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クララとお日さま(カズオ・イシグロ)

決して昂らない文章が人の心を揺さぶる

クララとお日さま
カズオ・イシグロ(著)
ノーベル文学賞 受賞者のカズオ・イシグロさん。受賞後最新作の『クララとお日さま』を読みました。

『クララとお日さま』というタイトルは、どこかのんびりしていて絵本のよう。そして表紙もなんとなく絵本ぽいので、油断していました。

まさか結末を泣きながら読むことになろうとは。
クララは人工知能搭載のロボットで、他のロボットと同じように、買い手がつくのを店の中で待っている。

クララたちの任務は、子どものAFになること。AFとは人工友だちともいうべきもので、子どもを守り、教え、成長を助ける役目をするのだ。

ある日、ショーウィンドウの向こうにジョジーという名前の少女が現れた。

どうやらジョジーはクララを好きになってくれたようだが、母親が賛成しなかったのか、そのまま帰って行った。

クララもまたジョジーを好きになり、彼女のAFになりたいと願う。後日、クララの願いが叶い、クララはジョジーの家に行き、彼女のAFとなった。
(カズオ・イシグロさんの『クララとお日さま』の出だしを私なりにまとめました)
ソーラ充電システムなのでしょう、クララはお日さまから「栄養をもらえる」と信じています。

クララにとってお日さまは大きな力を持った存在なのです。

カズオ・イシグロさんはこの小説の中で「説明」をほとんどしません。

クララたちロボットがソーラ充電なのだということも、はっきり説明されておらず、読者が読みながら類推していくことになります。

説明されないことは他にもたくさんあります。

その一つは「向上処置」。

この小説の中では、子どもの多くが「向上処置」を受けています。

そして「向上処置」をされていない子どもは、大学に進学することも難しいらしいのです。

「向上処置」とは一体何なのか?

手術なのか、投薬なのか?

具体的なことは何一つ説明されません。

全て登場人物のセリフで説明される大人気漫画『鬼滅の刃』とは正反対です。

ともあれ、ジョジーの体調不良は「向上処置」が原因かもしれないと匂わされます。

体の調子が悪くて、思うように動けないジョジーにとって、AFのクララは本当の友達であり、保護者でもあります。

クララはジョジーの夢を叶えてあげたいと思うし、何よりもジョジーを健康にしてあげたいと考え、自分なりに行動します。

そうやってクララとジョジーが親密になる様子は、微笑ましいし、一種のファンタジーでもあり、読んでいて明るい気分になります。

ところが、この物語はそんなに単純なものではありませんでした。

ジョジーの良きAFになることが仕事だったクララが、その任務を果たした先にあるものは……。

この物語はクララの語りで構成されているので、ラストシーンもクララの目線で描かれています。

クララはロボットですから、感情的な発言はしません。

だけど、そのクララに感情移入している私は、泣けて仕方がないのでした。

ただ、幸せも不幸せも人それぞれ、ロボットそれぞれなのかもしれません。

クララ自身が自分を幸せだというのなら、それが正しいのでしょう。

私はカズオ・イシグロ作品は他に『私を離さないで』しか読んだことがありません。

『私を離さないで』は、臓器移植のために生み出されたクローンたちの物語で、やはりとても悲しい小説でした。

『クララとお日さま』は設定は違うけれど、根底に流れているものは『私を離さないで』に似ていると思いました。

それは、人は(ロボットも)格差の中で生きているということであり、一種の不老不死や命への執着を描いている点などです。

他の作品を読んだことがないので決めつけることはできませんが、それがカズオ・イシグロさんの「テーマ」なのかもしれません。

翻訳作品だということもあってか、題材は重たいのに、文章はとても静かで乾いています。

決して昂らない文章が、逆に人の心を揺さぶるのは不思議なことだと思いました。
クララとお日さま
カズオ・イシグロ(著)
早川書房
人工知能を搭載したロボットのクララは、病弱の少女ジョジーと出会い、やがて二人は友情を育んでゆく。生きることの意味を問う感動作。愛とは、知性とは、家族とは?ノーベル文学賞受賞第一作、カズオ・イシグロ最新長篇。 出典:楽天
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」

パーソナリティ千波留の
『読書ダイアリー』

ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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