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■関西ウーマンインタビュー(アーティスト編)


金滿里さん(劇団『態変』主宰・芸術監督)

 
金滿里 (きむまんり)さん(劇団『態変』主宰・芸術監督)
日本で活躍した韓国古典芸能家・金紅珠の末娘として生まれる。3歳でポリオに罹患、全身麻痺の重度身がい者となる。1983年に『劇団態変』を旗揚げ。身体障がい者の障がいそのものを表現力に転じた身体表現芸術を創出してきた。劇団では芸術監督を務め、これまで1作を除く全作品の作・演出も手がける。自らのソロ公演を含めたほとんどの作品に出演。2001年に『金滿里身体芸術研究所』を創設し、指導も行なう。
HP: http://www.ne.jp/asahi/imaju/taihen/
FB: taihen1983  BLOG: http://kimmanri.exblog.jp/

[著書紹介] 生きることのはじまり 金滿里(著)/筑摩書房
3歳の時にポリオを発病し、後遺症で重度の身体障がい者となった金滿里さん。10年に及ぶ施設生活、障がい者解放運動の活動家を経て、身体障がい者だけの『劇団態変』を旗揚げします。その後、一児の母となるまでの半生について書き綴った一冊。 ⇒ご購入はこちら(筑摩書房) 
身体障がい者にしかできない身体表現を追究する『劇団態変』。「劇団」という名前からセリフのある演劇を想像しますが、説明もセリフも一切なし。パフォーマーがレオタード一枚で、車いすや杖など補装具も使用せず、それぞれの身体が持つ能力と特徴を最大限に引き出した表現をします。演劇でも、ダンスでもない、『劇団態変』ならではのパフォーマンス。観ていると、思考ではなくて、存在そのものに響いてくるようです。

『劇団態変』を主宰する金滿里さんは自身も重度の障がいを持っています。言葉や理論で語る障がい者解放運動の活動家から、身体で表現する芸術家へ転身するきっかけとは? どのようにして『劇団態変』ならではの表現にたどり着いたのでしょうか。
「私たち」から「私」へ
以前は障がい者解放運動の活動家だったんですね。
3歳の時にポリオを発症し、後遺症で首から下を動かせない重度の障がいを持ちました。7歳から17歳という多感な時期を肢体不自由児童施設で過ごします。その体験が活動家、そして芸術家の原点です。一部の命の存在を認めない社会の在り方や集団心理を肌で感じて、「人間の本質とは何だろう?」という問いかけと探究が始まります。施設退所後も高校探しなどをする中で、さらに社会や現実と対峙して、「重度障がいだったら、生きる道はないのではないか」と行き詰りました。

そんな私の抱えてきた違和感や疑問、葛藤、怒りに対して、「個人ではなく社会の問題である」と新たな視点を与えてくれたのが、障がい者解放運動です。優生保護法や収容施設等に問題提起する障がい者主体の団体で、「これや!」と思って19歳から参加。21歳の時には家出して24時間介護の自立生活を送りながら24歳までの5年間、活動家の道を突き進みます。しかし、私に深い影響を与えてくれたリーダーが抜けることになり、組織が分裂したため、私も抜けることにしたのです。
活動家から芸術家へ。どうして芸術の道へ進んだのですか?
母親が韓国古典芸能家だったので、芸術は身近でしたが、自分が身体障がい者として身体表現をやるとは思っていませんでした。それがある時、「身体障がいの私はこの身体のままで身体表現をするんだ」とひらめいて、一気に「やってええやん!」と思えたんです。そこに思い至るまで、5年ほどかかったのですが・・・

障がい者解放運動がすべてだった私は抜けた後、失意のどん底でした。「私たち」から「私」に戻ったことで、更なる問いかけと探究が始まります。それまで私が語る主語は「私たち」で、障がい者全体の代弁者でした。しかし、「私」という一人称に戻ったことで、運動理論を語れなくなり、語る言葉をすべて失ってしまったのです。在日朝鮮人であることで自分の「間(あいだ)性」についても思考を深め、自分とは何か、一体何がしたいのか・・・自分の内側を漂い続けます。

そんなある日、友人と沖縄へ。西表島のマリユドゥの滝近くで、1人車イスで佇み大自然を前にした時、大木にしがみつくように生きるアリを見つけました。「ああ、私はこのアリと同じだ」と思ったんです。アリにはアリの世界があり、大木には大木の世界があって、大木の世界にアリが含まれるではなくて、大木もアリも、そのほか大勢の生命も、それぞれ独自の世界を持ち、それらが絡み合って共存している。そう考えると、自分の身体も、障がいも、この大自然の一つ、大宇宙の中で生かされた存在なんだという喜びに満たされていきました。この体感が、あのひらめきにつながったんです。

 
言葉や理論ではなく、芸術で
「私たち」から「私」へ、自分と対峙したからこそのひらめきが芸術家への転身、そして『劇団態変』旗揚げにつながるのですね。
劇団を旗揚げしたのは沖縄へ行ってから2年後のこと。障がい者解放運動を辞めた仲間と「芝居をやってみよう」という話になりました。私が台本も書くことになって、一晩で一気に書き上げたのが1作目の『色は臭へど』です。

