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■関西ウーマンインタビュー(アーティスト編)


黒田 かなでさん(音楽家)

自分の心に100%の嘘は絶対につけない

黒田 かなでさん
音楽家
「私がやっている音楽は、クラシックでも、アイリッシュでも、ジプシーでも、ジャズでもない。ジャンルなんて『楽しいと思う音楽』でいいやんって思うんです」と笑う、フリーのバイオリニスト黒田かなでさん。

コンサートホールやライブハウスではもちろん、保育園や幼稚園、小学校、はたまた居酒屋や立ち飲み屋で、高度な演奏テクニックを駆使しながら、楽しい時には笑い、悲しい時には涙を流し・・・全身で伝えたいメッセージを表現する姿に引き込まれます。

現在の黒田さんからは想像できませんが、5歳でバイオリンを始めてから大学に入学するまで「一度も笑って演奏したことがなかった」そうです。どんな葛藤や悩みを越えて今の演奏スタイルにたどり着き、今はどんな想いで演奏されているのでしょうか。
バイオリンを「気軽に演奏できる楽器」として
お母さまが声楽家、お父さまがオーケストラの指揮者。黒田さんがバイオリンを選ばれた理由は?
私からバイオリンを弾きたいと言ったらしいのですが、私自身にはそんな記憶はなく。おむつを履いていた頃から両親に連れられてオーケストラの練習や本番に行っていたので、演奏を観て「私もやってみたい」と言ったのでしょうね。

絶対音感をつけるためにピアノを3歳から、バイオリンは5歳から習い始めました。毎日のレッスンが大変で、嫌で嫌で辞めたくて仕方なかったんです。

中学時代には親に反抗して、一般的に「悪い子たち」と言われるグループに入ったこともありましたが、友だちから「あんたは頑張れることがあるんやからいいやんか」と背中を押されて。

両親のおかげで幼い頃から培えた自分の特技であるし、音楽そのものは好き。高校からは気持ちを入れ替えてバイオリンのレッスンに打ち込みました。

心の中には「実家を離れられる関西以外の音楽大学に進学して、自分が聴きたい音楽を山ほど聴いて、自分がやりたい音楽をやりたい」という願望を秘めていたんですが(笑)。
だから、愛知県の音楽大学に進学されたんですね。
入学後は早速、軽音部に入部。その後、まもなく転機が訪れます。

関西時代の先輩から声をかけられて、「レッド・ツェッペリン」のジミー・ペイジとロバート・プラントが名古屋で公演する際、オーケストラの1人として参加することになりました。

絶対音感を維持するために「クラシック音楽しか聴いてはならない」と言われていたので、当時「レッド・ツェッペリン」をまったく存じ上げなかったんですけど、こんなにもオーラを持っている人がいて、それを崇める人たちがいて、そんな場でバイオリンを弾くのはなんて快感なんだろう、と。

このノリノリの世界でバイオリンを弾けるのならもっとやってみたいと、以前から興味のあったクラシック以外の音楽でもバイオリニストとして活躍できないだろうかと模索し始めました。
どうして、「クラシック以外の音楽でも」と思われたのですか?
高校時代にバイオリン奏者がジプシー音楽を演奏するCDをこっそり聴いて、「クラシック以外にこうして演奏活動をしているバイオリニストがいるんだ」と感激して憧れるようになったんです。

世界のさまざまな国では、雨降りを祈ったり豊作を祝ったりする場面で、踊りとお酒があって、そこに音楽もあります。楽しい気分の時に、ぽんっと楽器ケースを開けて、バイオリンを構えて弾く。中にはビール片手に踊りながら弾くなんてこともあって、「これは楽しいぞ」って。

バイオリンを弾いていると、「楽器はお高いんでしょう?」「コンサートでは咳払いもしちゃいけないんでしょう?」とよく聞かれるほど、日本では「バイオリン=高貴な楽器」というイメージが強い。でも、世界ではそれはほんの一部でしかありません。

「お酒片手に『ウェイ!』ってしてもいいねんで」「弾きたい気分になったら、ぴーって弾ける楽器やねんで」「それほど、身近な楽器やねんで」と伝えたいと思ったんです。
「自分が表現したいもの」と「誰かのサポート」を両軸に
音楽家として、どのようにご自分のお仕事をつくってこられましたか?
大学卒業後3年ほどは「ヤマハ大人の音楽レッスン」の講師を務めながら、自分が立ち上げたバンド活動に取り組んだり、依頼を受けて結婚式などで演奏したりしていました。

その後、シンセサイザー奏者の喜多郎さんのワールドツアーに参加するチャンスが巡ってきたんです。ツアーで1年ほど日本を離れなければならないため、講師を辞めることになるので、帰国後は仕事がないかもしれないリスクを抱えることになったものの、一大決心をして渡米。

