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終わった人(内館牧子)

男性のほうが女々しいのね

終わった人
内館牧子(著)
定年って生前葬だな。
(内館牧子『終わった人』P.5より転記)
そんな衝撃的な言葉から始まる内館牧子さんの『終わった人』が単行本として出版されたのは2015年の秋のこと。

大変話題になった作品でしたが、当時の私は「定年」に全くピンと来ず、読もうという気持ちになれませんでした。

ところが、それから3年経ち、今の私にはひとごとに思えないのですよ。

定年が。

そんなタイミングでの文庫本出版。これは読まねばと思いました。
田代壮介63歳。東北の高校から東大に合格し、大手銀行に就職。出世街道を歩いていると自負していたが、中年にさしかかった頃、子会社に出向転籍させられ、そのまま定年を迎えた。自分としては非常に不本意な幕引きだ。

24時間、自由な時間を持て余しながらも、カルチャースクールやスポーツジムに集う”ジジババ”の仲間になんかなりたくない。まだ俺は終わってなんかいないのだ!!
(内館牧子『終わった人』の冒頭部分をまとめました)
内館牧子さんの目線がとても面白いです。

自分が「終わった人」なんかではないとあがく壮介のことを、ある登場人物のくちを借りて「成仏していない」と表現されているのには、ブハッと吹き出してしまいました。

ワタクシ、これまで二度地元自治会の役員をしたことがあるのですが、役員集会に出ると、いるわいるわ成仏していない男性だらけ!!

成仏していない男性の共通項は、会社人生ではある程度の地位にいたこと。あるいは、誰もが「ああ、あの会社ですか」とわかるくらい有名な会社に勤めておられたこと。

大変失礼ながらそういう方達って、退職後も何かの集団に所属してそこの「長」になることで、自分がまだまだ終わっていないことを証明したいみたいです。

私は自治会の集会に出るたびに、そんな男性陣の様子を「なんだかなぁ」と思いながら拝見しておりましたが、この小説を読んで、腑に落ちました。

こういう気持ちだったのかと。それならもっと広い心で接すればよかったナ。

壮介は、定年後いろいろショックを受けるのですが、もっともダメージを被るのが、今までいろいろな人に大事にしてもらったり、仕事を回してもらえたのは、己の力量に対してではなく、会社の看板のおかげだったと悟った時です。

気がつくのが遅いわッ!!

一方、壮介の妻、早苗の元気なこと。

中年になってから手に職を付け、壮介の定年とほぼ同時に、独立して自分の店を持つというんです。たくましいわぁ。

なぜこんな差が出るのか?

私なりに思うのは、女性のほうが自分のアイデンティティー回復の時期が早いからではないかと。

よく聞くことですが、女性の場合、結婚すると「◯◯さんの奥さん」と呼ばれ、子どもが生まれたら「◯◯ちゃんのお母さん」と呼ばれる。

「私にもちゃんと名前がある、自我があるのに!!」と、悩むかたが多いのですってね。それはおそらく20代から30代のことだと思うのです。

そんな年代に、誰かの妻や母であること以外の自分について考えるチャンスをもらえる女性は、ある意味幸せかもしれません。

妻がそんなことで悩んでいるとき、多くの男性陣は、自分の力と組織の力を混同しながら突っ走っているのですもの。

そして定年後、いろいろな場面で冷遇されてやっと、自分本来の能力ってなんだろう、なんて考えるんですから。

壮介が仕事面でも男性としてもジタバタあがく様子は、ちょっぴりいい気味で、ちょっぴりかわいそう。

書きようによっては痛ましいこの夫婦。内館さんのユーモアいっぱいの文章にかかると吹き出すことも多いです。

例えば、時間を持て余す夫と、そんな夫に苛立つ妻に関しては、
定年というのは、夫も妻も不幸にする。
(内館牧子『終わった人』P.39より転記)
再就職先を探して、面接に行ったものの、採用に至らなかった時の夫婦の会話
「学歴が邪魔して、面接は撃沈」
「でしょうねえ。特技のない東大卒ほど始末におえないものはないよね」
(内館牧子『終わった人』P.144より転記)
などには、苦笑いしてしまいました。

その反面、先が短いのだから、嫌なことを我慢せず好きなように生きるべきだとか、思い出と戦っても勝てない(つまり、過去はいつも美しい)など、人生の格言も各所にちりばめられています。

あるていど人生経験のある人には、身につまされながらもとても面白く読めると思う小説でした。

『終わった人』は中田秀夫監督で映画化されていて、公開は今年(2018年)6月9日。キャストは 田代壮介が舘ひろし、妻早苗が黒木瞳ですって。

黒木さんの早苗はぴったりだと思います。台詞回しまで予想できてしまう。もちろん映画も拝見します!
終わった人
内館牧子(著)
講談社
大手銀行の出世コースから子会社に出向、転籍させられ、そのまま定年を迎えた田代壮介。仕事一筋だった彼は途方に暮れた。生き甲斐を求め、居場所を探して、惑い、あがき続ける男に再生の時は訪れるのか?ある人物との出会いが、彼の運命の歯車を回すー。日本中で大反響を巻き起こした大ヒット「定年」小説! 出典:楽天

池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」

パーソナリティ千波留の『読書ダイアリー』
ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon



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