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■関西ウーマンインタビュー(お店オーナー)


永江 直美さん(きものトータルプロデュース「はなを」)

きものトータルプロデュース「はなを」
〒606-0824 京都市左京区下鴨東半木町67
TEL:075-724-5161
営業時間:10:00~18:00 完全ご予約制
http://www.hanaokimono.com/
上写真の着物は、友禅の人間国宝「上野為二 作」(⇒参照
永江さんは、ずっと着物がお好きでこのお仕事を始められたのですか?
実はもともと着物が好きだったわけでは無かったんです。私の年代はお嫁入りの時に、箪笥いっぱい着物を持たせてもらった時代でしたから、もったいないですし、娘に着せてあげられたらいいなと思って、着付け教室に通い始めたのがきっかけです。その後、この世界で生きていたいという気持ちが芽生えてきたのは、プロの着付け師として働き始めてからなんです。
着付け教室に通われるまでは専業主婦だったそうですね。
私も主人も愛媛出身で、結婚してから主人の仕事の関係で京都に来ました。子どもが3人いて、34歳までずっと専業主婦をしていましたが、一番下の子が幼稚園に上がって少し手が離れたので、皆さんがよく思うのと同じで、「何かしないとあかんな」と思い始めたというのもあります。

そこで通った着付けのお教室は、思った以上にお金がかかったので、これは着物で取り返したいと思ったんです(笑)なので、着物が好きだからでも、お教室の先生に憧れたわけでもないんですね。それも他の仕事じゃなくて、着物で回収したい。そこでハローワークに行って仕事を探しに行きましたが、着物関係って呉服屋さんの販売かレンタル屋さん、旅館の仲居さん、あとは着付け師でした。

その選択肢の中で、旅館の仲居さんは朝が早いですから、子どもが3人いるので無理で、呉服屋さんになると勤務時間が平日の長時間だからからダメ。そうすると、ホテルの婚礼は土日祝日勤務なので、私の条件にぴったりだったんです。その頃子どもが少年野球をしていて、主人がコーチをしていましたから、土日祝日だと主人が子どもを見てくれてちょうど良かったんです。

そのたった1枚の募集を、受付に行ってこれをお願いしますと言うと、「経験者のみですけど大丈夫ですか」と言われて。私ってそういう都合の悪いことは目に入らないんですね(笑)なんとか面接していただけることになって、「技術職は頑張れば身に着きますから」ということで採用されたんです。
着付け師として働かれていかがでしたか?
そのホテルは婚礼が中心なので、お客様に対するご挨拶から、所作の一つ一つに厳しかったですね。一番最初に怒られたのが花嫁さんのお扇子。普段しているように片手でお渡ししてしまって、「こうして両手を添えてお渡しするのよ」と叱られました。そうした当たり前のことを知らなかったことに、私にはすごく新鮮だったんです。

それがイヤというわけじゃなくて、あまりにも自分が何もできなくて、叱られてばっかりでしたから、ずっと緊張していたんでしょうね。金曜の夜になると必ず夢で唸されていました(笑) でもプロの世界に初めて触れて、先輩たちの着付けの技術者としての向き合い方を傍で見ていて、かっこいいな、ステキやなと思うようになり、着物の世界で生きていきたいなと思い始めました。
それまで着物はあまり着られなかったそうですね。
着付け教室に通っている時もあまり着ませんでしたが、ホテルでお客様に着せているうちに、自分でも着てみたくなったんです。というのも、自分が着てはじめてどの紐が苦しいかが分かるので、お客様のしんどさも分かってきますから、着せるだけでは片手落ちのような気がしたんですね。