喜多郎さんを含めて全メンバー6人のうちの1人ですから、一音ミスしただけですべてを台無しにしてしまうプレッシャーに押し潰されそうで眠れない日もありましたが、いつしか舞台に立つ恐怖を突き抜けて精神力がつきました。

この経験によって、アーティストのサポートという、そのアーティストを最もよく魅せるように演奏する仕事を受けるようになりました。現在は、自分がやりたいことを実現できるユニット活動とアーティストのサポートを軸に、フリーのバイオリニストとして仕事をしています。
「自分がやりたいことを実現できるユニット」とは?
「こんなことを表現したい」という想いのもと、立ち上げたユニットです。自分たちのやりたいことを実現できるように、音楽事務所には所属せず、営業も宣伝も、CDづくりも物販も、ツアー企画・運営も、全部自分たちで行っています。

日常にありふれた些細な出来事からクラシック音楽、ロックンロールにいたるまで演奏しまくる「チョイスちゃん」。さまざまな国の民族音楽を演奏する「コトヒメゴト」。

「トルコ行進曲」でクラリネットとバイオリンで交互に弾いてどちらが勝つかバトルするなどクラシック音楽を楽しく演奏できることを子どもたちに伝える「にじいろ音楽隊」。

オランダ人ミュージシャンのテュラ・へラードさんが制作した「ちいさなこどもと親のための歌」を就学前の子どもとお母さんお父さんに向けて演奏する「クジララ」。

そのほかにも関わっているものもありますが、今はこの4つのユニットをメインに活動しています。
1つだけではなく、複数のユニットを結成して活動されているんですね。何か理由があるのですか?
自分がやりたいと思って組んでいたら、こうなっていたんです。

先ほどの4つのユニットはそれぞれカラーが異なるので、たとえば「子どもたちと一緒にリズム遊びもお願いします」と言われたら「にじいろ音楽隊」、「対象年齢が5歳以下なんです」と言われたら「クジララ」、「お酒がある場で楽しく盛り上げてください」と言われたら「チョイスちゃん」と、特徴に応じて活動を分けています。

中でも「にじいろ音楽隊」「クジララ」は、子育てしながら音楽活動を続けるには、子連れでリハーサルに参加できて、子どもを背負って演奏活動できるユニットが必要だと考えて立ち上げたんです。

その結果、出産前は1週間前まで仕事をし、出産後は2週間後に復帰。以降も演奏の仕事は土日がメインですから、夫の協力があったから続けてこられましたし、保育園でのお仕事の場合は子連れでも歓迎してくれたからありがたかったですね。
拠点を移すことで、初心にかえることができた
これまでにどんな「壁」または「悩み」を経験されましたか?
大学進学後から名古屋を拠点にしてきましたが、私も夫も姫路出身で長女・長男だからいずれは両親が暮らす地元に戻ろうと考えていました。引っ越すならば、子どもたちが小学校に入学する前にと、2013年に姫路へ。

引っ越すということは、名古屋で17年ほどかけて築いたつながりをなくしてしまうことですから、ゼロからのスタートです。特に「にじいろ音楽隊」「クジララ」は名古屋を拠点としているので、依頼があっても私が参加すると交通費が余分にかかってしまいますから、もう一緒に活動できないかも、と。

子どもたちが一番手のかかる時期でもあったので、親として子どもたちとの時間をたっぷり持ちたい、愛情を注ぎたいという気持ちもありました。

子どもたちへの気持ちと、仕事が来ないかもしれない不安が重なって、「関西に戻ったら仕事を辞めて子育てに専念せなあかん」「専業主婦になろう」と、どこかで思い込もうとしていたように思います。
実際はどうでしたか?
まったく予想していなかったのですが、関西に戻った途端、「黒田かなで」という個人名での依頼が入るようになったんです。

音楽仲間にはツアーミュージシャンが多く、お互いに宿泊場所を提供したりライブハウスやお店を紹介したり、持ちつ持たれつの関係を築いてきたので、関西に拠点を構える仲間に声をかけてもらえることがありました。

たとえば「チョイスちゃん」のリーダーは、私が関西に戻ってきた時にレコーディング参加に声をかけてくださり、それをきっかけにユニットを結成して一緒に活動するようにも。

これまでサポートをさせていただいたアーティストさんの口コミが関西にも伝わっていたようで、ぽつぽつと仕事の依頼が入るようになりましたし、「にじいろ音楽隊」「クジララ」もメンバーやお客さんがバイオリンは私しかいないと必要としてくれたので、未だに姫路と名古屋を行ったり来たりの生活です。

子どもたちのことも、実家近くに引っ越したので、両親の協力を得られるようになりました。
ツアーミュージシャン同士の交流やアーティストのサポート、ユニットとして取り組まれてきたことなど、黒田さんがこれまで培ってこられたものが、拠点は変わっても活きていらっしゃるんですね。
「辞めるしかない」と一度は覚悟を決めたこともよかったのだと思います。

