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禁煙小説(垣谷美雨)

喫煙者受難の時代

禁煙小説
垣谷美雨(著)
早和子は42歳。夫と娘の三人家族だ。早和子は喫煙歴約20年。夫も喫煙者で、家でタバコを吸わないのは、モデルをしている娘だけだ。

夫は絵本作家だが、最近絵本を出版できていない。主にカルチャースクールで講師をしている。

カルチャースクールで得られる収入だけでは心許ない。早和子はフルタイムで働いて家計を支えていた。だからなんとか定年まで勤め上げたいと思っている。

しかし喫煙家の佐和子にとって、職場の環境は厳しくなってきた。どのフロアも禁煙になり、タバコを吸いたいと思ったら、わざわざエレベーターで移動しなくてはいけないのだ。業務中、何度も席を立ってタバコを吸いにいくことは気が引ける。気は引けるけれど、吸わないではいられないのだから仕方がない。これまで何度も禁煙しようとしたがどれも失敗だった。きっと職場では意志が弱い人間だとレッテルを貼られていることだろう。そう考えると気が滅入ってまたタバコが吸いたくなる。

娘の保護者会も、何時間もタバコが吸えないと思うと憂鬱になり、ついその前にカフェに入り、思い切り吸いだめしてしまう。そんな自分が情けない。

今度こそ、今度こそ禁煙したいと、禁煙外来に出向いた早和子、無事に禁煙できるのか?!
(垣谷美雨さん『禁煙小説』の出だしを私なりにご紹介しました)
私は子供の頃からタバコが苦手でした。タバコの煙が嫌いなのです。

それなのに、両親ともにタバコを吸っている時期がありました。

車で出かける時などは地獄。父は運転しながらくわえタバコ、母は助手席でプカリプカリ。

元々乗り物酔いしやすいのに、車内にこもる煙と匂い……車酔いを口実に窓を開け、顔を出していた私です。

小学3年生くらいの時だったでしょうか。車で移動中、くわえタバコをしていた父がうっかり口を開いてしまい、タバコを落としてしまいました。しかも偶然にも、シートの隙間からスッと下に落ちてしまったのです。

怖がりな私は大パニック。「車が燃えちゃう!!早く車を停めてタバコを拾ってぇぇ〜!!」と大騒ぎ。私の脳裏には、タバコの火が引火、ドッカーンと火を吹いて車が爆発するシーンがありありと浮かんでいたのです。当時真夜中に放送していた『スパイ大作戦』(現在の『ミッション・インポッシブル』の原型)の見過ぎかもしれません。

それなのに、父は腹が立つほど冷静で「大丈夫大丈夫。そんな簡単に車は燃えない」と、路側帯を探して運転を続けるのです。

幸い、車はドッカーンとはなりませんでしたが、ますますタバコが嫌いになったのはいうまでもありません。

しかし、数年後には両親ともに禁煙しました。私が頼み込んだわけではありません。

元々、父は高校時代に肺を患ったことがあったし、母は気管支が弱かったので、体が受け付けなかったのでしょう、タバコを止めるのに、さほど苦労していたようには思えません。もしかしたら、そもそも本当にタバコが好きだったのではなかったのかもしれません。

ともかく、両親が禁煙したことは私の人生の中で最も嬉しかったことの一つです。

しかし私の両親のように体が受け付けなくて禁煙するのではなく、「好きだけれど、やめなくては」と意志の力で禁煙するのは大変なことでしょう。この小説の主人公、早和子は文字通り七転八倒しております。

彼女は定年まで働きたいと考えています。そしてできることなら、漫然と出社して時間分のお給料をもらうのではなく、やりがいのある業務につきたいと考えているのです。そのためには上司に評価してもらわねばならないのだけれど、喫煙者にとって社内環境はどんどん「悪化」しています。どのフロアも禁煙で、タバコを吸いたくなったらわざわざエレベーターに乗って喫煙所まで行かなければならないのです。それが日に何度も繰り返されれば、査定に響きそう。しかもこれまで何度も禁煙すると宣言してきては失敗しているので「意志が弱い」と思われているかも。

