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■関西ウーマンインタビュー(社会事業家編)


西川 阿樹さん(「特定非営利活動法人里山俱楽部」副代表理事)

流される中でも選んで、今

西川 阿樹さん
「特定非営利活動法人里山俱楽部」副代表理事
「好きなことをして、そこそこ儲けて、いい里山をつくる」「新しい“里山的”生き方・暮らし方の提案」を活動コンセプトに掲げ、大阪府南河内郡河南町を活動拠点に、約30年に渡って活動を続ける特定非営利活動法人里山俱楽部。

「里山」とは、かつて人々が生活する上で欠かせない食料や燃料、材料などを供給していた場所で、化石燃料や化学製品等が普及した現在は、各地にある里山は放置され、荒廃が進んでいます。

里山俱楽部では、里山を守り、維持していくために、保全・管理作業を行うほか、子ども向けの環境教育、林業や農業をめざす人に向けた講座、四季折々の自然に触れて里山の魅力を体感できるイベント、里山の循環システムづくりなど、さまざまな人たちがそれぞれの興味や関心、好き、得意を活かして、多彩な事業を展開しています。

副代表理事を務める西川阿樹さんは、知人から里山倶楽部主催の講座に誘われたのをきっかけに、20代後半から運営スタッフとして関わるようになりました。

最初は一時期のアルバイトのつもりで、「自分で選んだわけではなく、流れに身を任せた感じ」「そんなに長く続けるつもりがなかった」と話す西川さん。13年経った今も続けている理由とは? 「流れに身を任せる」のではなく、自分でこの場にいることを選んだのはいつ、どんな時だったのでしょうか。
自分の「居場所」を探し続けて
スポーツメディカル系の専門学校を卒業後、整骨院でリハビリ助手。その後、バックパッカー、家事手伝い、フリーター、キャンプリーダーなどを経て、今のお仕事に就かれたのですね。
「自分に自信がない」という想いがずっとありました。10~20代の間は、自分の「居場所」を探していたように思います。

思い返せば、小学校時代。私以外はほとんどが同じ幼稚園出身で既に仲良しという状況下からのスタートだったので、この頃から人の顔色を見て行動する癖がついたのですが、小学6年生、中学3年生の時には一部のクラスメイトから仲間外れにされるなどを経験し、その傾向はより強くなりました。

自分で自分のことは好きだけれど、自信が持てない。

そんな日々の中で、小学校時代に日本赤十字社のサマーキャンプに参加して救急法を学んだり啓発ポスターをつくったり、高校時代には好きなバスケットボールとともにボランティア部に所属するほか、ユネスコの海外スタディツアーなどにも参加したりするうち、「誰かの役に立つことで感謝される」というところに、自分が存在する価値を見いだしたんです。

自分がやりたいことよりも、自分が必要とされることや認められることをすることで、自分の居場所を見つけられると思っていたのかもしれません。その時々の「自分の感覚」に任せて、過ごしてきました。
専門学校卒業後、整骨院でリハビリ助手になったのも、高校時代にたまたま読んだ小説の登場人物が「理学療法士」で、「この職業なら誰かの役に立てる」と思ったから。理学療法士は狭き門だったので、リハビリ助手になりました。

就職してしばらくして同僚が突然辞めるなど心がグラグラする出来事があり、その時に写真雑誌を見て「写真は人に感動を届けられる」と思い立ち、整骨院は1年ほどで退職。

雑誌に掲載されていたのと同じカメラを購入し、フォトグラファーの道を考えるも、まもなく友だちに声をかけられてバックパッカーデビュー。タイからシンガポール、中国やオーストラリアなど数週間の旅を繰り返しました。

その後、祖母に難病の疑いがあるということで、共働きの両親に代わって家事手伝いになります。3年後に難病ではないとの診断がおりたので、25歳の時に今一度、自分の今後を考えることになりました。

その時に、子どもの頃、キャンプリーダーに憧れていたことを思い出して、「このままやらずに後悔したくない」と講座に通って、登録キャンプリーダーになりました。シーズンもののお仕事ですから、キャンプ期間以外は短期のアルバイトを数珠つなぎしていたんです。

