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■「私のお店」オーナーインタビュー


来田 信子さん(『TOY PAN』店主)

旅も、生き方も、リンク。
結果は置いといて、過程そのものを楽しみたい

来田 信子さん
(『TOY PAN』店主)
のほほ~んとした姿のクマさんパンに、コロンとかわいいクロワッサン、絵本に出てきそうなチョコレートタルト、いろイロなお花や動物のカタチをしたクッキー・・・

おもちゃのようなパンやおやつが並んでいて、「どれにしようかな♪」とうきうき、わくわくします。

ここは来田信子さんがパン職人の夫とふたりで営むベーカリーショップ『TOY PAN(トイパン)』。

ベーカリーショップを始めて、2017年で22年。はじまりは「パン屋をすればいいのに」というひらめきだったとか。時には「もう、あかん」とお店を閉めたり休んだりして旅に出ることもあったそうです。

そんな日々の中で、いつしか「旅」「パン」「お店」が大切にしたい柱になっていったと言いますが、ひらめきがどのようにして大切な柱に変わっていったのでしょうか?
「ひらめき」からのスタート
ベーカリーショップを始めるきっかけは何だったんですか?
当時、夫は体重が80キロほどあったので、ジャムおじさんに見えたんでしょうね(笑)。「営業職を辞めて、パン屋をすればいいのに」とひらめいて言ったら、「とりあえず、やってみようか」と。

結婚して、私は会社を退職してアルバイトを転々と、夫は日本とオーストラリアでパン修業をしました。その7年後の1995年に自分たちのお店を開いたんです。
ベーカリーショップを始めて、今年で22年。「ひらめき」からのスタートだったとは驚きました。
オーストラリアでのパン修業も、夫が望んでではなくて、私が海外で暮らしてみたかったから。

アルバイトをしていた和菓子店の所長に「知り合いがオーストラリアで働いてくれる日本人のパン職人を探しているんだけど」と相談されて、「えっ!うそ。やった!」って。

夫からは「なんで、オーストラリアやねん」とつっこまれましたが、丸めこみました。

いつも、そう。ひらめいて「やってみよう!」と進むタイプで、準備したり計画を練ったりというのが苦手なんです。

先のことなんて何も考えないで突き進むので、ぼんぼんぼんって壁にぶつかってばかり。全然スムーズにいかないのですが、それでいいんです。流れに逆らわずに進みます。
人生に「旅」は欠かせない
来田さんにとって「旅」が人生に欠かせないものになっているそうですね。いつから旅をするようになったのですか?
はじめての海外旅行は、社会人になった18歳の時。会社の先輩から海外旅行の話を聞いて、「どんなもんなんだろう?」とハワイに行ったことがきっかけです。

それからすっかりはまってしまい、お金を貯めては「休ませてください」と会社に頼み込んで、セブ島やグアム、アメリカなどへ。

旅をするために働いているようなものです。それは今も変わらず、「次はここに行くから、そのために働くで!」と馬の鼻先にニンジンをぶらさげるみたいな感じで、2人で頑張っています。
旅先ではどんなふうに過ごしているのですか?
会社員時代はリッチな旅をしていましたが、オーストラリア暮らしを経てからは「言葉なんて通じなくてもなんとかなる」「他人の目なんて気にしない。自分らしくいけばいい」と度胸がついたのでしょうか、バックパッカーです。

現地の人たちとのコミュニケーションよりは、バスで移動しながらいろんなものを見て楽しんでいます。
旅のどんなところが魅力なのですか?
「自分の知らない世界を見たい」とうずうずするんです。小さい頃から好奇心のかたまりで、「あれも」「これも」「それも」とやりたいことが続々と。

そういえば、お稽古事も次から次に始めてはやめてしまうので、親から「あんたにはもう何もさせへん!」と言われていました(笑)。

旅もそんな感じで、「あの道を曲がったら何があるんだろう?」「あの道は」と尽きることがないんです。

今は「お店のために旅に出ている」という感覚が強いかもしれません。旅先にはヒントがたくさんあります。

「これはパンづくりに使えそう」「これもええんちゃう」など旅先で発見やヒントをたくさん吸収して、お店を営む中でさまざまなカタチで表現しています。

旅をしたいがために、仕事を絡めることもあります。2階を雑貨屋さんにしてヨーロッパに買い付けに行ったり、アイシング技術を高めるためにアメリカ修業に飛び出したり。

アメリカ修業に行く時は、お客さんから「技術を学びに行くのに、英語ができなくて大丈夫?」と心配されましたが、「そういえば、そんなことを考えてなかったわ!」って(笑)。

何も考えないからこそできたチャレンジでもあります。
旅の目的が「仕事のために」と変わってきたとのこと。どうして、そう変わってきたのですか?
夫の見た目から「パン屋だ!」とひらめいただけなのに、いつしか「パン」「お店」が私たちにとって大切な柱になっていました。

もともとケーキのほうが好きだったからケーキ屋をしていたかもしれないのに不思議です。

これまで2回ほど「パン屋を辞めてもいいかなあ」と思って旅に出たことがあって、そのおかげで「パンが好き」「パン屋をやりたい」という気持ちを確認することにつながったのかもしれません。
「旅」によってもたらされた変化
「パン屋を辞めてもいいかなあ」と思ったこととは?
お店を始めてから7年が経った頃のこと。市場しかなかったまちに、コンビニやスーパーができるなど周辺環境が変わってくると、売上がどんどん落ちていったんです。

