花ならば赤く(有吉佐和子)
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![]() 古いながらも陳腐ではない 花ならば赤く
有吉佐和子(著) 私が子どもの頃憧れてやまなかった作家 有吉佐和子さんが約60年前に発表した作品『花ならば赤く』を読み終えました。
有吉佐和子さん。 1984年に53歳で亡くなった作家さんです。 30年ほどの作家生活の中で、多くの名作を生み出しておられます。 私は子どもの頃、有吉さんに憧れていました。 見るからに知的で、文章が上手で、読む小説が全て面白い。 社会問題を取り上げた『複合汚染』や『恍惚の人』、歴史小説『華岡青洲の妻』や「和宮様御留』、舞台に生きる人々を描いた『連舞』、『乱舞』などなど、幅広いジャンルの題材を、綿密な調査を経て書き上げておられた作家さんです。 もっと長生きされていたら、どんな作品を生み出しておられたやら。 そう思いながらここ何十年も有吉佐和子さんの作品を読んでいなかった私。 亡くなられるということは新刊がないということなので、仕方ないよね、と自分に言い聞かせておりました。 こんな私がこの夏、偶然にも『花ならば赤く』を見つけたのです。 はて、有吉さんの作品に、こんなタイトルのものがあっただろうか? 不思議に思いながら読みました。 実はこの作品は1961年に「週刊明星」で連載されていたものだそうですが、なぜかその後単行本化されなかったのだそうです。 連載時に私はまだ生まれていません。書籍化されなかったので、知らなかったのも無理はありません。 有吉さんの没後30年記念に文庫化されたのは2014年のこと。 私はそれから10年も経ってから、読む機会に恵まれたのでした。 小河内晴子、20歳。
短期大学を卒業したばかりの晴子は、口紅の会社に就職することになった。 大手の化粧品会社ではない。新たに立ち上げられた規模の小さい会社で、これから商品を開発し、販路を開拓しようという段階だ。 なんのキャリアもない晴子なので仕事は雑務。しかし、時には会議に呼び出されもする。 口紅のネーミングや色味についての晴子の意見は、ユーザーの目線であり、研究開発担当者にインスピレーションを与えたりするのだ。 また、上司に誘われフグを食べに行ったり、社長夫婦に料亭に連れて行ってもらったり、毎日のように人生で初めてのことを経験している。 プライベートでは、妻帯者である上司と男女の仲になってしまった……。 しかし、その上司に対してとことんのめり込む気持ちになれない晴子は、自分のそんな気持ちをいぶかしく感じるのだった。 (有吉佐和子さん『花ならば赤く』の出だしを私なりにご紹介しました) この小説が書かれた1960年代、女性が働きに出ることが一般的ではありませんでした。
そして、女性は結婚前、付き合っている男性と男女の仲になってしまうことは一般的には良くないことだと思われていました。 そういう時代背景の話なので、上司とそういう仲になってもそう深刻になっていない晴子のことを男性陣が変わった子だ、不思議な子だと評しています。そのあたりはちょっと古く感じます。仕方ありません。60年前の貞操観念なのですから。 とはいえ、小説世界の状況自体は古くても、そこに生きる人たちの気持ちの動きや、人間関係の機微などは、とても面白く読めるのです。さすが有吉佐和子!!という感じです。 晴子だけではありません。 この小説に登場する女性は皆、しっかり性格描写がされていて、きっとこんな人は現代にもいるなと思わせる人ばかり。 口紅会社の社長夫人 とき子。 夫婦で晴子を料亭に連れて行ってくれるのですが、その時に着る着物がすごい。 小太りの体に、黒紗無双の着物を着ていた。白地の駒絽に水輪と目高を描いた上から、無地の黒紗をかけて無双に仕立てたのは、恰度この季節の着物で、見た目には涼しい。
(有吉佐和子さん『花ならば赤く』 P194より引用) 紗も絽も夏の着物生地です。
普通は、どちらか一種類で着物を仕立てるのですが、それを2枚合わせ(無双にし)た着物とは、なんとも贅沢。その着物に絽綴れの帯を締めている、着物姿が目に浮かんできます。 とき子はどんな女性だと思いますか? 私はとき子のことを、贅沢に慣れていて、他の人と自分は違うのだという自負心の強い女性だと感じました。 物語の終盤、社長が体調不良になってから、とき子が会社に乗り込んでくるのですが、この着物の印象そのものの態度で、有吉さんの人物描写の布石の確かさを感じました。 口紅のマネキン(モデル)を務める東ヒロミは、出社時も派手なメイクと華やかな服装で、男性社員にもズケズケものを言います。 ところが、晴子がヒロミの自宅を訪ねてみたら、髪の毛もメイクも質素。部屋は掃除が行き届き、整理整頓されています。何より、ヒロミは二人の子どもの母親なのです。普段のけばけばしさから受ける印象と違いすぎて戸惑っている晴子にヒロミが言います。 「滅茶滅茶に派手に装うことは、武装ね。護身術でもあるのよ。それに幻惑されて近づいてくる男なら、どうせたいしたことがないから軽蔑できるでしょ。素顔の私に惚れるひとがいたら、こっちも生身なんだから、間違えば大変なことになっちゃう」
(有吉佐和子さん『花ならば赤く』 P219より引用) なるほど。あえて けばけばしく装うことで自分を守る、これは現代でも使える手かも。
また、ヒロミはこんなことも言っています。 お化粧というのは、男がいうように化けるものではないのよ。紅や白粉で化けられるものじゃないわ。化粧はね、ただ性格を際立たせるためのものなのよ。どうどぎつく化粧しても、その人の本質から外れるということはないわ。
(有吉佐和子さん『花ならば赤く』 P 224より引用) これがメイクの本質かもしれませんね。
口紅の会社の話だけあって、この小説の後半には「赤」について触れる部分が多く出てきます。 終盤、真っ赤に咲いたカンナを見た晴子の言葉「人間、仲々こう赤くは咲けないものね……」にはハッと しました。これがこの小説のタイトルに繋がるのだな、と。 初めに書いたように、この小説は2014年に有吉佐和子さんの没後30年を記念して文庫化されたもの。 それから丸10年、今年は有吉佐和子さんが亡くなってちょうど40年ということになります。 しかも、私がこの小説を読み終えたのは8月30日。有吉佐和子さんのご命日にあたります。 なんという偶然。 これを機に、私の中で有吉佐和子さんブームが再来することは間違いないと思われます。 余談
![]() あの原田ひ香さんをして「こんな小説を書くのが私の夢です」と言わしめた作品です。 「赤」の次は「青」。読まねば。 【パーソナリティ千波留の読書ダイアリー】 この記事とはちょっと違うことをお話ししています。 (アプリのダウンロードが必要です) 花ならば赤く
有吉佐和子(著) 集英社 短大卒業後、口紅の会社に就職した晴子。雑務の合間に色味やネーミングについて意見を求められたり、専務の山野に誘われふぐを食べたり、毎日が初めてのことばかりだ。晴子のアイデアがきっかけで新製品の開発が決まり、職場は盛り上がる。晴子は山野に大人の魅力を感じつつ、宣伝担当でエネルギッシュな住谷にも惹かれていき…。有吉佐和子が30歳の時に発表した、単行本未収録の恋愛小説。 出典:楽天 ![]() 池田 千波留
パーソナリティ・ライター コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。 BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」 ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HP/Amazon
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