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■関西ウーマンインタビュー(女性経営者編)


神田 尚子さん(株式会社タガヤ 代表取締役社長)

ゼロから始めることで、新たな成長や飛躍につながる

神田 尚子さん
株式会社タガヤ 代表取締役社長
チャペルの運営、挙式やパーティーのプロデュース、貸衣装、写真・映像の制作、キャンドルやギフトの製造・販売、旅行の企画・手配など、ウエディングに関わる事業を総合的に展開する株式会社タガヤ。

婚礼貸衣装業のみを展開していた同社を、ここまでの発展に導いたキーパーソンである2代目社長の神田尚子さん。創業者からヘッドハンティングされて外部から入社し、社長に就任したという経歴を持っています。

前の職場では「ごく普通の、平凡な社員だった」と自身のことを振り返る神田さん。社長に就任されるなど、めざましい活躍の背景には、「ゼロの強み」があったと言います。神田さんが言う「ゼロの強み」とは?
いったんリセットして、「ゼロ」に戻す
神田さんがサービス業を志した原点は、子ども時代にあるそうですね。
私の祖母は、戦争で夫を亡くし、大手企業で定年まで勤め上げたキャリアウーマンでした。ハイヒールを履きこす、しゃんとした姿に「かっこいい」と憧れ、この時に「女性はいくつになってもキャリアを持って働くべき」という価値観が埋め込まれたんだと思います。

また、家族で食事に出かけるといえば大衆的な食堂でしたが、祖母は高級なレストランに連れて行ってくれました。白手袋をはめたウエイターさんが入口で出迎えてくれたり、いすを引いてくれたりするなど、子どもの私も大人扱いしてくれて、とても気持ちのよいサービスに感動したことを覚えています。

私も大人になったら、こんなレストランに行ける人になりたいと思いましたし、漠然とですが、こんなふうに誰かを喜ばせる人になってみたいとも。まだ小学生でしたから、サービス業のことなんてわかっていませんでしたが、ただただ「かっこいいなあ」って。

何でも最初は「かっこいい」から入るんです(笑)。

以降は教師の父の教え子が旅行会社に勤めていて、なかなか入手しづらいチケットを手配してもらい、父が喜ぶ姿を見て「こんなにも喜んでもらえるなら旅行会社もいいなあ」、旅行つながりで「客室乗務員はどうだろう?」と夢を膨らませながら、最終的にはホテルに就職しました。

短大の観光学科に在学中、実習で訪れたハワイのホテルで感動的なサービスを体感し、子どもの頃の、あの高級レストランでの思い出がよみがえってきたからです。
ホテルでは10年ほど勤務されたとのこと。現在の会社に入社するきっかけは何だったのですか?
28歳の時に、ホテルの先輩と結婚したのですが、30歳で離婚しました。同じホテルに勤めていたので、まわりは夫婦ともに知り合いばかり。短大卒業後から長年勤めてきましたが、いったんリセットしたくなったんです。

家庭なし、職なし。一層のこと、貯金なしになろうと、貯金を使い果すべく、「そうだ!ロックフェラーセンターのクリスマスツリーを見に行こう」とニューヨークに飛び立ちました。そこから2カ月かけて、サンフランシスコまで西へ横断することにしたんです。

あちらこちら旅しながら、アメリカの人たちと触れ合う中で、会う人会う人、すごくおおらかで、人生を楽しんでいるなあと感じて。あと、ビールを注文したら「あなた、学生でしょ?パスポートを確認させて」と何度も言われて、「私、10代に見えるの!」と喜ばせてもらって。気持ちがすっきり。

これまでの人生をリセットして、振り子をゼロに戻せた気がしたから、「よっしゃ!やろう」と帰国しました。参加した経営者セミナーでの出会いが、人生の第2幕を開くきっかけになります。
どうして経営者セミナーに参加しようと思ったのですか?
「とにかく、何かしなければ」という感じでした。

新聞で経営者セミナーを見つけた時、今の私なら何もないからこそ、たくさんのことを吸収できるのではと直感し、参加してみることにしたんです。もちろん、まわりは経営者ばかり。

セミナーに参加したことをきっかけに、さまざまな経営者の著書を読み始め、自分で道を切り拓いていく経営者のマインドがいいなあと心惹かれました。

そのセミナーで、今の会社の創業者と出会ったんです。

どんなビジョンを持ち、今後どんなことをしていきたいのか、今何に悩んでいるのかなど、自分のことを発表する時間があり、その内容を聞いて興味を持ってくれたようでした。

「月収100万円を稼ぎたい」という言葉で仕事に対する覚悟を表していたところ、「月に100万円稼ぎたかったら、うちにおいで」と。なのに、実際は時給850円からのスタートでした(笑)。
「ゼロ」から始めることの強み
時給850円からのスタート。そこから15年で、社長に就任されたのですね。
私が入社当初、創業者とご家族、パートさんの6人体制で、婚礼貸衣装業のみを展開していました。