アルバイト中に知り合った人から誘われて、炭焼き講座に参加することになったのが、里山倶楽部との出会いです。28歳の時のことでした。
里山倶楽部の講座に参加されたのが始まりだったんですね。
私自身は炭焼き講座に興味がなく、見学するだけのつもりだったのですが、参加することになってしまったんです。

炭焼き講座では、単に炭を焼く作業を学ぶのではなくて、「炭を焼くためには木がいる。木を用意するには伐らないといけない。伐るには木を育てないといけない」という一連の過程を経験するというもので、チェーンソーで木を伐る方法、草刈り機で草を刈る方法などを、月1回ペースで半年かけて教わりました。

雑談の中で「フリーターをしながらキャンプリーダーをしている」と話したら、講師だった当時の代表理事から「里山倶楽部にもアルバイトがあるよ」とのお誘いが。自分で選んだわけではなく、流れに身を任せたという感じで、講座で学んだことを活かして森林や景観整備の作業を行うようになったんです。

だから、「里山を保全しなくっちゃ」といった大義名分なんてなくて、時間の使い方が自分の自由になるライフスタイルの働き方としていいなと思っただけで、こんなにも長く続けるつもりはまったくなかったんです。
里山倶楽部では、定年退職した60代・70代のおじちゃんたちが活きいきと関わっていて、その多くが前職は別職種で林業のプロではありません。傍から見ていると、「その方法は危ないのでは」とひやひやしてしまう場面もありましたし、夏場の草刈りの大変さは身に染みていました。

主力で関わっていた若手メンバーが離れることになった時、私がいて大した役に立つかはわかりませんでしたが、「おじちゃんたちを放っておけない」という気持ちになったんです。

おじちゃんたちが安全に作業できるようにサポートするため、小姑的に「こんなふうに木を置いたら楽ですよ」「解体する時はこうしたほうがよさそうですよ」とアピールしたり、メンバーの中に林業のプロの方がいたので、危ない現場の時はプロとして立ち会いをお願いしたりするように。

そうこうしているうちに、ずるずる、ずるずると。
林業を本業とする方が代表理事になると、その方の技術や経験から依頼される仕事が増えて、適材適所、それぞれの得意や長所、得手不得手を加味したチームワークの連携プレーで仕事を回す経験ができて、「この仕事っておもしろいな」と思うようになっていました。

また、家屋のまわりの竹の伐採などさせていただくこともあり、身体の動くうちは自分でお手入れができても、ご高齢になられたり、ご主人さんが他界されたりして、おばあちゃまだけでは維持するのが難しく、「荒れている景色は悲しいし、ご近所にも恥ずかしい」と話される方もおられます。

「一部は腰くらいの高さで伐り残しておいたら、家主のおばあちゃまの手すりがわりになって、歩くのが安全かな」など考えながら、今と、少し先の未来を笑顔にするお手伝いができる仕事だとも実感しました。
木をチェーンソーで伐る、伐った木を運ぶなど、「体力的に大変なのでは」と思ってしまうのですが・・・
間伐作業の時は男性ばかりですし、自分の両親ほども年が離れている方々とのお仕事です。こちらが女性ということで遠慮されるところがあるかもしれないので、負担をかけないようにしようと、丸太1本を運ぶにしても「ちょっと頑張る」というところから始まりました。

この「ちょっと頑張る」が平気になったら、そこからさらに「ちょっと頑張る」を積み重ねていくうち、筋力がついてきて、身体に無理のない動きもできるようになっていきました。

チェーンソーも重たそうなイメージを持たれると思いますが、さまざまなサイズがあるので、自分に合うものを使えば、重さも馴染んできます。

作業でも、たとえば草刈りの場合、男性に比べると、私が草刈り機一振りで刈れる刈り幅は狭いですが、範囲が狭い分だけ一度で刈り払う草の量が少なく、その分負荷も軽いので、前進が容易になります。面積に対しおじちゃんたちが10列(段)で刈り終わるところを、私は12列(段)かかるかもしれませんが、自分に合ったペースなのでスムーズに同じくらいの時間で刈り終えられます。

仕事をしながら教わったり、経験を積み重ねたりする中で、「どうしてこの手順で行うのか」「安全に効率よくするにはどうしたらいいのか」など頭を使いながら、自分なりの工夫をしていると、「塵も積もれば山となる」という感じ。