そうしていくうちにどんどん着物が好きになってきて、普段もよく着るようになりました。するとお友達から着付けを教えてと言われたり、ご近所さんに着付けを頼まれたりと、いろんなご縁が出てきたことから、一歩進んで平日に宅で着付け教室を始めて、日祝日はホテルに行ってということを3~4年続けました。
このお店を借りようと決心されたのは?
自宅で着付け教室をしていましたが、だんだんスペース的に狭くなったとこもあって、お店を借りたいと思うようになりました。私って小さい頃から、あれがしたいこれがしたいと口ばっかりなので、父には「一晩寝ろ」とよく言われて。一晩寝たらケロっと忘れるという、あまり信用の無い子どもだったんです(笑)

でもこのお店を出すことに関しては誰にも相談しませんでした。「お店を持ちたい」と思った瞬間、誰にも相談せずに不動産屋さんに行ったんです。まあ一度聞いてみようかなという気持ちだったんですが、運よくこのお店に出会いました。 四条などもっと良い場所もあるんでしょうけれど、5.9坪という自分の予算と身の丈にあった店だったので、「たぶん決めると思います」という段階で初めて主人に話しました。

すると「自分がやりたいと思うならやってみたら」と言ってくれて、実家にも反対されると思ったら「したいならやってみたら」って言ってくれました。またこの下鴨という場所も、昔から着物を着る方の多い地域だったので、すごく不思議なんですが、結果的に全てがうまくいったんです。
最初はリサイクル着物の販売からスタートされました。
リサイクル着物の販売をしていて、「普段あまり着ないから貸して欲しい」ということでレンタルを始めて、その後、「お金をかけたくないから、お嫁さんの支度をして欲しい」というお話があって、練習用の白無垢が1点だけありましたから、「これでよろしければ」といって御仕度させていただいたんです。そこからですね。やっぱり私はそうした節目節目の大事な日に、お客様に喜んでもらえる仕事が好きなんだと思い、婚礼用に2枚、3枚と揃えていって、きものトータルプロデュースも始めることになったんです。

借りた当初は5.9坪で、隣には私と同年代の主婦の方が陶器屋さんをされていたんですね。またこの2階も学生用の下宿だったんです。お店を始めて、レンタルがなんとなくうまく行きはじめた頃、運よく隣が空いて2階も空いたので、大家さんに相談して改装させていただきました。
ひとつひとつ、事業を広げてこられたのですね
今年からビンテージのウェディングドレスも始めるんですよ。うちは大正・昭和初期の花嫁衣裳を揃えていますので、それに合うのは絶対ビンテージのウェディングドレスだとずっと考えていたんです。私は英語もできないし、ロンドンに知り合いもいないので、自分の知ってる人みんなに聞いて廻りました。すると知り合いの知り合いがロンドンにいると聞いて、その方を頼って行きました。今年の4月に思い立って、5月には飛んでいましたね。
最初に来られるのは、ご本人さんと親御さんではどちらが多いですか?
成人式まではお母様が私のとこのサイトを見つけてくださって来られますね。卒業式は成人式で着物を一度着ている方も多いので、自分で探してこられる方が多いです。

花嫁さんはほぼご本人。親御さんがお金を出す結婚式が一般的ですが、うちに来られるお客様は、ご両親を招待されるという方が多いですね。うちの着物は全部職人さんの手が入っているものなので、皆さん「こういうお店を探していました」と仰います。
今若い人の中にも、古き良き時代のものを見直そうという風潮が出てきているようにも思います。
お店を始めた頃はギャルメイクが流行っていた時代だったので、若い人は着物に興味が無かったようですし、また手に入らない環境にあったと思うんですね。成人式で送られてくる着物のパンフレットに載っているのは、職人さんの手が入っているものが少ないので、やっぱり本物と見比べると、その違いは誰が見てもわかります。

呉服業界も今大変な不景気ですが、それでも職人気質で本物を伝えていこうと努力されている老舗は残っています。京都は職人さんがたくさんおられて、昔からずっと切磋琢磨されている場所なので、本物の中での選択肢があるというのは恵まれていると思います。私たちの仕事というのは、そうした本物を伝えていくことが大事だと思っています。
逆に、八坂さんや嵐山など観光地には「なんちゃって舞妓」がたくさん歩いていますが、どう見ておられますか?
これ難しい質問です(笑)凝り固まった感覚で見てしまうと、「ありえへん」と思ってしまいますし、扇子一つにも意味があるという中で仕事をしている者にとっては、あの「なんちゃって舞妓」はコスプレにしか見えないんですね。

