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■関西ウーマンインタビュー(アーティスト編)


定みちるさん(ブラジリアンダンサー)

 
定みちるさん (ブラジリアンダンサー)
美容師として美容院で働き、アトピーに悩み退職。2004年カポエイラを始め、ブラジル人の陽気さや強さエネルギーに魅了されアシェダンスを始める。2007年ブラジル留学。帰国後ブラジルダンスのAXE(アシェ).Samba(サンバ).Afro(アフロ)のインストラクターをする傍ら、ラテンショーなどイベントにも出演。ブラジリアンダンサーとして活躍中 BLOG:http://ameblo.jp/michiruaxeru/
もともと美容師さんだったそうですね。
小学生の頃から美容師になりたいと思ってたので美容専門学校に入りましたが、生まれつきもっていたアトピーがひどくなり、「学生の時からこんなに手が荒れる人は見たこと無い。あなたには美容師の仕事はできないよ」と言われていました。でもやってみないと分からないし、自分で確かめたいと思い、「とりえあず就職します」と言って美容院で働きました。

就職してから、手荒れだけでなく首から足のつま先までアトピーがひどくなって、全身包帯を巻いて仕事をしていました。痛くて横になることもできず、座って1~2時間仮眠するだけの生活。休んでは復帰を繰り返し、入院しなければいけない状態になって、泣く泣く美容師を辞めました。

それからは全てにやる気をなくしてしまって、ずっと家で引きこもりの生活。すごく落ち込んで、何のために生まれてきたんだろうと思いつめることもありました。外に出ると、近所の人や知人が私の身体を見て、「あんたそれどうしたん。かわいそうに」と声をかけてくるんです。「かわいそうに」と言われるとよけいに悲しくなって辛かった。家にいても、「なんで私だけアトピーなん?」と母に八つ当たりしてしまって。その頃は本当にしんどかったですね。
そんなみちるさんが「ブラジル」と出合ったきっかけは?
家に引きこもっていた私を、美容学校時代の友人が誘ってくれたんです。彼女は外国人が好きで、クラブにもよく通っていて、気分転換に一緒に遊びに行こうって。でも私はクラブとか興味ないし外国人は怖いし、乗り気じゃなかったんですけど、どうしても彼女が踊りたいというので行ってみました。

踊れないし恥ずかしいのでずっと座っていたら、ブラジル人の男性が声をかけてくれて。「僕、カポエイラをやってるんだけど、見に来ない?」と誘われたことが全てのきっかけでした。
最初はカポエイラだったんですね。
カポエイラは、音楽に合わせたダンスのようなコミュニケーションで、格闘技ではないんですね。私は全然興味ありませんでしたが、友人が一緒に行こうというので仕方なくついていったんです。

彼女は「おもしろいから通う」と言い出して習い始めたんですが、それから毎日、彼女から電話がかかってきて、「今日はあれして、これして、みんなでご飯食べて、こんどみんなでビーチに行くし、キャンプも行くし」といろいろ聞かされるんです。するとだんだん、「私も行きたい!」と思うようになって(笑)

行きたいならカポエイラにおいでと言われて、イヤだけど行ってみたんですね。すると習いに来ている人たちは、外国人だけでなく日本人もたくさんいて、それも留学経験のある人ばかり。それまで美容師として働いていた頃には出会ったこともないような、陽気でポジティブな考え方の人たちばかりだったんです。

「ここ、すごく楽しい!」と思い、カポエイラには興味なかったんですけど、その人たちと一緒にいると元気になれる気がして。カポエイラを習い始めてからは、こんなに人生楽しいんだと心から思えるようになって、周りの人たちが大好きですごく幸せでした。
その後、ブラジルに行かれたのはなぜ?
スタジオにはダンス教室もあって、先生は皆ブラジル人だったんです。私はダンスをしないけど、家にいてもマイナスのことばかり考えてしまうし、ブラジル人の先生たちと話しているのがすごく楽しかったから、毎日朝から晩まで遊びに行っていました。

そこで知り合ったブラジル人のダンサーが、ブラジルに一時帰国をするから一緒に行こうと誘ってくれたんです。「あなたにブラジルを見せてあげたいし、あなたにはダンスをしてもらいたい」って。私は身長も低いし、ブラジル人が踊るサンバなんて、そんなん絶対無理って断ったんですが、ある日その人から電話がかかってきて、「今旅行会社にいるけど、あなたのフルネーム教えて。一緒に予約するから。10日後に出発だから明日ビザをつくりにきてね」と突然。そこから私はもう何も考えず行動していました。
ブラジルってやっぱりどこでも人が踊っているんですか?
北と南では全然違って、サンパウロはキレイなビルが並んでいるオフィス街。スーツ着ている人たちがたくさん歩いているので、「サンパウロって淀屋橋やん」と思いました。さすがにそこで踊っている人はいないです(笑)。

北東のほうのサルバドールというところに行くと、道端で音楽かけてビール飲んで踊っていますね。最初連れて行ってもらったのはサンパウロと、その人の実家のあるゴイアニアという町。1ヶ月くらいいましたが、いろんなダンス学校を見学させてもらいました。

時々クラブにも連れて行ってもらって、だんだん私も踊ってみたいと思うようになってきて。時々、親戚や友達にも会わせてくれて、みんなでおしゃべりするのがすごく楽しかったです。

