めざせ!ムショラン三ツ星(黒栁桂子)
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![]() 食事はすべての基本 めざせ!ムショラン三ツ星
刑務所栄養士、今日も受刑者とクサくないメシ 黒柳桂子(著) 私がパーソナリティを担当している大阪府箕面市のコミュニティFM みのおエフエムの「デイライトタッキー」。
その中の「図書館だより」では、箕面市立図書館の司書さんが選んだ本をご紹介しています。 2025月1月22日放送の番組では、黒栁桂子さんの『めざせ!ムショラン三ツ星 刑務所栄養士、今日も受刑者とクサくないメシ作ります』をご紹介しました。 まずは今まで見たことがない単語「ムショラン」とは何か、です。 これは刑務所ご飯について、ミシュラン三ツ星をもじったもの。 著者の黒栁さんは男子刑務所に勤務する管理栄養士さんで、日頃私たちが見聞きすることがない、刑務所での食事作りについて書かれたのが『めざせ!ムショラン三ツ星』です。 1ページ目でそのことを知り、私はうーむと唸りました。 刑務所ご飯ということは、何かの罪を犯して入所している人たちの食事ですよね。 それを「ムショラン」なんて楽しげに言ってしまって良いのだろうか、犯罪被害者の方が見聞きしたら気分を害されるのではなかろうか、と思ったわけです。 とはいえ、刑務所でのご飯のことなんか深く考えたこともなければ、知ろうとしたこともありません。ホリエモンこと堀江貴文さんと大王製紙元会長の井川意高さんがYouTubeで「あそこの(拘置所の)ご飯は不味い」「僕がいた時に改善されて、今は●●刑務所のご飯は美味しくなった」という、”経験者は語る”的な会話を聞いたことがあったくらいです。 昭和のヤクザ映画や小説では刑務所に入ることを「クサい飯を食う」なんて言いましたから、美味しくないんだろうな、というイメージはありました。 さて、本当のところはどうなのか?その興味が抑えられず、どんどん読み進むことになりました。 まず驚いたのは、著者 黒栁さんが国家公務員であること。法務省の専門職「法務技官」の管理栄養士なんですって。国家公務員にそんな職種があるなんて全く知りませんでしたよ。 そして、刑務所で受刑者が食べる給食は、受刑者自身が作っているんですって。 管理栄養士は、毎月のメニューを考えて、週に1、2回受刑者と一緒に炊場で彼らに調理指導をします。炊場(すいじょう)とは炊事工場、つまりは給食室のことです。 黒栁さんは元々、学校給食の管理栄養士でした。時には高齢男性の調理教室の講師もされていました。普通の人と一緒に調理をした経験しかなかったのです。週に数回とはいえ、受刑者に調理を教えるとは、包丁などを持った受刑者のそばにいるということ。初めてそのことを知った時はちょっとしたパニックに。 ところが、学校栄養士の契約が切れるタイミングで離婚、住宅ローンを払いながら二人のお子さんを育てないといけないという事情があったため、腹をくくって刑務所の管理栄養士の仕事に取り組むことになったのでした。 冒頭から波瀾万丈すぎます。 仕事を始めてみると、通常の管理栄養士では経験しないことだらけ。 まずは、調理係をしている受刑者の多くは、「シャバ」では料理を作ったことがない人が多いのだとか。 それが何を意味するか? ふわっとした料理用語は全く通じないということです。 例えば「銀杏切りにして」「もったりするまで泡立てて」などは通じません。 もっといえば、醤油と砂糖を使う料理の場合「砂糖を入れてから醤油を入れましょう」と明確に順番まで指定してあげる必要があります。そうしないと、醤油を測った調理器具をそのまま砂糖の入れ物に突っ込み、周りの砂糖を茶色に染め上げてしまうことがあるんですって。 この辺りは高齢男性の料理教室を担当した経験が大いに生かされたそうです。台所に立ったことがない高齢男性のほとんどが何も考えずに醤油を測った大さじを砂糖の容器に突っ込むため、「誰ですか!砂糖壺に醤油を測った大さじをそのまま突っ込んだのは!」と何度も叫んだ経験があったため、刑務所では作業手順まで指示しなければと思ったそうです。もちろん、お醤油を測った後、洗って拭いて砂糖を測っても良いのですが、時短のため順番を考えて指導しているそうです。 