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■関西ウーマンインタビュー(クリエイター)


岡安いつ美さん(フォトグラファー/ANTENNA 編集長)

「音楽に関わりたい」がスタートライン。
職業や肩書きには囚われていない

岡安いつ美さん
フォトグラファー/ANTENNA 編集長/株式会社Eat, Play, Sleep 代表取締役
フォトグラファー、ウェブディレクター、メディア「ANTENNA」編集長、株式会社Eat, Play, Sleep代表取締役という、さまざまな職能と肩書きを持つ、岡安いつ美さん。

ライターやフォトグラファーという職業をめざしていたわけでも、クリエイティブな仕事がしたかったわけでもなかったそうです。「音楽に関わりたい」という幅広い方法や選択肢が考えられる「想い」を出発点として、自分の「好きなこと」「してみたいこと」「できること」と、他人から「必要とされること」を組み合わせてきた結果、自分さえも想像しなかった今があると言います。

何かに囚われることもない、その生き方や働き方の原点にあるものとは何なのでしょうか。
音楽に関わりたい、その想いにマッチするものを探して
岡安さんは現在、フォトグラファー、ウェブディレクター、メディア編集長、会社代表取締役と、さまざまな職能と肩書きをお持ちですが、もともとの出発点は「音楽に関わりたい」という想いだったそうですね。その想いを持つきっかけは何だったんですか?
兄たちがバンド好きで、ライブに行っているのが羨ましかったからでしょうか。私も中学生の時に、母に頼んでライブに連れて行ってもらうようになりました。ライブデビューはパンクバンド、もう「最高か!」となっちゃって。

地元は茨城県ですが、東京都内まで1時間ほどで出られる電車の沿線に暮らしていたので、「CDより、断然ライブ!」と都内のライブハウスに通うようになりました。

漫画好きの父と、ラジオ好きの母、バンド好きの兄たちという、カルチャーにまみれた家庭環境だったのもあってか、私も音楽にどんどんのめり込んでいったんです。

好きなミュージシャンが多数登場する深夜のTOKYO FMラジオをリアルタイムで視聴、高校生になると1人でライブハウス通い、音楽番組専門チャンネルが観たいと駄々をこねてテレビの有料チャンネルを契約、音楽雑誌を熟読、大学生になるとフジロックフェスティバルをボランティアスタッフとして参加しながら満喫。

国内のみならず海外も、メジャーのみならずインディーズも、さまざまな音楽を積極的に摂取するようになり、「やっぱり、音楽が好きだな」って。もう、どうしてそれほどまでに音楽に惹かれ、のめり込んだのかは、自分でもわからないほど。

高校生の時には、音楽に関わる仕事がしたいと思っていました。その「音楽に関わりたい」がスタートラインで、その想いにマッチする何かをずっと探し続けてきたんだと思います。

そんな中で、自分でバンドを組むなどしなかったのは、幼い頃にピアノを習っていたものの、発表会が嫌いで1度もうまくいった経験がなかったからかなと推測しています。

音楽の裏側には仕事があることを知っていたから、音楽関係のラジオやテレビ、雑誌のスタッフ、CDショップで働くのもいいなと考えていたんです。
「音楽に関わりたい」という想いを、どう仕事にされてこられたのですか?
大学3年生になって就活を始めた時、自己分析がどうしても苦手で、書類を作成できたこと自体に満足してしまったのか、企業にアプローチしたのは2社くらいだったような。

あとはひたすら、音楽に関わる仕事ができそうなところに連絡しまくった結果、唯一リアクションがあったのが、音楽フェスの速報サイトでした。ミュージシャンや出店者への事前取材や当日速報などを発信しているウェブサイトで、音楽フェス主催会社ともつながりながら、ファンが有志で運営していました。

そのウェブサイトで24歳までライターとして記事を書き、CDショップなどでのアルバイトを経て、よりミュージシャンのそばで働くため、ライター時代に知り合った方がオープンした京都のライブハウスに就職し、京都へ移住しました。

以降は、そのライブハウスつながりでウェブ制作会社で働くことになり、音楽イベントの記録写真を引き受けたことをきっかけにフリーランスのフォトグラファーとしての仕事をスタートさせました。

