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■関西ウーマンインタビュー(お店オーナー)


森 美香さん(バウムクーヘン専門店『ズーセス ヴェゲトゥス』店主)

自分にしかできないことを追求し実践する。
私がつくるものには私のすべてが詰まる

森 美香さん
バウムクーヘン専門店
『ズーセス ヴェゲトゥス』店主
ぽこぽこっとした丸みのある愛らしいカタチに、ところどころにマルやサンカクのかわいい焼印。菓子職人・森美香さんがつくるバウムクーヘンは、しっとりもちっとした食感でやさしい甘さがして、食べると心がほわっとやさしくなるようです。

森さんは以前、病院に勤務する薬剤師でした。患者さんのある一言をきっかけに、菓子職人をめざしてドイツへ渡ります。ドイツの国家資格である「製菓マイスター」を取得して帰国後、お店をオープンしました。

「私のお店」だから、自分が好きなことややりたいことができると思っていたそうですが、そうではないんだと気づいたと言います。どんな気づきだったのでしょうか。
薬剤師から、ドイツ修業を経て菓子職人に
以前は薬剤師をされていたそうですが、どうして菓子職人に?
病院で勤務していた時に出会った患者さんの一言がきっかけです。

今から考えると、とんでもないことをしていたなあと思うのですが、自分でクッキーやシュークリームなどお菓子をつくって売店で販売していました。

患者さんと仲良くなっていろいろお話するようになり、アレルギーをお持ちの患者さんが、「甘いものが大好きなのでもっと食べたいけれど、安心して食べられるものが少ない。でも、森さんのつくるお菓子は安心して食べることができるわ」と打ち明けてくれたんです。

こういう人たちのためにお菓子をつくる人になりたいと針路変更しました。
別職種への転職。躊躇しなかったのですか?
あの一言で一瞬にして心を決めてしまいました。もともと子どもの頃から料理やお菓子をつくることが好き。料理学校に通ったこともありますし、一時期は薬剤師をしながらカフェバーでハーブ料理とデザートを提供していたこともあります。

菓子職人をめざすにあたり、これまではずっと自己流できたので、まずはお店で修業しようと思い立ちました。
日本を飛び出して、ドイツへ!すごい行動力ですね。
さまざまなお店のお菓子を食べ歩く中で、飾り気のない見た目と、素朴な味がするドイツ菓子に魅かれました。

京都のドイツ菓子店に修業を申し込んだのですが、断られてしまい・・・店主さんがドイツで修業したと聞いて、私もドイツへ行こうと。

一見すると行動力があるように見えますが、そう思ってからあっという間に1年が過ぎています(笑)。

「誰も、チケットは取ってくれないし、下宿先も決めてくれない、修業先も見つけてくれない。自分でしないといけないよ!」と自分を奮い立たせて、ようやく行動。帰国後は自分のお店を開こうと決めて、1996年にドイツへ渡りました。
ドイツでの9年間、どんな修業の日々だったのですか?
菓子店での見習いを経て職人に。2003年にドイツの国家資格である「製菓マイスター」を取得しました。

その後はフリーランスの菓子職人として、パン&菓子店、ホテルなどさまざまな場所で、お菓子や料理づくり、料理教室の講師、日本の食文化の普及活動などの仕事に携わってきたんです。
「私」ではなく、「お店」として
ドイツから帰国後、お店をオープンされます。さまざまな種類のドイツ菓子がある中で、どうしてバウムクーヘンだったのですか?
バウムクーヘンは芯棒をまわしながら生地をからめつけ、一層焼いては上から生地をつけて焼くことを繰り返します。

焼いて膨らんだ部分はフォークで叩いて空気を抜いたり、バウムの直径が均一になるように調節したり、焼いている間はつきっきりで目が離せません。

気温や湿度、生地の状態などで焼き具合は変わってくるので、毎回違うから本当に難しい。でも、それがおもしろい!

一層ずつ大きくなっていく過程に寄り添っていると、「大きくなったね」「かわいいね」と情も湧いてきます。

つくり手として意欲がそそられるお菓子だったので、自分でお店を始める時は絶対バウムクーヘンはつくろうと決めていました。

でも、お店を始めた当初、バウムクーヘンに注力していたわけではなく、野菜のお惣菜にも力を入れていました。
オープン当初はバウムクーヘン「専門店」ではなかったんですね。
「ごはん」に特別な思い入れがあります。「食べものが変われば、人は変わる」、特に心の持ち方が変わると信じているんです。

たとえば、おなかが減っていると心が荒(すさ)みますが、温かいものを食べると、身体が温かくなって、心もほっとする。

そんなふうに、私のつくるものを食べて、ほんの少し気持ちが楽になってもらえたらいいなあ、そういう人が増えて、暮らしやすい世の中になればいいなあ、そしたら世直しもできるんじゃないかって。

だから、お店の名前はドイツ語で「ズーセス=甘いもので心をまる~く」「ヴェゲトゥス=野菜で心を穏やかに」という願いを込めました。

その考えに行き着いたのは、それまでのさまざまな経験によるものです。

薬剤師時代には「医食同源」の基本となる食の大切さを痛感し、食材は作り方や組み合わせ方で、お薬にもなるのだと思いました。

また、一緒にごはんをつくって食べてしゃべることで、悩みや問題を抱えている人が自分で自分の問題を解決し、希望を見出すような支援をされている方と出会い、その人と”なり”があってこそですが、食べることの大切さ、ごはんが持つ力を改めて感じました。

