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いちばん長い夜に (乃南アサ)

訳あり女子二人、いよいよ完結編

いちばん長い夜に
乃南アサ(著)
乃南アサさんの人気シリーズ、ムショ仲間だった綾子さんと芭子ちゃんの日常を描いた『いつか陽の当たる場所で』、『すれ違う背中を』に続く完結編、『いちばん長い夜に』。
それぞれの事情で罪を犯してしまった綾子さんと芭子ちゃん。同じ刑務所で服役し、いつしか心を開き合うようになった。

出所後は同じ町で生活している。通常は出所後に互いに連絡を取り合ったりしてはいけないのだが、二人は共に、両親を始めとする親戚から絶縁されていた。

いつ自分の過去がご近所に知れてしまうかと、恐れながらひとり生きるのは辛すぎる。

だから綾子さんと芭子ちゃんは、互いに励まし慰めあって生きているのだ。この世にただひとり、全てを分かり合い、嘘をつかずに居られる相手として。

しかし2011年3月11日に起こった東日本大震災が、二人の人生の大きな転機となるのだった……。
(乃南アサ『いちばん長い夜に』をおおまかにまとめました)
これまでの『いつか陽のあたる場所で』、『すれ違う背中を』は、ムショ帰りの女子二人が主人公という設定こそ突飛ですが、主人公たちの周囲で起こる出来事は、さほどセンセーショナルなものではありません。

むしろ下町情緒や、昔ながらのご近所づきあいなど、ほんわかムードさえ漂っています。

それは著者が意図したもののようで、乃南アサさんはあとがきでこのように語っておられます。
罪を犯した代償として人生を大きく狂わせ、多くのものを失った彼女たちにとっては「取り立てて大きなことの起こらない日常」こそが貴重であり、かけがえのないものに違いない。

それに、大きな事件など起きなくても、日常というものは、細々とした実に様々な出来事が積み上がって出来るものだ。

同じ日は二度と来ない。私は、このシリーズでそんな彼女たちの日常を書いていきたいと思っていた。
(乃南アサ『いちばん長い夜に』P369より引用)
ところが「事実は小説より奇なり」な事情で、小説世界に大きな出来事を起こさずにはいられなくなったのでした。

乃南アサさんがこのシリーズを小説誌に最初に発表したのは2005年。

東日本大震災が起こることなど、想像すらしていなかった時に、主人公のひとり、綾子さんの出身地は仙台に設定してありました。

そして乃南さんは、シリーズを完結させるにあたって、親戚縁者と二度と顔を合わせられない綾子さんのかわりに、芭子ちゃんを仙台に向かわせることを思いついたそうです。

その取材のために、早朝から新幹線で仙台に向かったのが2011年3月11日。

そうです、乃南アサさんは仙台で東日本大震災に遭遇してしまったのでした。

津波に襲われた沿岸部ではなかったことと、さまざまな偶然が幸いして、乃南さんはなんとか一時避難場所を見つけ、翌日には東京に帰ってくることができました。

その体験はほぼ丸ごと、芭子ちゃんの物語として紡がれることになりました。

もし綾子さんの出身地を仙台にしていなかったら、乃南さんは震災の当事者にはならなかったはずですし、物語の結末も別のものになったことでしょう。

私はこのシリーズを読んでいるといつも、綾子さんと芭子ちゃんが本当に居るのではないかと思ってしまいます。

それくらい、リアルな存在感がある二人のキャラクター。

乃南さんのこの体験を知ると、命を宿したキャラクターが自ら物語の行方を引き寄せ、著者を動かしたように感じられるのでした。

それ以外に、今までのシリーズではあまり声高に語られなかったことが、完結編であるこの作品ではしっかりと主張されているように感じました。

それは、罪を犯してはいけないということ。

「罪を憎んで人を憎まず」というのは、素晴らしい考え方です。しかしやはり、人間には絶対にしてはいけないことがある。

追い詰められて、それしか方法がないように感じたとしても、何か別の方法があるはずだと、気がつくのが一番。

ただ、大事なものを失ってからしか、そのことに気付けないこともあるのですね。

いろいろなことを感じながら読み、最後は綾子さんにも、芭子ちゃんにも、幸せになって欲しいと思えるのでした。

このシリーズはぜひ、順番を間違えずに最初から読んでいただきたいです。

まず『いつか陽のあたる場所で』を読んでから、次に『すれ違う背中を』。最後にこの『いちばん長い夜に』です。

前作の私の感想はこちらです。よろしければご参照ください。

⇒二人のこれからが気になる
『すれ違う背中を』乃南アサ(著)
いちばん長い夜に
乃南アサ(著)
新潮社
ペットの洋服作りの仕事が軌道に乗ってきた芭子と、パン職人の道を邁進する綾香。暗い場所で出会い、暗い過去を抱えながら、支え合って生きてきた。小さな喜びを大切にし、地に足のついた日々を過ごしていた二人だったが、あの大きな出来事がそれぞれの人生を静かに変えていく。彼女たちはどんな幸せをつかまえるのだろうかー。心を優しく包み込む人気シリーズ、感動の完結編。 出典:楽天

池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」

パーソナリティ千波留の『読書ダイアリー』
ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon



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