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■関西ウーマンインタビュー(学芸員)


岡本 梓さん(伊丹市立美術館 [公益財団法人いたみ文化・スポーツ財団] 学芸員)

アートは人間がつくるもの、だからおもしろい

岡本 梓さん
伊丹市立美術館(公益財団法人いたみ文化・スポーツ財団)学芸員
「諷刺とユーモア」をコンセプトに、19世紀のフランス美術を代表する作家オノレ・ドーミエのコレクションを核として、国内外のユーモアあふれる諷刺画を所蔵する『伊丹市立美術館』。

学芸員の岡本梓さんは「LOVE POP!キース・ヘリング展」「ぐりとぐら展」「エドワード・ゴーリーの優雅な秘密」「O JUN×棚田康司 鬩(せめぐ)」など、近代絵画の名作展や現代作家の展覧会、絵本原画展と、さまざまな展覧会を手掛けています。

2007年に入職してから10年、悩まされるほどの「壁」を経験することはなかったと話す岡本さん。その理由を「それまでの4年間に自分ととことん向き合って、『できないこと』を考えた日々が土台にあったから」と振り返ります。その4年間にどんなことを考え、今にどうつながっているのでしょうか?
就職前に自分ととことん向き合ったからこその今
そもそも美術や芸術に興味を持つきっかけは何だったのですか?
家族の影響です。私以外はみんな、理系の仕事をしているのですが、祖母は三味線や琴を演奏したり人形をつくったり、母は織物をつくったり美術鑑賞したりと文化系の趣味を持っています。祖母は趣味と言いながらも、人形づくりでは表彰された経験があるほどの腕前。そういう家で育ったものですから、子どもの頃から芸事としてピアノを習い、美術館に行くのも好きでした。

大学で芸術全般について学べる文学部美学芸術学科に進学すると、さまざまな研究に取り組む教授や興味・関心を持つ学生が集まっていたので、絵画や彫刻などいろいろなものに触れる機会が多く、視野が広がって興味を持つことも増えていきました。

美術館の学芸員に興味を持ったのもこの頃です。
大学院を卒業後すぐに、現在の職場である『伊丹市立美術館』に就職されたんですね。
大学院に在学中、ギャラリーや百貨店内のミュージアムでアルバイトをしながら、仕事情報にアンテナをはっていたら、当館の職員募集を見つけました。応募したら合格して、卒業後すぐに就職できることに。こう話すと、とんとん拍子に進んできたように思われるのですが、実は大学4年生から大学院にかけての4年間が、今から振り返っても一番苦しい時期だったんです。

研究者として成果を出さなければならないプレッシャー、就職して安定した経済環境にいる同年代の姿、「学芸員になりたい」と憧れるも厳しい現実・・・現状が苦しい上に、行く道は不安だらけ。大学院を辞めて就職することも頭をよぎりましたが、「この仕事なら続けていける」と納得できる仕事を選びたい気持ちが強かったので、ずるずると、悶々としていました。

「自分の能力を活かせる仕事は?」「社会に役立てるには?」と考え過ぎて、追い詰められて、自分が「やりたいこと」より「できないこと」を考えたほうがいいと思い至ったんです。
「『やりたいこと』より『できないこと』を考える」とは?
「営業に向いていない」「単純作業は好きだけど、永遠に続けるのは無理なタイプだから、工場作業には向かない」など、「性格的に向いていない」「能力的にできない」「我慢できない」ことを具体的に挙げていきました。自分が「できないこと」を明確にすれば、それ以外は「できること」や「やりたいこと」となるので、多くの仕事や業務は楽しめるようになります。

希望する職種に就けたとしても、「これをやりたいから、この仕事」と絞って考えずに、ふわりとしておくと、楽しめる範囲が広がるのかもしれないと、自分の経験から思っています。