長年続ければ続けるほどに、「私よりバイオリンを上手く弾ける人なんてたくさんいるわ」「この仕事は自分には合わないかもしれないからお断りしようかな」と経験から安易に判断してしまうことが増えていきます。

それが、名古屋から未だに声をかけてくれる人もいて、バイオリニストとして認めてもらえているのだと実感できましたし、一つひとつの依頼の先には次の仕事につながるチャンスがあるんだとさらに大事に思えました。

関西に戻って5年。これまでユニットでの活動をメインにしてきたので、自分ひとりでの活動や宣伝なんて考えてもみませんでしたが、音楽仲間から「やってみたら」と応援してもらったので、今年の初めにはソロアルバムをつくりました。

これをきっかけに、知人アーティストのラジオ番組に出演でき、個人名での知名度が上がり、アーティストのサポートではなく、「ジョイントコンサート」の機会にも恵まれるように。

仕事が一本もこないと覚悟をしていましたが、これまで頑張ってきたことが報われて、関西では「黒田かなで」という個人名での仕事依頼が増えています。
バイオリンをコミュニケーションツールとして
お仕事をされる中で、いつも心にある「想い」は何ですか?
バイオリンを弾いている時は、その場にいるみんなとコミュニケーションしていると思っています。お客さんには「聴きに来てもらった」ではなく、「会いに来てもらった」という感覚です。

演奏を通して、「今日は会えてよかったわ」「みんなで楽しく過ごそう」「こんなことがあって嬉しかった」「こんなことがあって悲しかった」といった私が今感じたり思ったりしていることを伝えたり。

子育て中のお母さんお父さんには「たまに投げ出したいと思うこと、あるやんな」「その気持ち、私もめっちゃわかるで」「このコンサートの時間だけやけど、忘れていいで」と寄り添ったり。

笑い合ったり、涙を流したり。

そういった感情は、私の中から自然に溢れ出てくるものです。自分の心には100%の嘘を絶対につけないから、「楽しい」と思って演奏できる心づくりを大切にしています。

仕事の前には30分ほど喫茶店で過ごして音楽家としての心と表情に切り替える、一緒に演奏する相手のことを理解する、仕事内容などで心がひっかかることがあれば解消するなど、そんな一つひとつを積み重ねで変わってくるんです。
近い未来、お仕事で実現したいことは何ですか?
夢や目標って、持ったことがないんです。それくらい毎日が楽しくて、毎日が必死。ただ、バイオリンを通して、たくさんの人たちを笑顔にできたらいいなと思っています。
黒田 かなでさん
3歳からピアノ、5歳からバイオリンを習い始める。愛知県立芸術大学音楽部器楽科卒業後、「ヤマハ大人の音楽レッスン」でバイオリン講師を務めながら、自身が立ち上げたバンド活動を展開。2002年にシンセサイザー奏者の喜多郎さんのサポートバイオリニストとしてアメリカツアーや日中国交30周年記念北京ライブツアーに参加したのを機に、ユニット活動とアーティストのサポートを両軸として、フリーのバイオリニストとなる。2013年に名古屋から関西に活動拠点を移す。数々のミュージシャンとの共演、レコーディング、作曲を手掛けるほか、「チョイスちゃん」「コトヒメゴト」「にじいろ音楽隊」「クジララ」といったユニット、「渋さ知らズ」といったビッグ・バンドなどで活躍中。2018年初のソロアルバム「夕凪に」をリリースした。
HP: https://kanadekuroda.amebaownd.com/
FB: 黒田かなで
チョイスちゃん FB: gogochoicechan
にじいろ音楽隊 FB: nijiiro.ongakutai
クジララ FB: クジララ
(取材:2018年6月)
「自分の心には100%の嘘を絶対につけないから、『楽しい』と思って演奏できる心づくりを大切にしています」という黒田さんの一言が心に残っています。

「プロだから、たとえ『弾きたくない』という状態であっても、いつも通りのクオリティを出せる」としながらも、心から純粋に「楽しい」と思える心づくりをされていました。

自分自身の状態を演奏に向けて整えたり、ご一緒する人たちに対しての気遣いを大切にしたり、公演に関わる一人ひとりの存在や役割を大切に思ったり、演奏を通してその場にいる人たちと双方向のコミュニケーションをめざしたり。

そんな努力を積み上げても、どうしてもこの仕事はできないと思う場合は断ることもあるそうです。

自分の心に嘘をつかないということは、他人にも嘘をつかないということ。だからこそ、黒田さんの演奏にも、お人柄にも、ぐっと引き込まれるのだと思いました。
小森 利絵
編集プロダクションや広告代理店などで、編集・ライティングの経験を積む。現在はフリーライターとして、人物インタビューをメインに活動。読者のココロに届く原稿作成、取材相手にとってもご自身を見つめ直す機会になるようなインタビューを心がけている。
HP:『えんを描く』

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