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■関西ウーマンインタビュー(ドクター編)


阿部 純子さん(歯科医/じゅん矯正歯科クリニック)

 
阿部 純子さん  歯科医/じゅん矯正歯科クリニック院長
九州大学歯学部卒 日本矯正歯科学会・日本舌側矯正歯科学会・日本臨床矯正歯科医会所属
1人ひとりに丁寧に向き合うことを理念におき「美しい歯並びのための治療」だけでなく「自分自身が自信を持って笑うことができる」、そのための矯正治療を目指す。
大阪市女性起業家情報交流協会 会長

じゅん矯正歯科クリニック
(歯列矯正・ホワイトニング)
地下鉄御堂筋線 本町駅 3番出口すぐ
月~土(10:00~13:00/14:30~19:30)
大阪市中央区本町3-5-2 辰野本町ビル2F TEL 06-6266-0018
http://www.jun-oc.com
歯科医になろうと思われたきっかけは、ご自身の「歯」だったそうですね。
小学校2年生の時、自転車で転んでしまって、ちょうど生えかわったばかりの前歯を折ってしまったんです。それからその前歯では、痛い思いをしたりして、苦労してきました。昔の歯科治療なので、今と違って質より量という感じで、待合室には患者さんが溢れていて、先生が次から次に治療をこなしているようなところでした。

折れた歯から神経が出ていたので、治療をしてもらっていたんですけど、それが何度も膿んだりして痛かったんです。虫歯も多かったですし、結構歯には苦労したんですが、それでも歯医者さんに行くのはイヤじゃなかったんです。
歯医者さんって、あの音や待たされることも多いイメージから、大人でも苦手な方が多いですね。なのになぜイヤじゃなかったのですか?
お医者さんに行くことって、非日常のイベントなので、子どもの頃から結構楽しかったんです。どんなに痛くされても、「行きたくない」とならなくて、なぜか行くのが好きでしたね。治療器具にもすごく興味があって、「これ何に使うんだろう」とか、次に先生が何をするのかが楽しみだったんです。歯を削ったりするときも、「粉が飛ぶから目をつぶっていないとダメよ」と言われるくらい、キョロキョロしていました(笑)
「職業」として歯科医を意識されたのは?
母は自分が専業主婦だったので、「これからの女性は経済力を持たないとだめよ」といつも言っていましたから、何か資格を取りたいとは思っていました。高校生になって進路を決める頃、ちょうど「差し歯」のことで違う歯医者さんを紹介してもらって、そこでじっくり治してもらったのがすごく嬉しかったんです。

そこで「こういう仕事って良いな」と思って、歯科医という仕事に興味を持ち始めました。歯科医になれば結婚しても続けられますし、一生仕事ができるんじゃないかと思い、九州大学の歯学部に入りました。
矯正歯科を専門にされたのはなぜですか?
その差し歯で通っていた歯医者さんで、ある日、歯科衛生士さんに「うわ、歯並びガタガタやね」って言われたんです。それまでの私は「歯並び」という概念すら無くて、従兄弟が小さい時に矯正していたのを見ていたんですが、自分とは関係ないと思っていましたし、全く異次元のことだったんです。そこで突然「歯並びが悪い」と言われてすごくショックで。母にも言えませんでした。

その後「そんなことないもん」と自分の中で消化したつもりでいたんですが、大学に入って学生同士で歯の型取りをして、自分の歯型を見てみたら、やっぱりガタガタなんですよ(笑) 同級生は歯医者の息子さんや娘さんが多いので、やっぱり歯並びもキレイなんですよね。そこで改めて愕然として、「やっぱり私は歯並びが悪いんだ」と、昔に押さえ込んでいたものが、だんだん写真も口元を閉じたりするようになったり、コンプレックスに変わってしまったんです。
矯正に進もうと決めたターニングポイントは
最初は一般治療の授業なんですが、歯科医って、今でこそ予防の大切が認知されてきましたが、当時はまだまだ、悪くなったところの修理が主な仕事という意識が強かったように思います。

削って埋めて、抜いて被せて・・「教科書的にはこれが正しいです。でも実際の治療では、(保険治療で使える材料の制限などもあって)「こういうふうにやることが多いです」みたいなことがあって、「なんだ?この妥協の治療は」と。

今思えば、これは私の不勉強による誤解も大きかったんですが、当時はそういう一般歯科に興味を失ってしまったんです。

そこで「私は歯並びにコンプレックスがあるから、そういう人を治してあげると、部分的な修理じゃなく、その人の内面にアプローチができる。それには矯正歯科が良いかもしれない」と思ったんです。

学年が進んで矯正歯科の講義が始まる初日、教授が開口一番、「歯科の仕事は大変厳しい時代になったと言われているけれど、歯科医にしかできないことはまだまだありますから、皆さん自信を持って歯科医になってください」と仰ったんです。その瞬間「この先生についていこう」と、矯正歯科に進むことを決めました。