娘の保護者会に参加するのも気が重い。保護者会の間は絶対にタバコが吸えないと思うと、その前に喫煙できるカフェに立ち寄って吸いだめせずにはいられない早和子。

そもそも、早和子が朝起きて一番にすることがタバコを吸うこと。朝は食欲がないからとりあえずコーヒーを飲んでまたタバコ。いえ、タバコを美味しく吸うためにコーヒーをいれると言った方が正しいのだそうです。

嫌煙家の私から見ると、早和子はタバコに振り回されているように感じましたよ。

早和子の言い分を聞いてみると、
タバコは、頭にきたときは怒りを鎮めてくれるし、寛ぎたい時は気持ちを一層安らかにしてくれる。そして、寂しいときは慰めてくれるし、嬉しいときは喜びを倍にしてくれる。仕事が終わったあとも、満足感を共有してくれるし、悲しいときは悲しみを半分受け持ってくれる。つまり、かけがえのない親友なのである。
(垣谷美雨さん『禁煙小説』P80より引用)
愛煙家にとってタバコは万能選手なんですね。

思えば昭和時代、タバコを吸う人にとっては天国だったのではないかしら。

吸いたくなったら吸う。どこででも吸えました。

例えば電車の中。特急や新快速電車には灰皿がついていましたが、灰皿のない普通電車の場合でも吸っている人はいました。しかも、降車駅になるとそのままポトっと電車の床に落とし、ニジニジと足で踏んで降りて行く人も。普通電車の床に焼けこげたタバコの跡があったことを思い出せます。

それに比べて今はどうでしょう。マナーを守らない人にはどうってことないかもしれませんが、ルールを守りながらタバコを楽しみたい人にとっては、本当に大変なご時世だと思います。

吸える場所をあらかじめチェックして行動する、そんな大変な思いをして吸うから、余計にタバコが愛おしく、美味しく感じるのかもしれませんね。

それをやめようというのだから、並大抵ではありません。

イライラして、禁煙外来の先生に内心で悪態をつく早和子がオカシくて可愛らしい。

「そんなことでやめられるわけないでしょ、この先生は何もわかっていない!」

「素人か?!」

みたいなことを心の中で医師に向かって言っているんです。

この辺りは、何度も禁煙にトライして失敗している人は大いに共感できる場面かもしれません。

嫌煙家の私からすると、同情を通り越してちょっと滑稽に感じました。

とはいえ、禁煙したくてもがき苦しむ主人公を「嗤う」ことはできません。

というのも、何かに夢中になる、何かに魅入られる、何かの虜になる、全て「依存」だと思うのです。

早和子の場合、健康上の理由からも「やめた方がいい」とされているタバコに依存しているので、それを止めるために苦労するわけですが、世の中にはずっと続けていられる「依存」もあります。

私にも、この習性はやめた方がいいなぁと思う部分があるのですが、なかなかスッパリやめられるものではありません。

そんなことを考えながらも面白く読めた『禁煙小説』でした。

垣谷美雨さんにハズレなしの法則は今回も健在でした。

【蛇足ですが…】
今回、愛煙家の方には気の悪い表現があったかもしれません。お許しください。

私はタバコが好きではないけれど、ルールを守ってタバコを愉しむ方を非難する気持ちはありません。不思議なことを一つ。

私はタバコの煙やその匂いが嫌いですが「吸っていいですか?」と尋ねてから吸ってくださる方の煙はさほど臭いと感じません。

「ここは吸える場所だろ、吸って何が悪い、煙くらいでガタガタ言うな、心の狭いやつだな」という態度で吸う人の煙は、耐え難いほど臭いし、気分が悪い。(↑実際に言われたセリフです)

臭いや感覚は感情によって大きく左右されるのだと思います。タバコを吸わない人と同席中に喫煙する際、できれば一言お願いできたらお互いに気持ちよく過ごせるのではないかと思います。
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禁煙小説
垣谷美雨(著)
双葉社
どこに行っても喫煙者には肩身の狭い時代になった。主人公の早和子は、禁煙にチャレンジしつづけて二十年経つが、未だにタバコへの依存から抜けられない。しかし会社の数少ない喫煙女子社員が次々に禁煙し、いよいよ本気を出すことに。禁煙本も禁煙ガムもニコチンパッチも挫切した彼女だが、意を決して禁煙外来の門を叩く。果たして早和子は禁煙に成功するのだろうか。 出典:楽天
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池田 千波留
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コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
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