その間に京都にメディアをつくりたいと「ANTENNA」を立ち上げ、現在は編集長として活動しています。また、「ANTENNA」からの新たな展開として、昨年末には文化をテーマとした企画・制作・編集を行う株式会社Eat, Play, Sleepも設立しました。

ライターになりたかったわけでも、フォトグラファーになりたかったわけでも、ましてや会社をつくりたかったわけでもなかったので、今こうしているのが不思議です。今はフォトグラファーが、音楽に関わりたいという想いと1番マッチしていると思っています。
10年間、トライアル期間
岡安さんの軸になっておられるメディア運営者とフォトグラファーのことに絞って、そのお仕事に携わる経緯、壁や悩みなどを、詳しくうかがいたいと思います。まず、「ANTENNA」というメディアを立ち上げるきっかけは何だったのですか?
ライブハウスで働くことになった時、関東から移住してきたばかりの私には京都にどんなライブハウスがあるのか、どんなミュージシャンがいるのかなど、京都の音楽業界の実態がわかりませんでした。ツイッターで調べても、点の情報があるだけだったので、文脈や時系列がアーカイブされていくメディアがあるといいのになと思っていました。

ライブハウスで働き始めると、自分がそれまで見てきた音楽シーンはなんて上澄みだったんだと衝撃を受けました。

年1回しかライブをしないバンドもいれば、アルバイトをしながら全国をまわっているバンドもいるし、会社員をしながらというミュージシャンもいます。

音楽に全振りしていなくても、音楽が好きで活動している人たちの音楽はすごくかっこいい。そのよさが、そのミュージシャン界隈で完結しているなんてもったいないなと思ったんです。

自分が持っているライターという職能を活かして、音楽の仕事をしているからこそ、出会えた人たちを取材して、発信できるメディアがあればいいのにという想いが募りました。

最初からメディアという形にこだわったのは、個人がブログなどで発信するだけでは、伝えたい人たちにたどり着いてもらえないと考えたからです。

メディアという形であれば、大学時代に私があの音楽フェスの速報サイトを見つけたように、見つけてもらえるんじゃないかなって。資金がなくても、メディアをつくることができるのは知っていたので、京都でもそんなメディアをつくることができたらいいなって。

そんな話に興味を持ってくれたのが「ANTENNA」代表の堤です。それが2013年に「ANTENNA」を立ち上げたきっかけでした。

京都には映画をつくっているバンドマンがいたり、ミニシアターの若い館長がいたり。小さなまちのなかで、おもしろいことをしている同世代がたくさんいるのに、そんな多様なカルチャーが関わる機会がないのはどうしてだろうねとも話していました。

音楽に限らず、京都のカルチャーが混ざり合うようにしたいという構想を持ちながら、まずは自分たちにとって身近な音楽の情報を発信するフリーペーパーを発刊しました。その後、ウェブメディアとして展開し、2021年5月には新たなメディアを立ち上げるまでに至っています。
次に、フォトグラファーになるきっかけは何だったのですか?
デジタル一眼レフカメラを初めて購入したのは、アメリカの音楽フェスを取材することになった時のことです。

当時は自分が書くテキストに自信が持てなくて、写真のおかげで自分の発表する記事が成立していると思っていました。アメリカでの取材はフォトグラファーが常に同行とは限らなかったので、自分で写真を撮らなきゃとなったんです。

渡米直前に購入したこともあり、うまく撮れるわけもなく、「私、カメラに向いてないんだ」と、その時はすぐにやめてしまいました。

その数年後、ライブハウスのスタッフ時代に、音楽イベントにボランティアスタッフとして参加したところ、記録撮影する人がいないと聞いたので、「私、カメラを持っていますよ」と言ったら、「じゃあ、お願いできる?」という感じで、記録撮影係に。

その時だけのつもりが、会場内を撮影して回っていたら、ライブハウスでもお世話になっていたバンドの方から「写真、撮れるの?今度ライブで撮ってよ」と声をかけられたんです。

いい写真を撮りたい、と意を決して撮影に臨みました。そしたら、撮影した写真をバンドの方が気に入ってくれて、以降はライブの撮影に行くようになったんです。
岡安さんの想いや行動、そこからさまざまな出会いがつながって、今に至るのですね。ライターやフォトグラファー、メディア運営者など、同じクリエイティブの仕事とはいえ、それぞれ求められる知識も技術も異なります。それゆえの「壁」または「悩み」などはありましたか?
相手から「いい」と評価してもらえても、自分のセンスや技術などに自信が持てなかった時があります。