たとえば、学芸員の仕事は展覧会の企画や展示作業、広報、作品の管理、研究など多岐に渡ります。もし「研究がしたいから、学芸員」と明確な目的を持っていたら、「研究ができない」「研究以外もしなければならない」と自分がやりたいこと以外の業務が苦痛になったり、モチベーションが下がったりすることがあるのではないでしょうか。
自分自身という「壁」を乗り越えるために
『伊丹市立美術館』に入職して、この4月で10年を迎えられたとのこと。これまでにどんな「壁」または「悩み」を経験されましたか?
就職した年の9月には所蔵企画展を任され、以降は次の、その次の展覧会と、止まることなく、実践あるのみで突き進んできましたので、気づいたら10年が経っていたという感じです。

日々さまざまな問題や困難がありますし、入館者数など成果という意味での「壁」はありますが、自分が悩まされるほどの「壁」を感じたことはありません。

しいて言うならば、自分自身が「壁」でしょうか。現状に満足せず、新しいことに挑戦したり、より良いほうに改善することを意識したりしているのは、自分という「壁」を一つずつ越えていこうという思いの表れなのかもしれません。
「自分という『壁』を一つずつ越えていく」ために取り組んでいることは?
「毎回、何か一つでも新しいことに挑戦する」です。

たとえば、展示の壁面に新しい色を使う、展示台のデザインを変える、使ったことのない素材を取り入れる、作家の公開制作を実施するなど、展示内容や方法、制作物において、小さなことでもいいから、自分がやったことのないことに挑戦します。
長年続けていると、新しい挑戦のアイデアは尽きませんか?
おごって怠慢なことをしていると、世間の声についていけなくなったり、アイデアが出てこなかったりしますから、自分自身のスキルアップをしていかなければなりません。「見る、行く、学ぶ、知識を得る、知識を深める」など経験値を積むことを意識しています。

ほかの美術館の展覧会はもちろん、映画やコンサート、ライブ、テレビ、印刷物、世の中で起きているブーム、全然関係のないところで起きている小さな出来事など、凝り固まることなく、いろんなところで興味のアンテナをひろげて、自分の引き出しの中にポコポコ、ポコポコ入れます。

いろんなことを吸収して、その一つひとつを展覧会の中で、何かしらの形で変換するのがおもしろいんです。
伝わり、交流できることが喜び
岡本さんは芸術が「好き」からのスタート。好きなことを仕事にすると、「自己満足」に陥ることはありませんか?
好きで仕事を始めると、「おのれ(己)」になっちゃいますし、それが個性となるので大事な部分でもあります。でも、見る人に伝わらないと意味がない。作家や作品に申し訳ないですし、何のために展覧会をするのかというと、見る人たちのために、です。そのために最善を尽くすということが、私の中に大前提としてあります。

自己アピールや自己評価より、見る人たちに満足してもらうと嬉しい。自分の能力を活かせたと思えますし、次の活力にもつながるので、片道切符ではなくて交流できるようにしたいんです。
どのように展覧会の企画などを考えていらっしゃるのですか?
展覧会の企画は「自分がこれをやりたいからする」「この作家が好きだから選ぶ」ではなく、「今、みんな、この人を見たいだろうなあ」「この人の作品を見たら、きっとおもしろいと思うだろうなあ」という視点が決め手になっています。

展示の方法もそうです。展覧会でよく取り上げられている作家や作品については、「この見せ方はみんなが知っているから、違う方向からも見てみたいんじゃないか」「この作家の作品のおもしろさは知られているけれど、実はこんな一面もあるんだよ」と新しい着眼点を取り入れるようにしています。
印象に残っている展覧会はありますか?
展覧会は全部思い出深いんです。一つひとつ、どれをとっても、「こういう喜びがあった」「こういう反省点があった」とちゃんと思い出として残っています。

もし1つだけ挙げるとすれば、2012年の「LOVE POP!キース・ヘリング展」でしょうか。学芸員になって4年目にはじめて自分で「やりたい」と申し出てゼロから立ち上げた展覧会です。アメリカ美術が好きなものですから、山梨県にある『中村キース・へリング美術館』に行くうち、キース・へリングの展覧会ができないかと考えていました。