私自身がごはんをつくることが好きなのもあります。ドイツでセミナー受講者に野菜料理を提供する仕事をしたことがあって、相手を思いながら献立を考えて、心を込めて料理をつくったところ、「こんなに丁寧に料理をつくってくれてありがとう!」と口々に感謝してもらう嬉しい体験をしました。だから野菜のお惣菜も販売するお店にしたいと思ったのです。
野菜惣菜は現在販売されていませんが、それはどうしてですか?
お客さまのほとんどはバウムクーヘンを買い求め、野菜のお惣菜は売れ残って自家消費するばかり。

「どうなんだろう?」「このままでいいのかな?」と思いながら、野菜のお惣菜も、バウムクーヘンも、焼き菓子も諦めたくない、全部したいこと。すべてを同じような力配分で作り続けていました。

お店を始めて3年が経った頃、百貨店のバイヤーさんがアドバイスをくれたんです。

お店の売上全体を100%として考えた時、90%はバウムクーヘンで、10%はその他。野菜のお惣菜はその10%に含まれるほど、売上はほんのわずか。

この10%を90%まで上げるのと、90%をもっと突き抜けさせるのと、どちらがいいかと聞かれました。ガーンと響いてきて、「バウムクーヘンやわ」と納得できたんです。

好きなことをするための”自分のお店”だと思っていたのですが、自分の趣味や好きなことだけを押しつけても、受け入れてもらえなかったら存続していけません。

お客さまが来てくださる、喜んでくださるものを提供できてこそ、お店なのだと思いました。

お店をオープンするために借金もしたし、生活もかかっていますから、好きなことはもっと先に、年齢を重ねてからやろうと踏ん切りがついたんです。

それからはバウムクーヘンに心血を注ぎ、今ではむしろ「私はバウムクーヘンに選ばれたんじゃないか」と思っています。
「私にしか」を追求し、実践し、認めてもらう
四季に応じて、旬のフルーツやお酒、スパイスを取り入れた季節のバウムクーヘンを展開されていて、おもしろいですね!
野菜には四季がありますから、バウムクーヘンでも季節感を出そうとつくるようになりました。

春から初夏にかけては「いちごとヘーゼルナッツ」、真夏は「伊予柑と塩ピーナッツ」、秋は「栗とそば粉」、冬は「ショコラスパイス」等、定番も合わせて15種類展開しています。

ドイツでの経験が活きています。社会情勢の変化によって労働許可証を取得するのに苦労した時期がありました。ドイツ人と同じことをしていては、日本人である私がドイツにいる意味がないんだと思い知らされる出来事です。

私にしかできないことを身につけないといけないし、実践できて認めてもらわないといけない。私にしかできないことをもっと追求して、執着していこうと思いました。
森さんにとっての「私にしかできないこと」とは?
ドイツに渡ったことで、私の根っこは日本であり、京都なんだと気づきました。その根っこがあった上で、さまざまな経験を自分の引き出しにしていく。

たとえば、「京都で生まれ育った“和”を大切にする気持ち」「薬剤師の仕事を通して得た知識」「ドイツでの修業で養った知識・技術・感性」などの引き出しを持っています。

どれか一つではなく、すべての引き出しを活かして、今までにない和洋折衷、日本とヨーロッパが調和した、私にしかつくれないものをと意識して今に至っています。
今年、お店をオープンして10年ですね。
お店を始めてから仕事一色で、整体で身体を整えたり、映画や芝居を観たりすることは罪悪とまで思い込んでいました。

そんなことをやっている時間があったら、もっとやるべきことがあるはずだと。

でも、昨年末に「生きること」について見つめ直す出来事があり、そういう時間も仕事と同等に考えられるようになってきたんです。

私がつくるものには私のすべてが詰まる。イライラしている、疲れているなど、そんなこんなが味に現れて、わかる人には私の心の状態がわかってしまうから。

召し上がってくださる方々の喜ぶ姿を想像しながら、できる限りゆったりと平安な心で、バウムクーヘンを焼いていきたいです。
森 美香さん
京都薬科大卒。大学時代に新聞社の広告局でアルバイトしたことをきっかけに、広告制作に興味を持ち、卒業後は広告代理店に勤務。退社後、薬剤師として通販会社や病院で勤務する。1996年から2005年まで菓子修業のためドイツへ。菓子店の見習いからスタートして職人試験に合格、2003年には職人の最高位の称号である「製菓マイスター」となる。フリーランスの菓子職人として、パン&菓子店、ホテルなどさまざまな場所で、お菓子や料理づくり、料理教室の講師、日本の食文化の普及活動などの仕事に携わる。帰国後、2007年8月に京都・北区紫野に『ズーセス ヴェゲトゥス』をオープンした。
ズーセス ヴェゲトゥス
京都市北区紫竹下竹殿町16
HP: www.sv-baum.com
FB: kyotosvbaum
(取材:2017年1月)
「『私にしかできないこと』って、なんだろう?」と悩んだり探したりすることがあります。でも、「私にしかできないこと」ただそれだけを探していても見つからないのかもしれないと、森さんのお話をうかがって思いました。

「『私にしかできないこと』って、これかな?」ということを実践して認めてもらってはじめて「私にしかできないこと」になるんだと。自分で「これかな?」「あれかな?」と思っているうちはまだ不十分なのではないでしょうか。

森さんが「好きなことをするための自分のお店」だと思っていたけれど、「お客さまが来てくれる、喜んでくれるものを提供し続けるのがお店」と気づかれて、今では「バウムクーヘンに選ばれたんじゃないか」と思うほどになられているのも、「私にしかできないこと」の可能性を実践して認められたからこそなのかなあと思いました。
小森 利絵
編集プロダクションや広告代理店などで、編集・ライティングの経験を積む。現在はフリーライターとして、人物インタビューをメインに活動。読者のココロに届く原稿作成、取材相手にとってもご自身を見つめ直す機会になるようなインタビューを心がけている。


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