同級生は皆、卒業後の進路に悩んでいて、いろんな話を聞きにいっていましたが。私は誰の話も聞きに行かず、まっしぐらに大学の矯正歯科教室に行き、医局に研修医で取ってもらったんです。
そこは何年くらいおられたのですか?
7年弱いました。矯正歯科というのは、学生時代そんなに詳しくは習わないんですね。卒業して研修を受けて、矯正治療って経過が長いので、3年目くらいでやっと一人の患者さんの治療が終わるんです。矯正歯科の道に進む者のほとんどが、日本矯正歯科学会の認定医を取ることを最初の目標にしますが、そのためには大学病院などの認定機関での5年間の研修期間が必要なんです。

私の場合、最初の2年間は研修医でしたが、3年目からは大学の医局に有給の籍が無く、研究生という形で授業料を払いなから患者さんを診させていただきました。授業料は開業医さんへアルバイトに行って稼いで。それを30歳くらいまでやっていました。
その後、九州の医局から、大阪に来られました
当時は私は技術の高いドクターになりたいと思っていたので、学外のセミナーや講習会を受けにいっていたんです。このまま大学にいるより、自分を高められる先生のところで勤めたいと思うようになって、ちょうどその頃一生懸命勉強していた講習会でチーフインストラクターをされていた、高槻で矯正専門歯科を開業されている先生に雇っていただいて大阪に来ることになりました。
それまでずっと勉強されてきましたが、その間、結婚は考えませんでしたか?
医局に入ってからすぐ28歳の時に、同じ医局の先輩と結婚しようと思っていました。その人は一般歯科で開業したので、そこで手伝うこともできるかなって。でも当時は「結婚」がしたかったんでしょうね。結婚するにはこの人の人柄とか条件なら良いなとか、そういうことで選んでしまった部分があったと思います。

なので、何か違うなとだんだん思い始めて、結局破談にしちゃったんです(笑)同じ医局ですし狭い社会なので、もう私は一生結婚できないかもしれない、これは仕事にがんばるしかないなと思ったことも、今思えばきっかけの一つかもしれませんね。
高槻で勤められてから、いろんな心の動きがあったそうですね。
その先生のもとで勤め始めた頃は、「良い治療ができるようになりたい」と目指していたので、それこそ意気揚々としていたんですが、ある程度いろんなことができるようになると、だんだんいろんなことが見えてきたのか、何の為にやっているのか解らなくなってきたんです。

その先生は本当に素晴らしい、私の矯正歯科治療における師匠で、患者さんの治療に対しての理想も高く、ご自分にもとても厳しくていらっしゃいました。それに到達するためにはどんな事情であっても妥協しない、治療に対する厳しさもお持ちでした。

良い治療が軸にあるので、医者としてその姿勢は必要なのですが、当時の私には「これは本当に患者さんのためになっているのかな、本当にこれでいいのかな」という迷いが生じていました。

今独立して思えばこの厳しさは患者さんの将来を思えばこそなのですが、その頃の私にはまだ十分理解できずにいました。

私は何のために仕事をしてるんだろう。いつの間にか患者さんでなく院長先生の顔色ばかりを見て仕事をする人になっていたんです。会社など組織で働く人には当然のことかもしれないけど、やっぱり仕事が楽しくなくなってきたんです。

ちょうどその頃、アメリカ人の男性と結婚を考えていたんですが、両親には何を言っても絶対許さない、イヤなものはイヤだと猛反対されたんです。両親には両親の夢や期待があったんでしょうね。今ならそんな気持ちも理解できるのですが、当時はすっかり自分の殻に閉じこもってしまいました。

私はそんなに反抗期も無かったし、大きな挫折もなく一生懸命自に頑張ってきたのに、結婚相手も自分で選べないのか。それこそ何のために頑張ってるんだろうと。ちょうど仕事のジレンマと重なったこともあって、高槻の先生のところを辞めることになってしまいました。
辞めてしまって、その後はどうされていたんですか?
同級生が金沢で一般歯科を開業しているんですが、そこに矯正歯科担当で来て欲しいと言われて、月1回通っていました。両親とも疎遠になってしまって、これから先私は自分一人で生きていなかくちゃいけない。そう思うと、せっかく時間ができたので、いろんなことをやってみようと思ったんです。

歯学部を卒業してから、周りはみんな、歯科医師ということで付き合ってくれているわけですし、それ以外の友達もあまりいない。だから世界も視野も狭い。歯医者としての価値で見てくれているけど、自分個人としての価値ってあるのかなと、とても不安に思ったんです。これって歯科医でなくなったら、つぶしがきかないなって。
どんなことをされましたか?
イタリアンレストランでアルバイトしたり、派遣会社に登録して、単発の入力事務とかテレアポのアルバイトにも行きました。父も公務員ですし、これまで異業種の人たちと接したことがほとんどありませんでしたから、すごく楽しかったですね。いろいろな人たちと出会えて、人生何があっても生きていけるという自信がついたように思います。
それが開業のきっかけに?
ずっと「経営」というのは私には絶対無理だと思っていたんです。でもこの頃に出会った、ある会社のコンサルタントをされている人に、「矯正の仕事は好きだけど、経営って苦手なんですよね」と言うと、「数字に関することは自分が担当するから、やりたいことをやってみたら? 年も年なんだから、そろそろ社会に貢献する立場になってもいいんじゃない」と言われて、その気になって、それから半年後に開業したんです。