障がい者の日常をベースにした人間ドラマをオムニバス形式でつなぎました。一人ひとり、異なる障がいを持つ役者が一人、また一人と舞台に現れて演じては消えていく。ラストシーンは赤子の産声とともに、みんながいっせいに産まれ出るように舞台のみならず、客席にまで転がり落ちる。天井に張り巡らせていた網が落ちてきて、役者も観客も、障がい者も健常者も一緒に網で生け捕られるんです。障がい者解放運動時代に通ずる「優生思想に対する批判」を、言葉ではなく、芝居で表現しました。
レオタード姿、セリフなしなど、『劇団態変』独自の表現スタイルがありますね。
障がい者解放運動で言葉や理論の限界を感じていたので、身体の障がいそのままを表現すれば、言葉も越える、ぶっとんだものができるんじゃないかと考えました。障がい自体を隠さず、むしろ際立たせようと、1作目から基本はレオタード姿で、車いすや補装具も身につけていません。

より明確になったのは、旗揚げから6年後。作品を、より芸術の方向へ昇華させようとした時からです。以前はレオタードの上に何かを付けることがあったのですが、うざったいなあと(笑)。何かを意味づけしたり、説明したり、わからせようとしたりするのをやめて、やりたいことを感覚的にやっていこうと、セリフもなしに。作品内容も、もっと感覚的で抽象的になりました。優生思想や障がい者差別に対する怒りが大きかったのですが、沖縄の大自然の中で感じた自分たちが生かされている宇宙性を表現しています。

 
よりよい未来を掴みたいと願うからこそ
金さんにとって芸術とはどんなものですか?
障がい者解放運動時代は「差別者や!」と告発するだけで終わって満足していました。でも、それだけではどうにもならないと模索してきた中で、芸術を意識できた瞬間に視野が広がりました。

現代芸術とはよりよい先を見ようとするもの、私のやっていることはまさにそう。「よりよい先が見える」ということは「足りない」ということ。今ここで充足していたら、見えることはない。だから、見えると、おもしろいんです。

中でも、一番直視したくないものと対峙する時にこそ、思いがけないものが生まれると思っています。人間の不可思議さ、「なんやろう?」と思わず凝視したくなるのは、理解不可能なところ。いいところだけなんていうのは残らない。腹が立つ、くやしい、憎い、ひどい、苦しい、そういった感情や出来事を客観的に見ていくと、「なんでそうしてしまうのか」「そう思うのか」という理由が見えてくるんです。

そこに注目するのも、子どもの頃に施設で、他人の、自分自身のエゴを見つめてきたからこそ。私だって善い人間じゃない、悪い人間だと思うし、人間というものは善と悪が混然一体となっているもの。極限状態では悪のほうが出てしまう、それは仕方のないこと。ただ、そこを隠さない、ちゃんと向き合うことでよりよい未来を掴み、観る人たちの生きる糧につながればいいなあと思っています。
身体表現をする上で大切にされていることは?
魂が響けば、身体は動いてくれる。「自分でなんかする」「自分がなんかする」などおこがましいことは考えません。時代や社会、歴史などがすべて入ってくる自己をつくり、その時々の自分が引き寄せてくるものとちゃんと向き合う。

「氣」が重要で、身体って不思議と自分が思う以上に雄弁に何か掴んでいってくれるんです。後で身体に「そうやったんか!」と教えてもらう。

魂にゆだねながら身体が媒介になって動き出すと、魂から充足する、魂が悲しいという感覚はもう自分個人のものではなく、地球上のみんなのもの。現在を生きている人間だけではなくて、亡くなった人も、自然もそう、有形無形の魂に触れていく。今、私がこうして表現していることも大きな流れの中にある。そんな魂の表現ができることが何よりの喜びです。
ありがとうございました。
取材:2017年1月
「破壊したら、創造に向かう。だから、破壊しきらないと、創造することはできない。ぶっ壊す勇気を持つことが大事」。そうお話されていたことも印象に残っています。金さんがそれを実感したのは運動を辞めた後、何もなくなってしまい、失意のどん底に落ちた時でした。焦って気休めで何かを始めるのではなく、その状態に身をゆだねながら、自分の中から「やりたい!」と萌芽するものを待ったと言います。

「何もない」。そう思ってしまう状況は、「これまで」や「今の自分」を否定したり、無力感にさいなまれたりして、とてもつらく、しんどいでしょう。しかし、いったん否定することで「これまで」や「今の自分」を突き放せるので、距離を置くことができ、また違った視点から見つめ直したり、考えを深めたりできることもあるように思いました。その状況に身をゆだねることで、突き放した「これまで」や「今の自分」の中、その周辺から原石を見つけ出して、「これから」につないで、新たな萌芽となるのではないか。金さんのお話をうかがいながら、そんなことを考えました。
取材:小森利絵
ライター/HP:『えんを描く』
編集プロダクションや広告代理店などで、編集・ライティングの経験を積む。現在はフリーライターとして、人物インタビューをメインに活動。読者のココロに届く原稿作成、取材相手にとってもご自身を見つめ直す機会になるようなインタビューを心がけている。



 

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