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ニサッタ、ニサッタ(乃南アサ)

ニサッタ、ニサッタ
乃南 アサ 名(著)
出版されたのは2009年10月。書店に積まれているのを見て「変わったタイトルだなぁ」と思っていました。ニサッタって、なによ、と。

声に出して「ニサッタ、ニサッタ」と言ってみると何となく自分が相撲の行司さんになった気分。とりあえず、図書館に予約。かなり待って順番が回ってきました。

ニサッタ。
表紙をめくると、書いてありました。意味が。
アイヌ語で「明日」という意味だそうです。

ではあらすじを。
主人公は片貝耕平、24歳。北海道の高校卒業後、東京へ。大学を卒業して入社した会社を、つまらないことで簡単に辞めてしまい、再就職した会社は、社長の夜逃げで倒産…。そこから耕平の苦難が始まる。

不景気な時代に正社員としての就職が難しく、派遣会社に登録するものの、プライドが高く怠け癖もあるため、どの派遣先でも長続きしない。耕平自身が悪い面もあるけれど、ここ一番頑張ろうと思った時に限って、とてつもなくついていないのだ。

消費者金融に手を出し、借金返済のため行き着いたのは、住み込みで働く新聞販売店。そこで地道に働いて、借金も返済、やっとこれから…というときに又もや運命のいたずらで…。耕平はついに東京生活をあきらめて、北海道の実家に帰る。

父親が女性を作って出て行ってしまった実家に残っているのは、年老いた祖母と母と姉。そこで耕平は再生できるのか…??
ここから先、ちょっとネタバレあるかも。
読む前に絶対終末を知りたくないかたは、ここでストップしてください。

「ニサッタ、ニサッタ」はかなりの長篇です。
その大半は、耕平の転落人生。ディテールにいたるまで みっちりと書き込まれています。

最初は「アータ、もうちょっと足もとを見てしっかり生きなさいよ!」と耕平に呆れながら読んでいるのですが、だんだんと気の毒になってきます。あまりにもタイミングが悪くて。

耕平の身に次から次へとふりかかる問題の数々。
ヘタをすると、そんなに次々起こるわけない、と小説世界がうそ臭くなりそうです。

が、「ありえるかも」と思わせられるのは、乃南アサのしっかりとした取材と筆力によると思います。
今の日本、一歩間違えたら私だって耕平みたいに転落する可能性もあるだとうと薄ら寒い気持ちにもなりました。

乃南アサはミステリ作家として地位を確立していますが、この小説は社会小説で、その分野でも立派に書いていけるのだということがわかります。

就職難、ネットカフェ難民、消費者金融の問題、労働環境問題だけでなく、先住民問題、沖縄の問題などなど、現代社会をこれでもかと書き込んでいます。

ただそれを問題提起の形ではなく、耕平をはじめとする登場人物たちのなかに織り込んでいるのがすばらしい。

見通しが甘く結局いつも失敗をしてしまう耕平。
物語終盤でやっと、ささやかながら明るい未来が見えたとき、またしても自業自得な大きな落とし穴が。

これは救いのない話なのか、とやりきれなくなったときに、耕平のおばあちゃんが耕平に語りかけます。
「明日のことなんか、誰にも分かりっこねえもんだ。
いっくら考えたって、どうなるもんでもねぇ。
だからなあ、もうこわくてたまらんと思うときはねえ、まずは今日やることだけ考えてりゃあ、いい」
(乃南アサ「ニサッタ、ニサッタ」より)
今日があるから明日がある、今日だけ、今日だけと頑張れば自然と明日がやってくる、その繰り返しの先に希望がある…。

最後はちゃんと救われました。

お勧め度は★★★★☆

私の中では、一つだけ「この問題を入れたのは欲張りすぎじゃないかな、この小説にどうしても必要だったのかな」と疑問に思うことがあるので、☆ひとつだけ減らしました。
ニサッタ、ニサッタ
乃南 アサ 名(著)
講談社(2009)
最初の会社を勢いで辞め、二番目の会社が突然倒産し、派遣先をたて続けにしくじったときでも、住む場所さえなくすことになるなんて、思ってもみなかった。ネットカフェで夜を過ごすいま、日雇いの賃金では、敷金・礼金の三十万円が、どうしても貯められない。失敗を許さない現代社会でいったん失った「明日」をもう一度取り返すまでの物語。 (出典:amazon
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」

パーソナリティ千波留の
『読書ダイアリー』

ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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