でもそれもお商売ですし、見方の側面を変えると、まず初めの1歩で浴衣を着てくれて、その形が「キモノってステキ、カワイイ」と単純に思ってくれたら、いつか自分で着てみたいと思うきっかけになってくれるかなと今は思っています。

実際にそれで着物が好きになり、お茶を習うようになったという話もよく聞きますので、やっぱりあれはあれで貢献してくれているんじゃないかと思うようになりました。でもうちは全く違うというプライドは持っていますので、「儲かるからやればいいのに」とよく言われますが、「いやいや、職種が違いますから」って言っています。
11年目になるそうですが、これまで続けてこられた秘訣は何ですか?
実家はお饂飩屋さんをしていたので、のれんをくぐらないと「ただいま」と言えない家だったんです。いつも土日になると姉妹で手伝わされていたので、商売は絶対いやだと思っていたんですけど、やっぱり思い出すのは、頑固な父をサポートしながら、お客さんに向けた母の優しい笑顔なんですね。それが今すごく私にも染みていて、お客さんに喜んでもらえることが第一なんです。

父に似たのか「お金が無くなっても命までは取られない」と思っていますし、それより「やりたい」という想いが先にありますから。それと1回1回のお仕事が、その時自分のできることをやり切っていますし、最後はお客さんの手を握り合って、「良かったですね、ありがとうございました」とお互い言える関係を築いてきているので、それでどんなこともチャラになっているんだと思います。
自分の好きなことを仕事にしたい方に向けてメッセージをお願いします。
皆さん何かしらしたいと思っていることがあるけれど、なかなか初めの1歩が踏み出せない方が多いですね。仕事でなくても、例えば英語を習いたいとすると、すぐにお教室に問い合わせをすることも最初の1歩です。それを、日程が合わないとか、これにを行くことであれができなくなるとか、1歩が踏み出せない人は、頭の中で考えていろんな理由をつけてしまうんです。

お商売でも、始めてから利益で出なかったらどうしよう、家賃が払えなかったらどうしようと、「考える」のは大事ですが、「迷う」という時点で自分の準備ができていない。自分の想いがさほどではないということだと思うんです。自分の人生の中で、これをやらずに後悔したくないと思うなら、頭の中で迷わず、まずやってみることですね。

よく聞くのが、最初から大きなふろしきを広げてしまう方が多いんですね。カフェがしたいと思えば、ステキなアンティークの家具を置いて、あんなにしてこんなにしてと、すごいことまで考えちゃうんですよ。そうじゃなくて、まず小さな、それこそ5人座れるところで、自分の自信のあるものを提供することから始めれば、次の2本目があるんです。まずできることから始めて欲しいですね。

また、カフェを開きたいからって、カフェの学校に行けばすぐにできるかといえばできないと思うんです。教室に3年5年通っても、学ぶということは経験が伴わないと、やっぱりそれは受身です。人に何かを提供することや物を売るということは、すごく責任のあることですから、受身の環境で頭の中だけではできません。

実践の環境に身を置きながら、たとえばコーヒーを勉強しているうちに、お料理に興味を持つかもしれない。出会いやタイミングで、カフェだと思っていたけど、実はイタリアンだったとか、気がつけば着付け師になっていたとか、自分がやっていきたいことは変わっていくのはあたりまえだと思います。

だからまずは初めの1歩ですね。でもそれは1本の道じゃないかもしれない。1本道だと固く考えて、逸(そ)れてしまったら大変だと思いがちですが、その道が本当に自分に合っているかどうかもわかりませんから、堂々と逸(そ)れてください、と伝えたいですね。
ありがとうございました。
(取材:2014年9月 関西ウーマン編集部) 
 

 

 

 


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