婚礼衣装が和装から洋装主流へ、新規参入企業の増加など業界の変革期にあり、経営に悩みを抱えていた時期だったようです。私にとっては、変革期だからこそ、自分の力を発揮できると思い、入社の決め手になりました。

とにかく結果を出すしかない。そう意志を強く持って取り組んだ結果、1年後には売上を倍増させ、瞬く間にCOO(最高執行責任者)に任命、採用も全部任せてもらえるようになったんです。

大きく成長する見込みのある新規参入企業との契約を獲得し、その新しい感覚に対応できるように、自分と同じマインドを持つ人材を採用し、チームをつくりあげました。2002年には「京都セントアンドリュース教会」を開館して、チャペル運営や挙式・パーティーのプロデュースなどの事業にも参入したんです。

私が社長に就任したのは2012年。3つ目のチャペル「神戸セントモルガン教会」を開館させた後のことでした。

そのオープニングレセプションの招待客がほぼ私の関係者となり、その日に創業者から「社長をやれ」と宣言されたんです。社長就任時のパーティーでは、創業者が私を社長にしようと思った2つのきっかけを話してくれました。
1つ目は、入社2日後に初契約を獲得した時のこと。

当初、私は本店ではなく、結婚式の二次会専用会場の入口に設けられた分室に配属されました。委託を受けて会場を案内する業務を行いながら、衣装が決まっていないお客さまがいれば衣装をセールスしていいということになっていました。

二次会の会場を検討されているお客さまですから、衣装が決まっている方がほとんどの中、たまたま衣装が決まっていないお客さまがいて、本店にお連れすることになったんです。時間は18時、おなかがすく時間帯です。空腹のため、「早く食事に行こう」という気持ちになって、契約まで至らないかもしれません。

そこで、お客さまにはタクシーで先に行っていただき、私はパンを買ってから追いかけました。パンでおなかを満たしていただいた上で打ち合わせをしたところ、初契約に結びついたんです。

2つ目は、入社1年後くらいに結婚式場の衣装提携の受注ができた時のこと。

クリエイターが関わっている式場で、従来の式場とはセンスのレベルが異なると感じたため、急遽、本店のフィッティングルームを改装することにしました。「あなたのお部屋でくつろぐように」というコンセプトで8畳の広いフィッティングルームを3室つくる計画を提案したら受注できたんです。

ただ、当時の経営状態ではすぐに改装費用を捻出できなかったので、その7割を私のほうで負担し、完成を間に合わせました。

どちらも入社1年ほどという短期間にやり遂げたインパクトのある仕事です。創業者はその時すでに「私を社長に」と考えてくれていたようでした。
入社してたった1年で、「社長に」と思われていたんですね。それほどの信頼と結果を残されたということ、どうしてそこまでのことができたと思われますか?
ゼロの強みです。

30歳で離婚し、短大卒業時からずっと勤め、マネージャー職にもついていた職場を退職し、長年貯めた貯金もほとんど使い果たしました。

「もう一度、同じことをやれ」と言われてもできないくらいのことをして、もう崖っぷち、ここでダメだったら戻る場所なんてないという状況でした。「とにかく結果を出すしかない」と意志を強く持ったことが、行動力につながり、一つひとつの結果を生み、今につながったのだと思います。

会社としても、こんなことがありました。

2018年から京都市の委託を受けて、世界遺産の二条城でのウエディングをプロデュースしています。二条城を盛り上げることで社会貢献になればとの想いとともに、もう1つ狙いがありました。

当時、自社のチャペルなど結婚式のための設備が整った会場でばかり、仕事をしてきました。でも、設備が整った環境下では、経験やノウハウに幅が出ません。そこで、設備が整わない二条城でゼロからウエディングをつくり上げることで、得られるものがあるのではないかと考えたんです。

ゼロから始めることで、新たな成長や飛躍につながることがあります。中途半端に何かを持っていると、その環境下でしか動けなかったり変えられなかったりするから、大成しないのではないでしょうか。
マイナスに見えることも、未来のプラス
これまでにどんな「壁」または「悩み」を経験されましたか?
壁や悩みなんて「毎日ある」と言っていいほど数えきれないくらいあります。でも、何が起きても、未来のプラスになるという見方をしているんです。

