ペッパーズ・ゴースト(伊坂幸太郎)
もし未来が見えたなら ペッパーズ・ゴースト
伊坂幸太郎(著) 私の読書には偏りがあると思います。
何作も読んでいる作家さんもいれば、なかなか手を伸ばせずにいる作家さんも。 それには理由があります。 一言でいえば「ハズレを読みたくない」。 私は子どもの頃、、本は一度読み始めたら、何がなんでも最後まで読まねばならないと思っていました。いつ面白くなるかわからないし、最後まで読まないなんて、作者に失礼だと思っていたのです。 でも、それは1日のほとんどが自分の時間だったからできたこと。 今の私は、人生の残り時間がそう多くないことを知っています。 だから、読み始めて興が乗らない本、どうも相性が悪いなと感じる本は、スパッと読むのをやめるようになりました。 とはいえ、途中まで読んでやめるのも気が引けるもの。それなら、一度読んで面白かった作家さん、なんとなく好もしく感じる文章の作家さんの作品を読めばハズレがない、そう思うから偏った読書になるのだと思います。 伊坂幸太郎さんは私にとってハズレがほぼない作家さん。 『ペッパーズ・ゴースト』は、作家生活20周年を超えた伊坂さんの集大成と謳われていますし、伊坂さん自身が「得意パターン全部乗せ」とおしゃっています。 読まないわけにはいかないでしょう! 主人公は中学校の国語教師の壇千郷、35歳。ある条件が揃うと、他人の未来が垣間見えるという特殊能力を持つ。その能力を活用して、身近な人に起こる危険を回避すべく助言したりしている。
しかし多くの場合、負の未来があることを知っていながら何もできず、自分の無力さを痛感したり、こんな能力なんか全く意味がない、と落ち込んだりしている。 それでも、できる限り周囲の人に「さりげなく」助言して、事件や事故を防ごうとしている壇先生。あるとき、教え子を遭遇するはずだった事故から救ったことで、その生徒の父親と親しくなる。そして、今度はその父親がとんでもない事件に巻き込まれている未来を見てしまった。 なんとか救ってあげたい、そう願う壇先生だったが、自分自身がそのトラブルに巻き込まれてしまった。どうにもならない状況に落ち込んだ壇先生の目の前に、意外な人物が現れて…… (伊坂幸太郎さんの『ペッパーズ・ゴースト』の出だしを私なりにご紹介しました。) 人の未来が見えるなんて面白いと思うのは他人事だから。
誰かがこの後、大変なことになると分かっていても、それを本人に教えてあげられないことは何度もあるはず。 教えてあげたとしても、信じてもらえず、結局本人は大変なことになる……そうなった時、なんともいえない自責の念を覚えるだろうことは想像がつきます。だから、壇先生が、自分もトラブルに巻き込まれる羽目になるのに、他人を助けようとするのは理解できます。 伊坂幸太郎さんのすごいのは、これだけでも十分物語として面白いのに、並行して別のストーリーを語るところ。 壇先生の話とは全く違う、二人組の話が出てきます。 ロシアンブル、アメショーと名乗る二人組は、極秘ミッションを遂行する「仕事人」。そのミッションとは、猫を虐待する様子を動画配信した人物を突き止め、猫に変わって報復すること。報復の対象となるのは、実際に猫を虐待した人物だけではありません。その動画を見て、楽しんだり、囃し立てたりした人たちも同罪。 ある人物のおかげで潤沢な資金をもつロシアンブルとアメショーは、あらゆる方法を使って猫の虐待を喜んでいた人物たちを見つけ出し、報復していくのです。彼らの報復は、ハムラビ法典そのもので、「目には目を」。猫がされたことをそのまま人間にやり返すのです。 この場面は具体的には書かれていないけれど、想像するだに凄惨。「自業自得だよ」「猫たちがどんなに辛い思いをしたか、実際にやられないとわからないんでしょ、あなたたちは」と思いつつも、読んでいて気分のいい物ではありません。 と思っていたら、ロシアンブルとアメショーが登場する話は、壇先生の教え子の一人が書いた小説だったと判明。なんだ、小説だったのかとほっとする反面、中学生ですごいことを書くなぁと感心します。 ところが、壇先生が窮地に立った時、目の前に現れるロシアンブルとアメショーの二人組。小説の中の人物が実際に現れるなんて、どういうこと?! 主人公である壇先生の混乱はそのまま読者の混乱でもあります。 その辺りが伊坂幸太郎さんのすごいところで、読み進めるうちに、どういうことなのかが分かってきます。無関係だと思ったことが結びつき「そういうことだったのか?!」と読者を納得させるのです。伊坂幸太郎さんはよくこんなことを思いつくものですね。 人の未来が見えたり、猫の恨みをはらしにくる二人組が暗躍するなんて、非現実的なお話かと思いきや、この小説には現実社会の問題点がいくつも織り込まれています。 SNSで誹謗中傷を繰り返したり、その尻馬に乗って無関係な人を叩く人々の存在。マスコミが「報道の自由」「知る権利」を掲げて行なっていることの無責任さ。新型コロナウィルスなどなど。 そして最後は「人生ってなんだろう」というとてつもなく大きな問題を私たちに投げかけてくるのです。 伊坂さんの小説にはいつもさりげなく人生訓が書き込まれていることが多いのですが、今回ノートに書き写したのはこの言葉。 誰かを批判、非難、糾弾した結果、それが誤っていたとなれば、気まずいのはもちろん、場合によっては非常に劣勢に立たされることになる。つまり余程のことがない限り、寛容でいた方が良いのだ。
(伊坂幸太郎さんの『ペッパーズ・ゴースト』P148より引用) 伊坂幸太郎さんはやっぱり深いし、面白い!
ちなみに、私の脳内では、ロシアンブルとアメショーの二人組はお笑いコンビのEXITの二人が演じていました。ロシアンブルが りんたろーさんで、アメショーが兼近さんです。 もし映像化するときはぜひ、EXITにキャスティングしてほしいナァ。 池田 千波留
パーソナリティ・ライター コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。 BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」 ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HP/Amazon
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