「もう、あかん」とお店を閉めて、アメリカンドリームを求め、アメリカに放浪旅へ。

帰国すると、夫が以前「阪急沿線でお店を開きたい」と話していた願いが叶う物件が見つかり、「もう1回パン屋をしようか」と再開したんです。

次はリーマン・ショックの後。こんなに小さなお店にもすごい影響があって、2009年・2010年の売上が最悪でした。

「もう、あかん」と、本当は50歳で世界旅に出る予定だったんですが、3年早めることに。「帰国後はお店を閉めて他に勤めに出てもいいし、パン屋をやりたいと思えばやってもいいし」と思っていたら、やっぱり「もう1回パン屋をやりたい」となったんです。

夫も、私も、パンが好きになっていたし、お店も気に入っている・・・世界旅後はパンやお店づくりに対する考え方も変わりました。
世界旅後にパンやお店づくりに対する考え方が変わったとは?
1回目の『やきたてぱん きただ』はまちのパン屋さんという感じでしたが、2回目の『Feinbrot(ファインブロート)』は堅焼きパンばかりで、今思えば背伸びしていたんでしょうね。

自分たちがつくりたいパンや好きなパンをつくって、それを好いてくれる人だけが買いに来てくれたらいいと思っていたんです。

でも、リーマン・ショック後、バターや小麦粉など材料が手に入らず、自分たちがつくりたいパンをつくれない状態が1年ほど続きました。

お客さんに「あれはないの?」「あの時のあれが食べたい」と言われても、つくることができない。食べたいパンがなければ、お客さんはどんどん離れていく。

その時、自分たちのお店が「大人のパン屋」という印象を持たれていて、「このパンがあるから」とめざしてこられるお客さんが多く、マニアなお店になっていたことに気づきました。

パンが好きだから、パンをつくりたいけれど、売れなかったらつくれない。お客さんが望むものがなければ、売れない。「私たちがやりたいことだけをやっていても商売は成り立たない」ということが響いてきたんです。

パンが好きだから、つくりたいからこそ、売れるもの、お客さんが望むものをつくろうと思いました。
それで『Feinbrot』から『TOY PAN』としてリニューアルされたんですね。
大人だけではなく、ちびっこにも来てもらえるお店にしようと、動物パンをつくったり、アイシングクッキーのクオリティを高めたり。

「こんな動物パンがあったら喜んでくれるかなあ」と思いながらつくるのですが、一番喜んでいるのはやっぱり自分たち。「このパン、かわいいなあ」「これもいい」と結局、自己満足になっていますね(笑)。
旅がもたらしてくれた変化ですね!
知らない世界に一歩出てみると、自然と自分の立ち位置が見えてくるように思います。

ここではないどこかに身を置くことで、目線が変わるので、見えることも変わってくるんです。その分、気づけることも多い。

旅に出ず、そのままの日常が続いていたら、「パン」「お店」が柱にならず、職を転々としていたかもしれません。

旅も、生き方も、リンクしていて、結果は置いといて過程そのものを楽しみたい。「これをしたら、こうなるかなあ」「こうでもない、ああでもない」と考えてしまうからこそ、できなくなってしまうこともあるんじゃないでしょうか。

結果がどうであれ、ダメならダメで、また次頑張ればいいやんって。「ひらめいたら、GO!」という感じで突き進んじゃうんです。
これからも旅を?
行きたいところをまだ残しています。たとえば、アフリカ。20代の頃から「マウンテンゴリラを見たい」と思っていて、さらには人間の原点に触れられるかもしれないという期待も。

バスでさまざまな風景を見ながら旅したいと思っているのですが、夫からは「旅の最終地点で待っているから、一人でいってきて」と言われているんです(笑)。
 
来田 信子さん

高校卒業後、一般企業に就職。結婚を機に退職し、以降はショップ店員やトラックドライバー、ケーキ店販売スタッフなどのアルバイトを経験。1992年から1994年までオーストラリアで暮らす。帰国後、1995年に尼崎・上坂部に『やきたてぱん きただ』を開店。 2002年には閉店して数ヶ月間のアメリカ放浪旅へ。2003年に尼崎・塚口に『Feinbrot(ファインブロート)』を開店。2011年5月から2012年2月まで休業し、世界旅へ。2016年7月末に、店内を改装し、店名も『TOY PAN(トイパン)』として開店した。
TOY PAN(トイパン)
尼崎市南塚口町2-20-12
営業時間:7:30~19:00
定休日:月曜・火曜・不定休
blog: http://ameblo.jp/toypanstart/
(取材:2017年6月)
ベーカリーショップを始めたのも、アメリカでのアイシング修業も、「何も考えないからこそできた」と振り返る来田さん。たとえば、私だったら、経験もなく好きでも得意でもないベーカリーショップを開こうとは思わないでしょうし、アメリカ修業も「技術を学びに行くわけだから、英語ができないと無理だろうなあ」と諦めてしまっているでしょう。

でも、来田さんは「やりたい!」という気持ちで飛び込んでいく。だからこそ、できたことがあって、拓けた道もあります。そう飛び込んでいけるのは、「何も考えないから」ではなくて、どんな結果になったとしても受け止めて楽しめる覚悟があるからではないでしょうか。そういうふうに、人生も、旅も、楽しんでおられるのだろうなあと思いました。
小森 利絵
編集プロダクションや広告代理店などで、編集・ライティングの経験を積む。現在はフリーライターとして、人物インタビューをメインに活動。読者のココロに届く原稿作成、取材相手にとってもご自身を見つめ直す機会になるようなインタビューを心がけている。
HP:『えんを描く』

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