おじちゃんたちから「わしらより、力があるんちゃうか」と、全然そんなことはないんですけど、認めてもらえるような動きができるようになりました。
「里山は楽しい」という気持ちが、次につながっていく
これまでにどんな「壁」または「悩み」を経験されましたか?
里山倶楽部としての変革期もありましたから、さまざまな壁や悩みはあったかと思うのですが、終わってみれば過ぎたこと。これといったものは思い浮かばないのですが、目下で言うと、里山をこれから先もどのようにして維持していくのかが、悩みといえば悩みです。

これまでは定年退職後のおじちゃんたちが主力で関わってくださっていたのですが、現在は60歳で定年してもまだまだ働かなければ生計を立てられなかったり、先のことを考えて「働けるうちに働いておこう」というふうになったり、働き続けることを選択される人が多くなりました。

一方で若い世代は関わり始めても、ライフスタイルの変化などで長く続きません。ここだけの収入では生活していけないことが大きいと思います。私は独身で、実家暮らしなのでなんとかできていますが、結婚したり子どもが生まれたりすると、収入的にも時間的にも難しくなってしまうようです。
でも、今は「半農半X(エックス)」という言葉があるように、里山での仕事だけで生計を立てようと考えなければ可能性は広がると思っています。

たとえば、農家さんと仲良くなってお手伝いをするようになったら、野菜を分けてもらえるなどギブアンドテイクが生まれるかもしれません。

また、竹林の整備で伐採した竹で炭をつくり、その竹炭でコーヒー豆を焙煎した「竹炭焙煎コーヒー」を販売して、売上の一部を保全活動に寄付するという循環の仕組みがあるのですが、その販売を担えば、1つの小さな収入源になるよう取り組まれています。

自分のできることと、この里山だからできることを組み合わせて、里山で英会話教室、スケッチ会、カフェなどをするのもいいと思います。生計を立てることに着目すると楽ではないかもしれませんが、里山にはさまざまな可能性や発見がありますから、楽しいものです。

そういうふうにして、ここに訪れる人が途絶えなければ、たとえば講座の中で刈払い機(草刈り機)の使い方を学ぶ練習のための草刈りが、ここを維持するのに必要な1回の草刈りになるので、人が定着しなくても維持につながっていくのではないかなと考えています。

大阪市内からも通える範囲にあるので、自分の暮らしを大きく変えずに、収入源の1つにしたり、趣味として満喫したり、ボランティア活動の一環としたりなど、いろんなベクトルで関わってもらえる人が増えたらいいなと考えています。
そのために、西川さんはどんな取り組みを考え、実行されているのですか?
キャンプリーダーとしての経験を活かして、講座やイベントの企画にも携わっていて、いろんな人たちが「ここに来るきっかけをつくりたい」と取り組んでいます。

たとえば、「この里山に来てよかったなあ」という実感から「またこの里山に来たいなあ」と思ってもらえるような体験の機会にしたいと、『里山日和♪』というワークショップを企画しています。初夏ならお茶摘み、秋なら稲刈り、冬にはたき火でバウムクーヘンと、四季折々のいいとこ取りをした内容です。

お楽しみ半分、草刈りなど作業も半分ということで、「里山保全の作業」を要に置いていたところがあったのですが、前面に出し過ぎると、初心者にとってはハードルが高くなってしまい、参加者がもともと関心のある人に限定されたり、定員よりも少人数だったりすることもありました。
そこで、参加してくださった人に「里山でどんなことをしてみたいですか?」とニーズを聞き出し、「楽しみ」の部分を前面に出して、来てくれた人たちに里山の維持など大切なことを伝えるようにしました。

また、定員に満たず、少人数の場合であっても、開催して「こんなことをしたよ」と発信することで興味を持ってもらえる入口づくりにつながりますし、人数が少ないほうが一人ひとりとゆっくりと関われるので、興味や関心に応じて「農業の講座もありますよ」「リラックスできるイベントがありますよ」などさまざまな活動の橋渡しもできたように思います。