たとえば、私のまわりにはプロのフォトグラファーもいましたし、カメラに詳しく、技術のある人たちがたくさんいました。私みたいなペーペーがフォトグラファーなんて名乗っちゃいけないと思っていたんです。

そう思ったのは、プロのフォトグラファーの方から「デジタル一眼レフカメラを持った“なんちゃって”フォトグラファーが多すぎて、自分たちの仕事の評価が落とされていく」と嘆いていたのを聞いていたからかもしれません。

撮影の依頼を受け始めて2年ほど経っても、自分はその“なんちゃって”フォトグラファーだと思っていました。

もちろん、いい写真を撮りたいと真剣に撮影には臨んでいるのですが、フォトグラファーという職能に振り切っているわけではなかったので、その程度で毎日撮影している人と並んで「フォトグラファー」と名乗ることがすごく失礼なことだなと感じていました。

そんな気持ちがベースにあったから、「いい」と評価してもらえても、「私の写真なんて」となっていたんだと思います。
今はフォトグラファーを1番に名乗っておられます。他人から評価されても、自分で“なんちゃって”フォトグラファーと思っていたところから、どう変わることができたのですか?
自分で自分の写真を否定することは、私の写真を「いい」と言ってくれている方々の感覚を否定していることになるんじゃないかな、それってすごく失礼なことなんじゃないかなと気づきました。

正直、今でも自信はありません。でも、誰かから必要とされる限り、それが自分のセンスや技術の証明になります。必要とされる限りは、続けていきたいと思っているんです。
「自信がない」という状態は、不安であり、しんどいことでもあるように思います。特に、ご自身で「自分は“なんちゃって”フォトグラファーなんだ」と思っていた時は、しんどかったのではないでしょうか。そんな状態ながらも続けていくことができたのは、なぜだと思いますか?
私は優等生であったことも、飛び抜けて何かができる天才タイプでもないので、不安ではありましたが、しんどいとは思っていませんでした。もしかしたら、これが常態なのかもしれません。まさかクリエイティブの仕事ができるなんて微塵も思っていなかったので。

中には、「デザイナーは向いていないな」と思って続けてこなかったこともありますし、続ける以前に「これは向いていない」と思ったものにはトライしてもいません。

今続けていることは自信がなくても、不安でも、それがないと生きていけないくらい、自分にとって必要なことだから。

あと、音楽フェスの取材で初めて渡米した時に出会ったバンドマンの「10年は続けなさい。技術が未熟でも、10年も続けていたら、まわりにはライバルがいなくなって、プロになっていると思うから。俺は見ているから、頑張れ!」という言葉がずっと心にあります。

不安があっても、自信がなくても、とりあえず続けないと始まらない。10年やって初めてスタートラインに立てるくらいに思ってきましたから。10年間、トライアル期間なんです。
10年間は、自分に合っているかどうかを見極めるのに必要な「トライアル期間」。たった数ヶ月、数年で、その先にある可能性や未来を手放すのはもったいないということですね。
「向上しないな」と思っていても、続けてさえいれば「あ!変わったな」と変化を感じるタイミングがあります。つい最近も、仕事を長年一緒にしてきた人から「写真がうまくなりましたね」と言われることがありました。

続けてきたから取材できる対象が広がったり、獲得できた仕事があったりするのも事実。ぽっと始めたばかりだったら、絶対に経験できないことが今はできていますから、自信がなくても不安でも、続けていればこそのことがあります。

フォトグラファーになって7年、ライターになって10年が経ちます。

「ANTENNA」を立ち上げて以来、堤が編集長を務めてきたのですが、昨年から私が編集長を務めることになりました。私を励ましてくれたバンドマンの方に報告したら、「10年続ける人はなかなかいないぞ。ちゃんと頑張ってきたんだな」と言ってもらえました。

フォトグラファーの仕事が目に見えて評価されていく中で、ライターとしては自分の文章の非力さを痛感しながらも諦めずに続けてきて、自分たちが立ち上げたメディアとはいえ、編集長になったことで、一つの夢を叶えたような気分に浸っています。
多様な選択肢があるということ
岡安さんは「音楽に関わりたい」という想いが出発点で、職業が夢だったわけではありません。また、1つの職業にも固執しないという生き方、働き方が印象的です。
固執してこなかったのがよかったのかなと思います。