それが今の夫です。数字に関することを任せられるなら、私は診療だけに専念できると甘く考えていたのですが、実際開業するとそれが大きな勘違いだったことに気付かされました。

自分の思う診療をするためには、どうやったらクリニックのことを認知してもらえるか、患者さんに選んでもらえるか、スタッフに楽しく仕事をしてもらえるか、などということを当然考えなくてはいけなくて、そうなるとやっぱり院長としてクリニックを経営する以上、数字のことも考えなくてはいけない、と後になって痛感させられました。最初は夫に騙されたと落ち込むことも多かったですが、今ではこういう新しい道を開いてくれた夫に感謝しています。
こちらのクリニックには、どんなお客様が多いですか?
本町という場所柄もありますが9割が成人女性です。私が歯並びが悪いと自覚してから、実際に治療を始めたのが、大学を卒業して入局してからなんです。自分が大人になってから治療して良かったと思うので、大人になってからでも、諦めないで矯正治療をしてもらいたいと思い、この場所を選びました。
ご自身が治療を始めるまで時間がかかったように、やはり迷われる方も多いですか?
やっぱり長い期間装置をつけなくちゃいけないとか、お金がかかるとか、どうしてもそこで止まってらっしゃいます。お金の面も、毎月ネイルをするお金があれば、その優先順位を変えていただくとできるんです。本当の笑顔の良さって若い時にはわからないんですよね。ヘアスタイルやメイクでごまかせますから。

でも30歳40歳を超えると、だんだん健康ということに、ひしひしと感じてくるじゃないですか。歯が無くなったらどうしようと、現実になってやっと気がつくという方も少なくありません。その人その人のタイミングだとは思いますが、なるべく早く気がついてもらいたいですし、自分が経験してやっぱり良かったという想いは伝えていきたいと思います。
つけまつげやメイクなど、作ったものでキレイだねと言われることと、自信のある笑顔を誉められることでは、喜びが違うのでしょうね。
その喜びってじわじわくるんですね(笑)歯には興味ないようなおじさんから、「歯並びキレイやね」と言われたり、歯並びを誉めてくれる人って結構いらっしゃるんです。それと、これは患者さんにも良く話すんですが、例えば「スタイルが良いね」と言われたら、くすぐったくて照れてしまう感じですが、「歯並びキレイね」と言われたら、「そうでしょ。だってあんなに頑張ったんだから」と自信持って言えるんです。

そういうことが一つでもあると、自分の中の自信にどんどん変わっていくし、写真を撮る時も、絶対に歯を見せて笑いたくなるんです。そうすると「笑顔がいいね」と言われるので、いいサイクルが廻ってくる。自分がもともと持っていなかったものを、頑張って得た笑顔を誉められるという裏には、自分の苦労が報われるという成功体験になるんです。
今後、患者さんにはどのようなアプローチを続けていかれますか?
理想としては、患者さんに寄り添いたいという想いはあります。私は矯正治療が仕事なので、歯のことばっかり考えていますけど、患者さんにとってはそうじゃないですね。あくまでも患者さんの人生の中での矯正治療。つなり患者さんの人生があっての矯正治療ので、絶対にこうじゃないといけないというんじゃなくて、幅のある寛容さは忘れずにいたいなと思います。
「笑顔のステキな大人をふやし隊」というコンセプトには、どんな想いが?
勤務していた頃、ある高校生の患者さんが、「毎日つまらないし、大人にもなりたくない。周りの大人だって、働いてしんどいって愚痴ばっかり言ってる」って言うんです。これはこういうことを言う子どもたちが悪いんじゃなくて、楽しい時間を見せてあげる大人が周りにいないことが問題。「なりたい大人」が少ないんじゃないかと思ったんです。

そこで、歯がバシっと並んでて、笑顔がかっこいい、ステキな大人を増やしたいと考えたのが「笑顔のステキな大人をふやし隊」。朝いつも駅まで歩いているんですが、通勤のサラリーマンの人たちの多くは、顔つきが幸せそうじゃないんですね。皆、仏頂面になってる。もっと幸せそうな笑顔、自信のある笑顔がステキな人をたくさん作りたいというのがクリニックのコンセプトなんです。
最後に同じ業界を目指す女性に向けてメッセージをお願いします。
私は30代に挫折の壁にぶち当たるまで、浪人もせず留年もせず最短距離できましたが、その後、たくさん回り道して良かったと思っています。38歳で開業したので、遅いほうかもしれませんが、今だからこそ、ちゃんとそうしたコンせプトを考えてられたということもありますから。

回り道しても、あとから振り返ってみるとなんてこと無い。それは絶対に次の財産になると思います。患者さんにも豊かな人生を提供することと同じく、自分自身もそういう豊かな人生を歩んで欲しいと思います。
ありがとうございました。
(取材:2014年8月 関西ウーマン編集部) 
 

 

 

 


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