイド雑貨に関わるお仕事をされ、メーカー、作家、店主とさまざまな視点をお持ちです。同じお仕事をしたいと思う方に、何かアドバイスをください。
他人と同じようなものではなく、自分にしかできないもの、自分にしかつくれないものを追求することでしょうか。

私も自分の「好き」を形にしていますが、メーカーとして商品企画などの知識やノウハウもあるため、「こうしたほうがお客さまに響く」など感覚としてわかっているから、好きなものをつくっているようでいて、自分のつくるものに対する客観性もあるように思います。

だから、「好き」を形にするだけでは弱いと思っていて、手づくり作家さんの作品を見て、「もうちょっと、ここをこうしたらいいのになあ」と思うことがあるんです。

かばんづくりも市販の布を組み合わせるところに、確かにその人らしさは表れるかもしれないけれど、それだけでは弱いから。たとえば、私の場合はかばんの一部を動物にしたり、刺繍したり、オリジナルのアップリケをつくってつけたりしています。

アクセサリー作家さんなら、自分のセンスを活かして市販のパーツを選んで組み合わせてピアスをつくるだけでは弱いから、パーツを粘土でつくったり、編み物でモチーフをつくったりしてはどうかなあと思うんです。

自分の得意分野を活かして、自分にしかできないものに仕上げていくことが大事かなあと思っています。
近い未来、お仕事で実現したいことは何ですか?
5年ほど前に卸し業を辞めました。

ハンドメイドものがたくさん溢れるようになって、手づくり市やオンラインショップなどが増える一方、経営が厳しくなって閉店してしまう個人の雑貨店が増えてきました。

また、雑貨系のチェーン店は商業施設に出店して規模拡大を図るところが出てきて、膨大な量を納品しなければならなくなるとともに、どの店舗にどんなふうに置いていただいているのかなど状況を把握できなくなってきました。さまざまな面を考慮し、辞めることを決断したんです。

今はお店を中心に、オンラインショップ、イベント出店などをしています。今後は自分のつくったもの100%のお店づくりをしたいんです。

ブローチだけ、刺繍だけと何かに特化している作家さんが多い中、私はメーカーから出発したので、販売先でコーナー展開してもらうために、かばんや帽子、ブローチ、ぬいぐるみなど、さまざまなハンドメイド商品を展開してきた強みがあります。

ここ3年ほどの間にも、自分が好きな洋服を着たいとつくり始めるなど商品ジャンルは増えていて、こんなにも幅広いアイテムをつくっている作家はそんなにいないと思うんです。

現在、私がつくったものは、お店の70~80%ほどを占めています。「このお店のものはすべて、私がつくっています」と言えるようになりたいですね。
profile
新井 幸恵さん
高校卒業後、一般企業に事務職として就職。2年ほど勤めた後、兄夫婦が創業したテディベアメーカーに転職。プランニングや制作、商品管理などの知識やノウハウを学んだ後、1994年に独立して、夫と一緒にハンドメイド雑貨メーカー「prickle」を創業した。1996年に大阪・茶屋町にアンテナショップ「雑貨店prickle」をオープン。同時に、「ダイヤモンドみつけたよ*」という作家名で、ぬいぐるみやかばん、帽子などをつくり始める。茶屋町の店舗を2005年に閉店した後、堀江や京橋、「阪急うめだ本店」内など転々とし、2015年に会社の事務所を構えていた我孫子に移転した。
prickle
大阪市住吉区我孫子3-8-23
HP: http://prickle.biz/
Facebook: pricklezakka
instagram: prickle_diamond_mikke
(取材:2019年8月)
editor's note
新井さんは「好き」を表現することで世界観を確立されていますが、「好き」だけではなく、「自分ならでは」を追求して、工夫やこだわりを貫いておられました。

「誰か1人のことを思い浮かべてつくるようになった」とのお話も印象的で、具体的な1人を思い浮かべるからこそ、表現できることがあり、研ぎ澄ませるものがあり、1人に向けたものだけれども、その1人と共通するまわりの人たちにも届くものになっているのだと思いました。

新井さんが子どもの頃に、友だちの顔を思い浮かべて「何が好きかなあ?」「どうしたら、喜んでもらえるかなあ?」と考えてつくっていたということを彷彿とさせます。

誰かの喜ぶ顔を想像する・・・ものづくりやお仕事の原点を感じるお話でした。
小森 利絵
編集プロダクションや広告代理店などで、編集・ライティングの経験を積む。現在はフリーライターとして、人物インタビューをメインに活動。読者のココロに届く原稿作成、取材相手にとってもご自身を見つめ直す機会になるようなインタビューを心がけている。
HP: 『えんを描く』

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