HOME ■関西ウーマンインタビュー(アーティスト) 北野 麻里子さん(フルート奏者) 前のページへ戻る

■関西ウーマンインタビュー(アーティスト)


北野 麻里子さん(フルート奏者)

 
北野 麻里子さん (フルート奏者)
兵庫県高砂市出身。相愛大学音楽学部を首席で卒業。第72回読売新人演奏会、第43回関西音楽大学新人演奏会、第18回ヤマハ管楽器新人演奏会、第29回兵庫県大学新人演奏会等に出演。関西フィルハーモニー管弦楽団と協演。ソフィア音楽祭にてソフィアフィル管弦楽団と協演。第2回ルーマニア国際音楽コンクール・室内楽部門第3位入賞。第9回大阪国際音楽コンクールアンサンブル部門入選。ウインドアンサンブル「奏」メンバー。現在はソロコンサートをはじめ、オーケストラ、吹奏楽、室内楽などの演奏会及び、パーティーなどの演奏でジャンルを問わず幅広く活動中。2011年6月ソロCD「Liebe」を発売。
ブログ:http://yaplog.jp/riebe-hammy
フルートに出会ったきっかけは何ですか?
母がピアノの講師をしていたので、子ども頃からいろんな演奏会に連れて行ってもらっていました。ある演奏会で見たフルートが、すごくキラキラしてキレイだなと印象に残っていたんです。

中学生になって部活のブラスバンドでフルートを始めたのがきっかけです。中学校の部活で教えに来てくださっていたフルートの先生に、部活動とプラスして、私だけ1時間多めにレッスンをしていただいていました。

高校生になると、京都市立芸術大学の先生に毎週レッスンを受けるようになって、コンクールと音大受験に向けて毎日毎日練習していました。
学生時代から数々のコンクールで賞をとられていますね。
とにかく上手くなりたい、いろんな曲が吹けるようになりたいというのが一番大きかったです。毎週レッスンを録音して、家に帰って聴いて、自分の練習も毎日録音して、かなり熱心にしていました。たまにしんどいと思う時があっても、嫌いになることはありませんでした。でもまだその頃は、演奏者になるとか、フルートの先生になりたいというのもあまり考えていなかったと思います。
フルート自体が好きだったのですか?それとも音楽が好きだったのですか?
学生時代は技術や音楽的な教養など、とにかくインプットインプットで必死で練習して、フルートにだけ向き合い、上手くなることに必死でした。今、いろんな楽器の方と付き合うようになってから、「音楽」が好きです。たまたま私はフルートを持っているだけで、楽器は違っても、自分の音楽を表現するという作業は同じ。その中でも私にはやっぱりフルートは合っていると思っています。
プロの演奏者になられてから気付いたことは何ですか?
学生時代は、フルートさえ上手く吹けていれば評価はしてもらえますが、プロになると演奏だけではない部分があって、最初は、共演する方との打ち合わせやコンサートの組み立て方など、たくさん学ぶべきことがありました。様々なコンサートやお仕事を通して目上の方や先輩方、同じように演奏を志す方々からそれらを学び、また、相手の方それぞれの音楽感がありますから、自分を出すだけでなく、柔軟に自分の音楽感を提案できるようにならなければいけないことも知りました。

アンサンブルは人と人との共同作業ですから、お互いを照らし合わせながら会話をするように演奏し、心地良い場所を見つけていくことが必要です。本番になると、この人がこう演奏されたら、私はこう演奏しようと瞬時に判断しないといけない。それは頭で考えてできることではなく、自分の表現方法や知識をたくさん持っていないと出来ませんから、やはり悩んだことがあります。その時は、いろんな方の演奏を聴いたり、違う楽器の方にアドバイスしていただくこともありました。今も、毎回の本番では発見や反省点があり、その都度学ぶことが多いです。
人前で演奏することに自信が持てない時期があったと伺いましたが。
演奏というよりは、演奏の合間にお客様に対してお話をするのが、最初は恥ずかしくて苦手でした。 紙に書いた曲の説明を、ただ読み上げるだけだったり。

自分がメインになる演奏会などで、やっぱり何か足りない、演奏だけでなく、もっと色んな角度から音楽の魅力を伝えたいと思い、他のジャンルのライブなどにも足を運び、コンサートの雰囲気、お客様へどう伝えたら良いのかなど、模索していた時期もありました。

フルートを吹くのとお話をするのはまた別の感覚なので、20代半ばくらいまでは、ただ上手く吹けるように必死だったのだと思います。

今は、その場のお客さんの雰囲気を見て、曲のエピソードや、曲に対する私の思いなどもお話していますが、やっぱり場数の経験は大きいと思います。いくつものコンサートをこなしていくうちに、少しずつその経験が自信となって、ドレスを着てステージに立つと思い切り楽しめるようになりました。
音大卒業後、ずっとフリーでこられたのはなぜですか?
学生の頃から先生にご縁をいただいたり、いろんな方から演奏の機会をいただいて、だんだんこういう活動をしていきたいなと漠然と考えるようになりました。オーケストラに入ることも目標として考えましたが、たくさんの人たちと出会い、その中で気の合うアンサンブルが出来たり、自分の大好きなアンサンブルをしていきたいと思いました。また、レッスンも楽しい。その両方となると、フリーで活動するほうがいいと考えました。私には、そのほうが刺激的で学ぶものが多いかなと思っています。
これからの展望は?
音楽活動は、ステージで自分をさらけ出す作業なので、自分をよく知り、自分にしか出来ない何かを見つけること。音楽をする上で一番大切なのが「うた心」だと思うので、いつもドキドキやワクワクした気持ちで曲と向き合っていきたい。そのためにはいつも感受性を豊かにもち、ロマンチストでありたいとも思います。フルートとは一生向きあって、その時の自分の音色や音楽を追い続けていきたいです。
ありがとうございました。
取材協力:
三木楽器 西梅田サロン
大阪市北区曽根崎新地1-4-10
銀泉桜橋ビル4F
(取材:2014年12月 関西ウーマン編集部) 
 

 

 

 


■関西ウーマンインタビュー(アーティスト) 記事一覧




@kansaiwoman


■ご利用ガイド




HOME