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■関西ウーマンインタビュー(女性経営者編)


橋本 明子さん(京都シルク株式会社/企画営業チーフマネージャー)

橋本 明子さん 京都シルク株式会社/企画営業チーフマネージャー
京都シルク株式会社
京都市中京区御幸町六角下ル
営業時間:11:00-18:30 年中無休(年末年始を除く)
TEL:075-241-0014
http://www.kyotosilk.co.jp/
シルクのボディタオルから起業されたそうですね。
昔から舞妓さんや芸妓さんは、垢抜けしたお肌じゃないとの白粉(おしろい)がスルっと乗らないんです。そのために「ぬか袋」や「絹の布」といった、昔から花街に伝わってきた美肌術がありました。

私の祖母が呉服屋で育ちましたので、昔からずっと「絹の布」を使っていたんです。ナイロンのタオルは、人によっては赤くなったり固くなったりしますが、ナイロンのタオルが流行りだした頃、姉の背中が黒くなってきたので、祖母から教わった絹の布で磨いてみると、きれいになったことがきっかけです。

最初は母が娘のお肌を治そうと思って作っていて、ご近所の方にも「こんなんあるよ」とお教えしているうちに、お金を払うからもっと分けて欲しいと言われるようになったんです。そこで縫製工場をしていた叔父と一緒に作ってみようということで商品化し、起業したのが1986年でした。

最初はボディ用のタオルだけでしたが、身体を磨けるのならお顔も、ということで、パフにスポンジを入れて、この「珠の肌パフ」ができました。最初の頃は、シルクがお肌に良いということを啓蒙しながらですから、すぐに浸透したわけではなく、主に浴用製品の縫製工場として、大手化粧品会社さんのノベルティや、洗顔パフ、浴用製品などOEMを作っていました。
明子さんは、もともとどんなお仕事を希望されていましたか?
私は同志社の政治学科を出ておりまして、実は研究者志望だったんです。政治学の博士号を取って、テレビに出るコメンテーターのような仕事をしたいと思っていました。私が院生の頃は、みなさんご存知のところでは桝添先生(舛添要一氏)なんかがまだ東大で教授をされていた時代で、「朝まで生テレビ」で激論を交わす多くの有名な先生方と政治学会でご一緒することに幸せを感じていました。政治というより政治史、それも戦後の経済政治史に興味があって、吉田茂や池田勇人の研究をしていました。

生まれたときからうちは商売をしていましたので、反面教師というか、私は絶対に商売人にだけはなりたくないと思っていました。父は建築関係の仕事をしていまして、子どもの頃はちょうど良い時代でもありましたから、とても良い思いをさせてもらいましたが、一方で、学校の先生をされているお父さんやお母さんを持つお友達にとても憧れていました。

中学生のときからずっと、大学院に行って博士号を取りたいと思っていましたから(実際には修士までしかとっていませんが)、29歳で結婚して32歳で妊娠するまで大学院に通っていて、ずっと学生証を持っていました。その間、大学受験予備校の専任教師をしていたので、就職は一度もしたことがなく、30歳まで先生と呼ばれる仕事しかしていませんでした。
明子さんが会社に入られたいきさつは?
家の仕事なので、アルバイト的に私がパンフレットや商品パッケージを作っていました。母と一緒に大きな化粧品会社に営業に行って、次はこんな商品作りませんか?というご提案に行くこともありましたが、なんとなく自社の名前が出ない仕事というのは、あまりおもしろくなく、気も入らなかったんです。

そこで、せっかく「京都シルク」という良い名前がついているんだから、自社ブランドを立ち上げようよ、と言いだしたのは私。母や叔父にしても、やっていけるのか?という不安はあったと思いますが、私はどうしてもやりたかったんです。それから3年かけて、大手化粧品会社のOEM事業から撤退しました。自社ブランドを立ち上げるために、退路を断つ決意表明でした。
その後、ご家族にとって大きな転機がありました。
2000年に出産して、産休後復帰した年に、3歳上の姉が37歳のとき病気で亡くなったんです。急性だったのでたった3ヶ月の闘病生活でした。それがすごく大きかったですね。もう人生の生き方自体が変わりました。

その間、会社も開店休業状態でずっと皆で姉について、家族がきゅーっと一緒になったんです。悲しくて受け入れられないけれど、できることは皆やったよねって。それでもやっぱり会社でぐずぐずと泣くこともありました。

ところがその3ヵ月後、姉の100日法要の時に、うちの商品がテレビ番組に取り上げられたんです。それで一気に忙しくなって、もう泣いている暇が無いくらい。それをきっかけにお客様も増え、売り場もドンと増えました。そこから「京都シルク」という会社を通して、お知り合いになった方がすごく増えたんです。なんとなく亡くなった姉が知り合わせてくれたのかなと思いながら。