模索しながら続ける中で、今ではまるで里山倶楽部の観光案内所的な役割を担うイベントになっているなあと感じます。

また、新しい人たちに来てもらうばかりではなくて、すでに関わってくれている方々、特に間伐や草刈りなどハード面の整備をしてくれている方々に、「里山は楽しい」と思ってもらえることも大切だと考えています。
すでに関わっている人は「里山は楽しい」という気持ちをお持ちなのでは?
里山のよさを感じて通ったり関わったりし始めるものの、日々の作業に追われると、「楽しい」気持ちよりも「疲れた」が先に立ち、だんだんと「楽しむ」心が二の次になってしまうこともあります。森林整備や農作業など事務サポートも含めハード面の整備をして下さっている方々にこそ、もう1度「楽しい」を過ごしてもらいたいなあと思いました。

『里山日和♪』の1つのプログラムで「たき火を囲んで過ごしませんか?」というのを行っていて、ハード面の整備をしてくださっている人をはじめ、イベントに参加したことのある人や講座に通っている人など、里山倶楽部に関わるさまざまな人たちが集える機会になっています。

講座やイベントの参加者が「この里山でどんなに楽しんでいるのか」という顔が見えたら、日々の作業にさらにやりがいが生まれるのではないかなあ。日頃、安全・安心に活動できているのは、こうして整備してくれている人たちがいるおかげなんだと知ってもらえたらいいなあ。

里山倶楽部に関わるさまざまな人たちが互いに互いの存在を知ることができる、「それぞれに協力してやっていきましょう」となっていく、交差点みたいな場所になればと思っています。
まるで「ふるさと」。5年、10年後もこの風景を
10年以上続けておられます。「ほっとけない気持ちからずるずる」とのことでしたが、いつから自分自身で「ここで」と思われたのですか?
自分に自信を持たせてもらったからでしょうか。

いつも人の顔色ばかりを見て、遠慮することが多いタイプでした。「本当はこれをしてみたいんだけど」「私もそうしてみたいんだけど」と思いながら、自分の気持ちを伝えられなかったのが、ここでは少しずつ伝えられるようになってきました。

私自身が「自信を持った」というより、まわりの人たちが認めてくれたからかもしれません。

山仕事をしていても「体幹がしっかりしているな。身体がぶれないから、安心できるわ」「運動神経、いいやんか」などほめてもらえることがあって、認めてもらえたら、さらに自分ができることも増えて、責任を持って動くことも増えていきました。

副代表理事になったのも、自分からなりたくてなったわけではなく、これもすすめられるがまま、流れに身を任せたという感じでしたが、依頼されるということは「私にできる」と判断下さったからこそだと思いますし、責任ある役割を担ったことで、里山を維持するためにいろんな人たちの満足を考えるなど視野を広くできました。

今振り返れば「流されるままに」とはいえ、流される中でも選んで今があるんだと思っています。
「流される中でも選んで今」とは?
最初に里山でのアルバイトに声をかけられた時、自分の自由になるライフスタイルの働き方として始めることにしたものの、自分が嫌だったら、引き受けていないと思います。

自分から積極的に「やりたい」とは思わなかったけれど、嫌ではありませんでした。キャンプリーダーとして自然の中で仕事をしてきましたし、原点には子どもの頃から両親と一緒に川遊びやキャンプに行くなどアウトドアに親しんでいたからでしょう。

もし、これが一般企業の事務の仕事だったら、「自分には向いていない」とお断りしていたかもしれません。

自分から進んで「やりたい」と思わないことであっても、ご縁があって、自分が「嫌」と思わなければ、してみてもいいのかなあと今は思っています。

10代、20代の頃には、今の自分をまったく想像していませんでした。里山の自然に囲まれて過ごす姿、チェーンソーや草刈り機を手に野山をかけまわる姿、人生には何が待っているのか、どこにどんな岐路があるのか、本当におもしろいものですね。
近い未来、お仕事で実現したいことは何ですか?
今は、ここでお世話になった方々や場所に恩返しをしていきたいという気持ちが大きいです。この場所を好きになってしまったから。自分を育ててもらった、まるで「ふるさと」みたいな場所なんです。

初代の代表理事はもう亡くなられているのですが、「農業界の先駆者」と言われたすごい人です。私が出会った時にはもう80代でしたから、そんなすごい人とは最初は知らず、失礼だとは思うのですが、私にとっては「おじいちゃん」みたいな存在でした。

