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汚れた手をそこで拭かない(芦沢央)

嘘やごまかしが墓穴を掘る

汚れた手をそこで拭かない
芦沢 央(著)
私は昨年「これからの人生、嘘をつかないようにしよう」と決意しました。

というのは、嘘をつくとその場を凌げたとしても、あとあと辻褄合わせが大変になるからです。

人生後半に入り、いろいろな能力が落ちていくことはわかっているのだから、自分で厄介の種を蒔かないようにしよう、なるべくシンプルに生きられるようにしようと思ったのがきっかけです。

芦沢央さんの『汚れた手をそこで拭かない』は、その決意が間違っていなかったと心底思わせてくれる作品でした。

『汚れた手をそこで拭かない』には5つの短編が収められています。
・ただ、運が悪かっただけ
・埋め合わせ
・忘却
・お蔵入り
・ミモザ
(芦沢央さん『汚れた手をそこで拭かない』の目次より引用)
私は芦沢央さんの作品では『悪いものが、きませんように』、『火のないところに煙は』、『許されようとは思いません』を読んだことがあります。

どの作品も、人間心理の闇が描かれていて、面白い反面ぞーっとしながら読みました。

『汚れた手をそこで拭かない』も、じわじわ追い詰められるような話が多く、読んでいて心がゾワゾワしました。

ただ、心がゾワゾワしつつも、クスッと笑えたのは『埋め合わせ』。夏休み中の小学校を舞台にした物語です。
主人公は小学校教員の秀則。誤ってプールの水を抜いてしまった。午前中のプール教室後、清掃濾過作業をしているさいちゅうに高校時代の友人から飲み会の連絡が入り、それに気を取られ、うっかり排水バルブを開いたままにしてしまったのだ。

そういえば、他校でプールの水を流出させた教諭らが200万円以上の弁済を命じられたニュースがあった。幸いにも、自分は水位が半分くらいの時点で気がついたから、弁済額はもっと少ないであろう。ざっと計算してみると十三万円ほどになりそうだ。そのくらいの額で済んで幸いなのだ。今すぐ教頭に報告しよう、一度はそう考えた秀則だったが……。
(芦沢央さん『汚れた手をそこで拭かない』 「埋め合わせ」の出だしを私なりにご紹介しました)
こういうニュースをたまに聞きます。

悪意はなく、ちょっと他のことを考えていて、とか、たまたまうっかりしていて、ということなのに、被害甚大。他人事だから「あらまぁ、大変ねぇ」と一言で済ませられますが、自分がやらかしてしまったとしたら、血の気がひいちゃうかも知れません。

この主人公の秀則も、まずは血の気がひきます。ちびまる子ちゃんだったら額に縦線がいっぱい入っている状態。そして、とりあえずプールに水を入れながら、あれこれ考えてジタバタします。

まずはプールの容積から被害額を計算するんです。そして出た結果が約十三万円。ニュースで見た200万円に比べたらだいぶんマシです。非常に痛い出費とはいえ、払えない金額でもない気がします。が、欲しいものを買うとか、ちょっと贅沢な旅行に使う十三万ではありません。ミスの代償として支払う十三万円は痛いですね。できることなら支払いたくない。

金銭的な痛手以上に、学校教員としてこの種のミスは、今後の教員生活に影を落としそう。万が一ニュースにでもなれば、親戚や友人たちにも知られてしまいます。

「なんとか誤魔化せないものか」「いやいや早く教頭に報告しよう」

この二つの気持ちのせめぎ合い。人が悪いけれど、他人事だと面白いです。

そして秀則はこの失敗を誤魔化すことになりました。

小学校で教鞭をとっているだけあって、秀則は根っからの悪人ではありません。この一件を、誰も傷付かず、自分にも疑いの目が向けられないように誤魔化そうとします。つまり、うやむやになるように。

被害額が数百万円だったらそうはいかないでしょうが、十三万円だったら可能かも、と。

読者は「埋め合わせ」の前半では、秀則が捻り出した誤魔化しのテクニックを楽しむことになります。

そして後半は、思わぬ伏兵が出現。せっかくの秀則の工夫が見破られていくスリルを楽しむのです。

この伏兵が曲者で、最後の最後に大どんでん返しが。

いやー、他人事だから最後まで面白かったけど、もし自分が秀則だったら、青くなったり赤くなったり、心は千々に乱れ、血圧も乱高下しそう。

やれやれ、一番最初に教頭先生に「こんなことをやってしまいました!」と報告に行っていればこんな大ごとにはならなかったのにねぇ。

やっぱり嘘はイケマセン。物事を複雑にします。

他の4編全て味わいが異なり、面白く読めました。

さすが芦沢央さん。
汚れた手をそこで拭かない
芦沢 央(著)
文藝春秋
平穏に夏休みを終えたい小学校教諭、認知症の妻を傷つけたくない夫。元不倫相手を見返したい料理研究家…始まりは、ささやかな秘密。気付かぬうちにじわりじわりと「お金」の魔の手はやってきて、見逃したはずの小さな綻びは、彼ら自身を絡め取り、蝕んでいく。取り扱い注意!研ぎ澄まされたミステリ5篇。 出典:楽天
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」

パーソナリティ千波留の
『読書ダイアリー』

ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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