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落下する夕方(江國香織)

最も不思議な魅力を持つ女性

落下する夕方
江國 香織(著)
ハイ・ファイ・セットの『スカイレストラン』という曲をご存知でしょうか?

1975年の曲で、作詞はまだ荒井由実だった時代のユーミン。

歌詞の内容を私なりの解釈で紹介しましょう。
付き合っていた二人がしばらくの冷却期間を経て、スカイレストランで食事を共にします。

女性の方は、薄々、この食事で別れを切り出されることを予感しながらも、よりを戻せないだろうかと一縷の望みを繋いでやってきています。男性には新たな彼女がいることにも、女性は気が付いています。

「もしこの食事中に彼女が現れたとしても、私は席を立って帰ったりしない、なぜって、彼女の存在を含めて誰よりあなたのことを知っている私で居たいから……」
さて、あなたならどうしますか?

自分に別れを切り出そうとしている彼と食事中に、彼の新しい恋人が現れたら、その場に残ります?それとも席を立って帰る?

私は、歌の中の女性と同じ感覚です。新しい彼女が現れたからって逃げ帰ったりするものですか。相手がどんな女性だか(ナンボのもんだか)この目で確かめずには居られない、と思います。多分。

江國香織さんの『落下する夕方』を読んでいると、ついこの歌を連想してしまいました。
梨果と健悟は付き合って8年。結婚はせずに同居している。8年の間に一度、健悟からプロポーズされたが、梨果はそれを受けなかった。結婚は愛情の墓場だと思っていたから。結婚しない方が、常に恋愛していられると思っていたのだ。そしてお互いにマンネリ化しないように努力してきたつもりだったし、うまくいっているつもりだった。

それなのに、健悟から別れを切り出された。全く予期しないことで呆然とする梨果。なんと健悟は、好きな人ができたと言うのだ。そんなそぶりは全く感じられなかったのに。

突然のことに驚き、梨果はさまざまに足掻いたが、健悟は家を出て行ってしまった。とはいえ健悟は梨果のことを嫌いになったわけではない。すまないとも思っているし、今後家賃を梨果一人で払い切れるのだろうか、なんて心配もしてくれている。定期的に電話もかけてくる。それを受け入れる梨果。電話では、新しい彼女との進捗状況を話したりもする。もちろんそんな話は聞きたくないのだが、それ以上に健悟との縁が切れていないことにほっとしている。

そんなある日、一人の女性が梨果を訪ねてきた。その女性こそ、健悟が好きになってしまった華子だった。華子は当然のように梨果の部屋に上がり込み、今日からここに住むと言う。

そんなことがあっていいものだろうか?!
(江國香織さん『落下する夕方』の出だしを私なりにご紹介しました)
結論を言いますと、梨果は華子を追い出しません。追い出すどころか同居し始めるのです。 そのうち、健悟が華子に会いにやってくるようになります。こんな形で3人が顔をあわせるなんて、ハイ・ファイ・セットの『スカイレストラン』以上ではありませんか。

梨果は初めは、華子の存在を通して健悟と繋がっていられるという理由で華子との同居を受け入れるのですが、徐々に華子自身に惹かれていきます。

華子って一体どんな女性だと思いますか?

すごく嫌なオンナ?非常識な女性?それとも無神経?

江國香織さんが描く華子はそのどれも当てはまりません。

見た目は、スリムで脚が長く綺麗ですが、それを鼻にかけたりしません。

感情にはムラがなく、いつも平かな気持ちでいる女性です。

言葉遣いは、いつも的確。余分な装飾のない言葉で語ります。

こう書くと穏やかないい人というイメージを抱くかもしれませんが、穏やかというのもまた違うんです。華子は自分のことを好きになってくれる男性を心から愛したりはしません。

私には、何かに熱中することを避けている人のように感じられました。

私のその考察は当たらずとも遠からず。その理由は物語の終盤で判明します。

極端にマイペースな華子。

人にどう思われるかなんてことは気にしない華子。

付き合いたければ付き合うし、束縛されたらその相手のことを好きではなくなる。

突然ふらりと出かけてなかなか帰って来ず、同居人を心配させる華子。

思うがままに生きている華子に、周りの人は振り回されっぱなし。

だけど、華子の本当の気持ちを知ると、一見我儘にしか見えない華子の行動は、やむにやまれぬものだったのかもしれないと思えるようになりました。

あれ?私まで華子に取り憑かれている?

そうだとしたら、華子がラジオ好きであることもラジオパーソナリティの私にとっては好感度アップの要因だったのかもしれません。

華子は梨果にこんなふうに語っています。
「ラジオの番組が終わるときってね、親しい人が帰っちゃうときのような気がするの。それが好き。私は小さい頃から、いつもラジオを聴いていて、親しい人にまだ帰ってほしくないって思っても、やっぱり時間がくると帰っちゃうの。きちんとしてるの、ラジオって」
(江國香織さん『落下する夕方』P191より引用)
華子は、これまで読んだ小説の登場人物の中で、最も不思議な魅力を持つ女性でした。
stand.fm
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【パーソナリティ千波留の読書ダイアリー】
この記事とはちょっと違うことをお話ししています。
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落下する夕方
江國 香織(著)
KADOKAWA
梨果と八年一緒だった健吾が家を出た。それと入れかわるように押しかけてきた健吾の新しい恋人・華子と暮らすはめになった梨果は、彼女の不思議な魅力に取りつかれていく。逃げることも、攻めることもできない寄妙な三角関係。そして愛しきることも、憎みきることもできないひとたち…。永遠に続く日常を温かで切ない感性が描いた、恋愛小説の新しい波。 出典:楽天
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」

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ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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