「ちょっと、田んぼを見に行きましょうか」と軽トラで出かけ、「ここまで来たら、あそこまで行ってみようか」「じゃあ、せっかくやから、あそこも」といつのまにか大阪府から離れて奈良県吉野のほうまで行っていたり、「死ぬまでにもういっぺん行きたい場所」と話される場所を巡る大人の遠足に時々日帰りで一緒に出かけたり。戦中の頃からこれまでのいろいろなお話を聞きながらの、ドライブ旅でした。
また、お互いにどこに住んでいるのかは知らないけれど、ここに来れば会える人たちがいます。「元気やった?」「何々さんは元気にしている?」とおしゃべりしたり、旅先のお土産を買ってきてくれたり、ここでつながった人たちで70代のおじちゃんのお誕生日会を開いた時は、杉玉のくす玉でお祝いしました。

何より、ここにいるだけで、細胞までも深呼吸している感じがして、「今日来てよかったな」と思う。山仕事を1日して疲れたはずなのに、「帰るのがもったいない」と思う。

さまざまな経験とともに、そんな素敵なつながり、時間もいただいています。

実は里山倶楽部と出会う前から、結婚を前提にお付き合いをしている人がいて、里山倶楽部に専念するために、「あと、もう少し」「もう少しだけ」と先延ばしにして、10年以上が経ってしまいました。もう行かねばという気持ちが強くあり、ごく近い未来、今のままには関われなくなると思います。新しい日々や時間が、(どちらに対しても)楽しみでもあります。

ただ、5年後、10年後も、この里山の風景が見られたらいいなあと思うから。そのためのバトンをつなぐために今、模索しているところです。
profile
西川 阿樹さん
スポーツメディカル系の専門学校を卒業後、整骨院に就職。1999年に整骨院を退職し、バックパッカーとしてタイからシンガポールを3週間かけて旅して帰国。一時期、元の職場である整骨院に復帰してアルバイトをするが、2001年に退職し、今度は中国を1週間かけて旅して帰国。2001~2003年まで祖母のお世話をするために家事手伝い、2003年から登録キャンプリーダーになる。2006年に特定非営利活動法人里山倶楽部の講座受講をきっかけに里山保全のアルバイトをスタート。後に運営スタッフとして里山保全・管理業務や講座の企画・運営に関わるようになる。その後、副代表理事に選出され、2期に渡って務めている。
特定非営利活動法人 里山俱楽部
HP: http://satoyamaclub.org/
FB: satoyamaclub2016
(取材:2019年9月)
editor's note
西川さんは小・中学校時代に無視されるという体験を通して、「自分に自信が持てない」という一方で、「自分は自分のことが好き」という自己肯定感はあったと言います。自己肯定感があったから、自分自身の感覚を大事に、自分が「いいなあ」と思えること、「嫌じゃない」と思えることの中で、さまざまなことにトライされてこられたのだと思いました。

西川さんのお話をうかがって、「自分が『嫌じゃない』と思うことをする」が、とても大事な軸になっておられたのではないかと感じます。

自分から「これがやりたい」という強い意思のものよりも、選択肢が多くなり、さまざまな可能性を拓く余地があるからです。西川さんがおっしゃられた「10代、20代の頃には、今の自分をまったく想像していませんでした」という今があるのも、そのおかげなのかと。

また西川さんの場合、最初は流れに身を任せていても、その中で自分にとってのおもしろさや心地よさを見つけられ、「流れに身を任せる」から「その流れに乗る」「その流れの中で泳ぐ」ようになっておられ、自分の軸がちゃんとあり、自分の人生になっているのだと感じました。

ちなみに、西川さんが自分に自信を持てない一方で、自己肯定できていた理由は「他人に『私を好きになってください』というのは、その人の中で『私を好きになってもらう作業』をしてもらわなければならないので大変ですが、『自分が自分を好き』というのには何の作業も必要ありません。自分のことを好きか嫌いかと聞かれたら『好き』と、子どもの頃から自己肯定できていました」とのことです。
小森 利絵
編集プロダクションや広告代理店などで、編集・ライティングの経験を積む。現在はフリーライターとして、人物インタビューをメインに活動。読者のココロに届く原稿作成、取材相手にとってもご自身を見つめ直す機会になるようなインタビューを心がけている。
HP: 『えんを描く』

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