たとえば、以前は外部発注していたウエディングの映像制作を自社で行うようになったきっかけは、発注ミスというマイナスの出来事でした。自社内で行うようになったら、ミスを未然に防げる上、より魂を込めてつくることができるようになったので、未来のプラスになったんです。

そんなさまざまな経験を通して、一見マイナスな出来事も、未来にとってはプラスの出来事になるかもしれないと思うようになりました。だから、事が起きたら、逃げずに、目の前のことに誠心誠意、向き合うだけだと思えるんです。
近い未来、お仕事で実現したいことは何ですか?
「SDGs(サステイナブル・ディベロップメント・ゴールズ)」に基づいて、地球環境と調和した企業活動を展開するため、2019年9月に一般社団法人日本ノハム協会設立を設立しました。

「SDGs」とは、2015年の国連サミットで採択された2030年までに達成をめざす国際目標で、「つくる責任 つかう責任」「海の豊かさを守ろう」など17つの目標とその目標を具体化した169のターゲットがあります。

日本ノハム協会では、健康と環境への取り組みをテーマに掲げ、価値観やライフスタイル、情報を発信するメディアの運営やスイーツの開発・販売を始めました。

取り組むきっかけは、昨年ロンドンに行った時に、SDGsに関する取り組みが浸透しているのを目の当たりにしたからです。

たとえば、スーパーマーケットではビニールがもう使用されていません。使用していたら不買運動が起きるほど、人々の関心は高まっていて、「日本でもやらなあかんやろう」と危機感を持ったんです。

ウエディングとは異なる分野のように思われるかもしれませんが、式場運営においてもできることはたくさんあって、プラスチックストローを廃止して紙ストローにする、お客さまにエコバックを支給する、式で提供するメニューの食材は地球環境に配慮したものを選択するなど、取り組んでいます。

これからの時代、企業は自社を拡大していくことばかりを追求するのではなく、食の安全を守ったり、無駄な廃棄物をなくしたりするなど取り組むべきことがたくさんあります。SDGsの視点や価値観を持って企業活動を行っていくことが重要だと考えているんです。
自社やその周辺だけではなく、大きな視点で捉えられているんですね。
俯瞰できる距離が広がることは、自分の成長の証だと思います。

最初は自分のことしか見えません。それがだんだんと、家族のこと、会社のこと、地域のこと、社会のこと、日本のこと、世界のこと、地球のことと俯瞰できる距離が広がっていくんです。どれだけ大きな視点を持てるかによって、得られるものも変わってきます。

また、自分にできることは出し惜しみしない。能力を出し惜しみしなければ、誰かや社会の役に立つことができますし、自分の能力を育てていくことにもつながるからです。

日本ノハム協会の設立は、私にとって人生の第3幕の幕開け。一生をかけても悔いの残らない、やりがいのあることだと思っています。
profile
神田 尚子さん
大阪成蹊短期大学観光学科卒業後、1987年に大手ホテルの開業準備室に就職。ホテル開業後は、宿泊予約やフロント業務を担当し、マネージャー職につく。1998年に退職し、株式会社タガヤに入社。営業本部長、専務取締役を経て、2012年に代表取締役社長に就任。2019年9月には一般社団法人日本ノハム協会を設立し、代表理事に就任した。
株式会社タガヤ
HP: https://tagaya-group.com/
FB: tagaya.recruit/
(取材:2020年1月)
editor's note
「ゼロの強み」「ゼロから始めることで、新たな成長や飛躍につながることがあります。中途半端に何かを持っていると、その環境下でしか動けなかったり変えられなかったりするから、大成しないのではないでしょうか」という神田さんのメッセージが、心に残っています。

これまでの学びや経験などをもとに考えてしまう自分がいます。もちろん、学びや経験などの積み重ねは大切であり、活かせたり役立ったりするものではあるのですが、それにとらわれてしまって、その範囲内でしか捉えらなかったり考えられなかったりできなかったりすることもあるように思います。

頭の中で、その範囲を脱そうとしても、なかなか難しいものです。だから、環境や状況的に自分を追い込み、新しい気持ちで目の前のことに飛び込んでいけるようにすること。しんどさを伴うことではありますが、だからこそ得られたものがあるのだと、神田さんのお話をうかがって思いました。

神田さんの場合、自分自身だけではなく、企業としても、そういったチャレンジを繰り返しておられました。
小森 利絵
編集プロダクションや広告代理店などで、編集・ライティングの経験を積む。現在はフリーライターとして、人物インタビューをメインに活動。読者のココロに届く原稿作成、取材相手にとってもご自身を見つめ直す機会になるようなインタビューを心がけている。
HP: 『えんを描く』

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