滅びの前のシャングリラ ( 凪良 ゆう )
どんな時にも人間は希望を持てる 滅びの前のシャングリラ
凪良 ゆう(著) 私は甲殻類アレルギーです。
命に別状があるわけではないけれど、エビ、カニを食べた翌日は必ず口内炎ができますし、体もちょっとだるい。 とはいえ、アレルギーを知ったのは30歳を過ぎてから。 それ以前は知らずに海老もカニも美味しくいただき、「なんだか冬場になると体調を崩しやすいなぁ」と思っていたのでした。 ですからエビ、カニの美味しさは知っているわけで、私はしょっちゅう「明日地球が滅ぶとしたら、甘エビを暴れ喰いしたい!」と申しております。 まぁ、冗談半分なのですが、そういう仮定の話をすることはありませんか? 凪良ゆうさんの『滅びの前のシャングリラ』は1ヶ月後に小惑星が地球に激突し、人類が滅亡するとわかった日本が舞台の小説で、2021年の本屋大賞を受賞しています。 江那友樹17歳。ぽっちゃり体型の冴えない男子だ。
同級生の井上にはパシリにされたり、クラスメートの前でいじめられたりしている。 友樹は母と二人暮らし。 ガサツで口の悪い母ではあるが、夫を亡くしてずっと女手一つで育ててくれた。 そんな母に、学校で自分がいじめられていることなど絶対に隠しておきたい。 同じクラスの藤森さんは学校で一番の美人で、頭もいい。 友樹をいじめている井上も、なんとかして藤森さんの気をひこうとしているがなかなか成功しない。 実は友樹も藤森さんに片想いしているが、井上ですら相手にされないのだから、自分などがそんな大それたことを考えているとわかったら、またいじめのネタになるだけだ。 絶対に気持ちを表に出さないようにしなければと思っている。 しかし、友樹は小学生の頃に藤森さんと約束をしたことがあるのだ。 「一緒に東京に行こう」と。 それを思い出すと友樹の心に小さな火が灯る。 だが藤森さんはそんな約束をしたことを覚えていないかもしれない。 今日も藤森さんの目の前で井上にいじめられ、無様なところを見られてしまった。 そんな友樹の日常に大きな転機が訪れた。 1ヶ月後、小惑星が地球に激突、その衝撃で人類は滅亡するというのだ。 希望的な観測でも、人類の8割は亡くなるのだとか。 総理大臣が会見して発表したのだから、冗談ではないのだろう。 人類滅亡の前に、藤森さんは東京に行くという。 友樹は幼い日の約束の通り、藤森さんと一緒に東京に行けるのか? 藤森さんはなぜ東京に行こうとしているのか?…… (凪良ゆうさんの『滅びの前のシャングリラ』の冒頭を私なりにご紹介しました) この小説は、四人の人物の視点で展開していきます。
一話の「シャングリラ」は上でご紹介した、いじめの標的になっている小太りでパッとしない江那友樹。 だけど、江那君はなかなかいい人なのです。 例えば、自分をいじめている相手を呪う場面で、江那くんは相手の真の不幸を願いません。 ではどんな呪いをかけるのかというと、「将来結婚式の当日にめばちこができますように」とか「カレーを作った時に炊飯器のスイッチを押し忘れますように」という具合。 相手の不幸を願う場合に江那くんは自分に「ユーモア」を交えることを課しています。 もし自分が心の底から相手の最悪な状態を願ったりしたら、「いじめられてばかりいる情けない自分」に「人の不幸を願う嫌なやつ」という要素が加わるから。 そんなことになればプライドはズタズタになると思っています。 なかなか自己分析ができているし、藤森さんへの思いやりもあって、本当はかっこいい人なんじゃないだろうか、と思わせられます。 実際に、1ヶ月後に人類が滅ぶということが確定した後、いろいろな状況に立ち向かいながら江那くんは成長していきます。 頼もしいぞ、少年! 他の三話の主人公も軽くご紹介しておきますと、二話「パーフェクトワールド」は四十歳の半分ヤクザ、目力信士の視点。 父親から激しい暴力を受けながら育ち、生き抜くことに必死で、結局はまともな仕事につかず、あと1ヶ月で人類が滅ぶという時にも、上の人間に良いように使われて人を殺してしまうような男です。 三話「エルドラド」は江那友樹の母親、江那静香、四十歳の視点。 一人で友樹を育てるため、必死で働いてきました。 友樹は、良い相手がいたら再婚してもいいと言ってくれるけれど、今も何かにつけて友樹の父親を思い出している静香。 あと1ヶ月で人類が滅ぶとわかった時、何がなんでも息子を守り、最後まで一緒にいようと決意する肝っ玉の座ったお母さんです。 そして四話「いまわのきわ」はトップアイドルLocoの視点。 ロックがやりたかったのに、周囲の思惑でアイドル路線に。 どんどん偶像化され、自分でも本当の自分を見失い、友だちも居場所も無くなってしまった時、人類が滅亡することを知ります。 本当のLocoは何がしたいのか? 小説が進むにつれて、四人が一つの場所に集約されていく様子は、4つの惑星の公転の直径がどんどん狭くなり、ついに中央に集まってくるような感じ。 話の展開にスピード感があって、最後は夢中になって読み耽りました。 それにしても、人類が滅亡するとわかった時、いえ、そんな枠を大きくしなくても、自分がこの世から消えてしまうとわかった時、結局大切なのは家族や友だちなのだな、と感じました。 と言っても心温まる場面だけではありません。 どうせ滅亡するのだとみんながヤケになってライフラインが止まったり、略奪が行われたり、まるで『北斗の拳』のような世紀末な光景も繰り広げられていきます。 それでも読後感がいいのは、この小説の主題がマルチン・ルターの言葉だと言われている、次の言葉に通じるものがあるからでしょう。 「たとい明日が世界の終わりの日であっても、私は今日りんごの木を植える」 どんな時にも人間は希望を持てるものだし、非常事態であっても日常を過ごすことこそ尊いというような、そんなことを感じる小説でした。 面白かったです。 滅びの前のシャングリラ
凪良 ゆう (著) 中央公論新社 「一ヶ月後、小惑星が衝突し、地球は滅びる」学校でいじめを受ける友樹、人を殺したヤクザの信士、恋人から逃げ出した静香。そしてー荒廃していく世界の中で、四人は生きる意味を、いまわのきわまでに見つけられるのか。圧巻のラストに息を呑む。滅び行く運命の中で、幸せについて問う傑作。 出典:楽天 池田 千波留
パーソナリティ・ライター コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。 BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」 ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HP/Amazon
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