会社を辞めて、フリーランス1本になって3年くらいは仕事が少なかったので、デパートのお菓子屋さんでアルバイトをしていたことがあります。本業とは関係のない仕事ですが、本業ではしないだろう仕事に取り組めたり、職場のおばちゃんとおしゃべりしたりして、何気に楽しんでいました。

私はそういう生き方でいいんじゃないかなと思っているんです。

肩書きがあったほうが、他人が仕事を頼みやすい状況になるので、フォトグラファーを名乗っていますが、私自身は職業や肩書きには囚われていない感覚があります。
将来の夢は職業で考えてしまうところが多いところ、そうではなく、自由であれたのはなぜですか?
父親が経営者で働き方もいわゆる「9時から17時まで」ではなかったですし、音楽フェスの速報サイトのライター時代にはフリーランスで活躍している女性のフォトグラファーがまわりにいて。

京都に引っ越してきてからも肩書きに囚われないで仕事をしている人にたくさん出会ってきました。

さまざまな生き方、働き方があるんだということを自分の目で見てきたから、多様な選択肢があるということを知っていることが私の強みだと思います。

「こうしかできない」「こうじゃなきゃ」というものに囚われる必要はないと思います。「ANTENNA」でも、そういったいろんな考え方や生き方がありだということを発信したいんです。
「音楽に関わりたい」という想い。「想い」という軸を持つことの強さ、自由さみたいなものを感じます。最後に、近い未来、お仕事で実現したいことを教えてください。
音楽に関わる手段として、今はフォトグラファーが1番と思っていますが、これから先どう変わっていくかはわかりません。

音楽に関わりたいという想いも、ライターの仕事を通して得た自分が見ているもののよさやおもしろさをシェアしたいという想いも、職業が変わっても、方法を変えたとしても、どんな場所に移り住んだとしても、続けていくんだろうなと思います。
profile
岡安いつ美さん
大学在学中の2010年から音楽メディアのライターとして活躍。2011年に大学卒業後、CDショップなどのアルバイトを経て、2012年にライブハウスに就職。それを機に茨城県から京都府へ移住。2013年にウェブ制作会社に転職し、ウェブディレクターを務める傍ら、京都のインディミュージックやローカル情報を発信するメディア「ANTENNA」を立ち上げて副編集長就任、個人でライブ写真などの撮影依頼を受けるようにもなる。2018年に独立して、フリーランスのフォトグラファーに。2020年には「ANTENNA」編集長、株式会社Eat, Play, Sleepを設立して代表取締役に就任。現在はフォトグラファー、ウェブディレクター、ライターなど、さまざまな業種でコンテンツ制作などに携わる。
Photographer WEB: http://itsumiokayasu.com/
ANTENNA WEB: https://antenna-mag.com/
(取材:2021年3月)
editor's note
職業ではなく、想いを出発点としているからこその、さまざまな関わり、広がり、楽しさ、豊かさ、のびやかさなどを岡安さんのお話をうかがって感じました。

とはいえ、さまざまな職能に挑戦される中で、「自分には、これを行うだけの知識も技術もセンスもないかも」と自信が持てないことが出てくるでしょうし、自信が持てないことが不安につながり、しんどさを抱えることもあるでしょう。

それに対して、「私は優等生であったことも、飛び抜けて何かができる天才タイプでもないので、不安ではありましたが、しんどいとは思っていませんでした。もしかしたら、これが常態なのかもしれません」と岡安さん。

「自信が持てない」状態を当たり前に思えないのは、違う見方をすれば、自分に対しての自信や驕りなどがあるのかもしれないなと思いました。

自信がなくても、自分自身が必要としていたり、誰かから必要とされたりしているのなら、しっかりと掴んでいてもいい。自信が持てないからこそ、その中で自分にできることを探すし、努力することを積み重ねていけるので、そのことが強みにもなるから。

10年間はトライアル期間と思えば、いろんなことに挑戦できる気がしました。
小森 利絵
編集プロダクションや広告代理店などで、編集・ライティングの経験を積む。現在はフリーライターとして、人物インタビューをメインに活動。読者のココロに届く原稿作成、取材相手にとってもご自身を見つめ直す機会になるようなインタビューを心がけている。
HP: 『えんを描く』

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