それからです。ちゃんと仕事しよう。お客様に対しても仕事関係の方に対しても、嘘をつかない。できないことをできると言わない。良くないものを大丈夫ですよって出さない。当たり前のことですが、それは絶対にしないでおこうって決めました。
会社のスタッフの皆さんにもその想いは共通しているんですね。
わがままかもしれませんが、どうしても嫌だと思う仕事はしないと決めたんです。というのも、会社に帰っていっぱい愚痴や悪口を言わないといけなくなるから。たとえ1個しか売れなくても「今日は良いお客様が来てくれはって、とっても良い出会いがありました」という報告はウェルカム。そんな仕事をする会社にしていこうと思ってきました。今もそれは貫いています。

うちは女性ばかりの会社で、全員子どもを持つお母さんです。子どもはあっと言う間に育ってしまいますから、お母さんと子どもの時間って本当に短い。仕事しているから子育てできないとか、塾に行かせられないとか、習い事の送り迎えが出来ないとか、そうなると仕事がすごくつまらない邪魔なものになってしまいます。毎年毎年、運動会もあれば家庭訪問もあるし、入学式も卒業式も、みんな順繰りにあります。そこは皆で支えあって仕事をしています。
オリジナルブランドの商品は、全て明子さんが企画されているのですか?
ボディタオルやパフは、もともと母が考えたものですが、 それ以外のシルク製品とシルク化粧品、それに雑貨は全て私ともう一人、 長き付き合いの相棒(通称:梶やん)とで作り上げ、販売(卸・小売)に関しては私の姉が仕切っています。 商品コンセプトは、自分たちが持ちたいもの、使いたいものを軸にしていて、 ブランドイメージや企画、デザインも完全にゼロから、マーケティングも全部自分たちで行います。

特に今は舞妓ちゃんをモチーフにした「桜さくら京都」というブランドに力を注いでいます。 将来的には、京都駅に来たら、この舞妓ちゃんがお出迎えするというくらいまで成長させたいと思っています。
シルクを使ったオリジナルの化粧品もありますね
ここ10年やってきて、シルク生地の商品はもう大体定番が決まってきています。今後は生地物以外でシルクの何か良いものを作ろうと考えていて、化粧品はその一つです。シルクは100%たんぱく質でできている、とても不思議な繊維。そこから抽出されるシルクセリシンは保湿効果がとても高いんです。京都は丹後織物組合というところがあって、うちはそこからシルクセリシンを購入してオリジナルの基礎化粧品を作っています。

今はお土産で買っていただいたり、百貨店の催事で衝動買いしてくださる方がターゲットなので、価格は少し安めですが、今後ここ何年かの予定としては、本当にシルクの魅せられて、という方にお使いいただけるような、ランク上の化粧品も作っていきたいと思っています。
京都は観光ビジネスとして、地元企業同士コラボしていこうという動きがある一方、大手など東京資本も入ってきています。その中で、オンリーワンでいくか、どこかと手を組んでいくかというと?
私は他の会社と手を組んでいくつもりです。オンリーワンは商品だけでいいですし、やっぱり商売は自分たちだけではできません。大阪的発想でいくと、東京や大きな会社と手を組んだほうがいい、となりますが、それはもう経験したんです。ある大手会社と業務提携をすることで、全国の百貨店に売り場が広がりました。とってもたくさん売れて、お金もたくさん動いたんですが、商品1個1個の私たちの想いとか、こんなふうに使って欲しいとか、言葉にすると陳腐になりますですが、でも「何か違うな」と思ったんです。

ある時、通販のお客様からお電話で、「○○百貨店で売ってはりましたね」と言われても、それが把握できない。せっかく作った商品なのに、どこで売られているか分かっていないということに対して、申し訳ないと感じたんです。商売だからもちろん売れないといけませんが、私としてはこだわりを持って売りたい。そのこだわりが通じるお仲間と仕事をしていきたいという結果になって、今うちはこのサイズに落ち着いたんです。

商品を売るだけ、となると、どんな人がやってるのか、誰に話をすればいいのか分からない正体不明な会社になってしまいます。それは本意じゃないですし、目指すところはそこではない。それよりは、「あの会社は頑固もんで、なかなか難しいで」と言われながらでも、会ってみたらそんなことないと分かってもらえる。そういうところに人って繋がっていくし、「ほな、一緒にやろか」となるんだと思います。私も外から京都を見ている人間として、京都って難しいとこやと言われるけど、全然そんなことない。人と人の繋がりがきっちりできるところだと、今この歳になって改めて感じています。
最後に、商品開発に携わる方にアドバイスされるとしたら?
製品をゼロから生み出すにはかなりのパワーが必要です。商品は自分だけがいいと思うのではなく、売れるものでなくてはいけない。独りよがりではダメなんです。いろんなことを感じて、見て、学んで、人の意見を聞くこと。そして世界を見渡せる目を持たなくちゃいけないと、私はいつも自分に言い聞かせています。

なんとなく成長するなんて不可能。目的を持ってそれに挑もうとする意志を持つこと。若い方には、たくさん苦労をして挫折して、そこから立ち上がる「強さ」を持って欲しいですね。
ありがとうございました。
(取材:2015年1月 関西ウーマン編集部) 
 

 

 

 


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