私は全くポルトガル語ができなかったけど、ブラジル人ってすごく話しかけてくれるんです。私も話せるようになればもっと楽しかったのになと思い、絶対もう1回ブラジルに行こうと決めて、帰ってきてからポルトガル語とダンスの勉強を始めました。
どんなダンスを始めようと思われたのですか?
「カンドンブレ」というブラジルの民間信仰があるんですが、連れていってくれた人の家族がその宗教を信仰されていて、儀式になると、真っ暗な部屋にろうそくを立てて何かを唱えてて、太鼓の音がわーっと鳴って踊りだすんです。

初めて見たときはびっくりしました。ダンスじゃなくて儀式の踊りなんですが、トランス状態になってすごく激しく踊るんです。ブラジル人たちのエネルギーがすごくて、もうビリビリ伝わってくる感覚。これや!と思いました。「私も踊りたい!私はブラジル文化を伝えるために生まれてきたんだ!」そう確信したんです。 

日本に帰ってきてから、ブラジル人が経営するダンス学校で、バレエとジャズダンス、アシェというダンスを習いました。アフロダンスが一番やりたかったのですが、それも太鼓に合わせて踊る宗教の儀式のようなダンスで、マニアックすぎて大阪で教える先生が一人もいなかったんです。

やっぱり本場に行ってアフロダンスやサンバやアシェをもっと極めたい、ブラジルのエネルギーが欲しいと思い、働いて貯金して1年間ブラジルに留学することにしました。
1年間、言葉が分からないと辛くありませんでしたか?
ずっと居心地が良いというか、なんかもう幸せなんですよ。ポルトガル語が分からなくても、言葉の響きがすごく心地良いんです。さすがに言葉が分からなくて困ったことは何度かありました。リハーサルの時間や場所が分からなくて、私だけ行けなかったことも。それでも日本に帰りたいとは思いませんでした。もっと勉強して、もっとこの人たちと仲良くなりたいと思っていました。

現地のステージでも踊らせてもらいたくて、最初はなかなか受け入れてくれませんでしたが、ずっと通って踊り続けていると、「あなた、今度踊っていいよ」とチャンスをくれました。サンバを踊る日本人がたくさんいるけれど、アフロやアシェを踊るには珍しいみたいで、たくさんの人が応援してくれましたね。
ダンサーになって帰国後、ぶつかる壁はありましたか?
ダンスに出会って自分の居場所を見つけてからは、毎日が楽しくて幸せでたまりませんでした。でも仕事にしてからは、いろいろな悩みにぶつかりました。

ブラジル人といえば見た目に迫力ある身体のイメージがありますから、日本人ということで仕事が入らないことがあるんです。ショーのオーディションも身長が高くないとダメ、顔が外国人じゃないとダメ。

ショックなのが、サンバを踊ったことがなくても、顔がブラジル人で身体が大きければ、衣装着て踊れば仕事になるんです。

「ちょっと待ってください、私の踊り見てください」と踊って見せると、「あなたすごいね」って技術的には認めてくれるんです。でも顔が日本人で身体も小さいから仕事はあげられないと言われる。それが辛くて。

見た目の問題なんて変えられない。練習をしてテクニックを身につけてもチャンスさえない。それなら踊る意味なんてない。なんで私は日本人で生まれてきたんだろうって、日本人であることにコンプレックスを感じることもありました。

でも、それでもブラジルが好きで踊っていると、「あなたの踊りはブラジル人の踊りだ」とか、「あなたのダンスからエネルギーを感じる」と言われることもあります。すると、体型という見た目を見せるために踊っているんじゃないんだから、自分らしく楽しく踊っていれば、分かる人には伝わるんだと考えるようになりました。私のダンスを楽しみにしてくれている人もいる。私は私でいいんだと気付きました。
ダンスを通してどんなことを伝えたいですか?
テクニックだけを教えるだけではなく、ブラジルの文化やエネルギー、生きる楽しさや喜びを伝えていきたいです。私みたいに身体の小さい日本人でもブラジルダンスは踊れる。やる前からすぐに諦めてしまう人が多いけれど、自分の気持ち次第でいくらでも変われる。そういう勇気を少しでも伝えていけたらいいなと思います。
これからの展開は?
ブラジルにも住みたいですし、海外に出るチャンスがあればどこでも行って踊りたい。でも本当の将来を考えると、日本にいて、日本人にブラジルの良さを伝えていきたいので、将来は日本にいるべきなのかなと思っています。

年をとって踊れなくなったら、学校を作って子どもたちの教えていきたいですね。私の人生=ダンス。踊らないと自分じゃなくなってしまう。踊れなくなるまでずっと踊りたい。踊れることが一番幸せです。
ありがとうございました。
(取材:2015年2月 関西ウーマン編集部) 
AXE(アシェ):リオのカーニバルで踊られているサンバとは違い、サンバ、アフロ、ポップスなどがミックスされたラテンエアロビクスにも似たダンス。

アフロ(アフロ・ブラジリアンダンス) :「カンドンブレ」というブラジルの民間信仰の儀式で踊られてきた踊り。ブラジルのサルバドールが発祥。

カポエイラ:基本的に相手には触れず、相手の動きを見ながらコミュニケーションを楽しむもの。 格闘技とダンスの中間に位置するものと考えている
 

 

 


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