調理経験がない人たちの失敗には可愛いものもあります。 「先生(黒栁さん)ミョウガはどこまでむけば良いのですか?」 「ミョウガは剥きません!」 この会話には吹き出しました。 また、ジャガイモの皮剥きも、調理したことがない彼らは「芽」をどうやって取り除けば良いかを知りません。ピーラーの横についている輪の部分でくり抜けば良いことを知らない彼らは、芽があれば、ずっとピーラーをあてて剥き続け、調理できるジャガイモの量が激減してしまうなんてことも。 この失敗(?)に関しては「可愛い」では済みません。 というのも、刑務所の給食費の予算は少ないのです。 受刑者一人当たりの予算は1日520円。(2023年現在) 一食ではありません、一日です。 健康な成人男子が3食満足に食べるには十分とは言えません。 ジャガイモの量を無駄に減らしてはならじ!というわけです。 一方で、調理初心者ゆえの冷や汗ものの失敗もあります。 「火に油を注ぐ」という言葉がありますが、調理において「油に水を注ぐ」ことがものすごく危険なことは調理に慣れていれば体感していること。熱した油にピッと水が飛んだらどうなるか。 刃物だけではなく、調理現場は危険と隣り合わせなのですね。 「シャバ」では「ちょっと火傷しちゃった」で済むことも、受刑者は大ごとになります。 小さなことでも報告、記録に残されます。「問題を起こす」と仮釈放などにマイナス作用があるため、細心の注意が必要なのです。 少ない予算で、初心者が怪我せず手早く作ることができ、成人男性のお腹を満たした上に彼らから「うまかったッス!」という言葉が出てくるような献立を、1年365日3食考えるなんて、全く容易なことではありません。 料理のかさ増しの工夫や、手順省略の裏ワザ、受刑者とのエピソードなど、非常に興味深く読めました。 当たり前のことですが受刑者には入れ替わりがあります。 やっと一人前の料理人になった受刑者が退所したら、また初心者マークの受刑者を育てていかねばなりません。だけど、その入れ替わりは喜ぶべきことなのです。 先に、調理担当になる受刑者の多くが調理経験がないと書きましたが、それ以前に、ちゃんとした手作りの食事を食べたことがない受刑者も多いことに黒栁さんは気がつきました。それは家庭の問題が原因のことも多いです。 食生活と犯罪には因果関係がある。心理栄養学者である岩手大学名誉教授の故大沢博氏は、低血糖症と犯罪の関連性やジャンクフード症候群について、それらが暴力や無気力、感情コントロールができないことにつながる可能性を指摘している。
(黒栁桂子さん『めざせ!ムショラン三ツ星』 P221より引用) 刑務所において「ムショラン三ツ星」めざして美味しい給食を作ることは、根本的な部分からの受刑者更生と再犯防止に役立つのかもしれません。
また、調理担当の受刑者が「(刑務所の)外に出たら、これを親に作ってあげたい」などと言って、レシピを記録することも多いのだとか。 中には調理師免許取得を目指す受刑者も。 ここまで知ってようやく私は、胸を張ってこの本をご紹介する気持ちになれたのでした。 めざせ!ムショラン三ツ星
刑務所栄養士、今日も受刑者とクサくないメシ 黒柳桂子(著) 朝日新聞出版 「刑務所の食事は受刑者が作ってるんだよ」(刑務官)「あのぉ…、誰が調理を教えるのですか」(著者)「そりゃあ、栄養士さんだよ(笑)」(刑務官)いやいや聞いてないし、笑いごとじゃなくない?ここって男子刑務所だよね。怖い人が包丁持ってたら、さらに怖いんですけど…。何も知らず刑務所の炊場に飛び込んだ栄養士と、料理初心者の男子受刑者たちの給食作り奮闘記! 出典:楽天 ![]() 池田 千波留
パーソナリティ・ライター コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。 BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」 ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HP/Amazon
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