2012年というと、当館として「世代を超えて楽しめるもの・親しめるもの」「美術館に訪れたことのない人も行きたくなるもの」を考えないといけない時期でした。キース・へリングは「アートはみんなのもの」として、路上に描いたり、作風もポップで楽しいものだったり、開かれたアートをめざしていた人。彼の作品を展示したら、今まで美術館に行ったことがない人も来てくれるかもしれない、特に来館者数が伸び悩んでいた10~20代の若い世代に興味を持ってもらえるかもしれないと企画しました。

狙い通り、今まで美術館に訪れたことがなかったような若い世代の人たちも来てくれたので、当館に変化を与えることができたのではと思っています。私にとっても「自分の着眼点はズレていないんだな」と自信になった出来事でした。

こんな作家がいて、こんな作品があって、どういうふうに見せるのか。自分がおもしろいと思うところも、みなさんが見てみたいと思うところも、世の中で求められているものもある中で、それらをまとめて、「今、何を、どう見せるのか」を考えるのが私の役割です。みなさんが求めているものの声が聴こえなくなった時は引き際だと、覚悟を持って仕事しています。
アートは人間がつくるもの、だからおもしろい
岡本さんにとって、アートとは?
世の中には、いろんな人がいて、いろんな視点があって、いろんな考え方があって、それを何かのカタチで表現したものがアートだと思っています。

アートは人間がつくるものだから、おもしろいんです。全世界の、どんな時代の、どんな人のものでも、作品を見てハッとさせられることがあります。「どうして、この人がこの作品を生んだんだろう?」「そこまでしてつくらないといけないものがあったのだろうか?」と考えるのが楽しい。

展覧会を実施するにあたって、作家や作品の研究も行ないますから、最初は魅力がわからなくても、知れば知るほどに好きになっていきます。根底には「人間が好きだ」という気持ちが、私の中にあるんです。

最近も、これまで何度も見てきた、クロード・モネの『睡蓮』に改めてハッとしました。
「ハッとした」とは、どのように?
クロード・モネの有名な作品の一つに『睡蓮』があります。水面に浮かぶ睡蓮の花々を美しく描いた作品です。それをある美術館で見た時、「自分がまだ知らない、素晴らしく美しい世界がこの世界にはたくさんある。それを自分の目で見る機会は限られているし、もしかしたら一生出会えないかもしれない。それを、作品を通して見ることができるんだ」って。

作家が作品として残してくれているから、私たちは自分の人生では体験できないようなことを、彼らの作品を通して体験できます。作家や作品と出会うことによって、自分が知る・見る世界を広げることが可能となり、人生を豊かにできるのだと感じました。

また、自分の年齢や心境などによって、既に知る作家、作品に新たな発見があるのもおもしろいですね。

アート業界にいると、作品の良し悪しや技法、何派、何時代などに注目してしまうのですが、それは二の次。画家が「描きたい」、作家が「つくりたい」と思った人間の衝動こそが大事なんだと思います。

一見すると、なんの変哲もない植物であっても、作家が作品で残したということは、美しく見えたということ。私が見過ごしてしまうものも、空や雲の様子、光の加減なども含めて、見方や捉え方によって、いくらでも世界は素晴らしく見えるんだって。そういう世界のおもしろさや素晴らしさを、私はまだまだ知らないんだなと思い知らされました。

美しい、きれいだけではなくて、素晴らしいこと、考えさせられること、救われること、悩みのヒントになること、人生にとって何かのきっかけを与えてくれることなど、作品から感じ取れるものはいろいろあるので、多くの人にアートと触れて欲しいと思います。
そういう想いが、岡本さんの土台にあるんですね。
アートは興味がある人とない人がはっきりとわかれると思います。美術館に行ったことがない人も、アートのことはわからない人も、「写真は好きだけど、絵はわからない」という人もいるでしょう。

写真も絵も同じで、作家が「撮りたい」「描きたい」と思ったものが作品になっています。この際、「作家=特別な人」と思わなくてもいいと思います。私たちと同じ一人の人間がこの世界を表した作品を、自由に感じてもらえたらいいなあと思います。

これからも、世代を超えて多くの人たちが楽しめ、心を動かされるような展覧会を実現していきたいです。
岡本 梓さん
同志社大学文学部美学芸術学科卒業後、大阪大学大学院文学研究科美学研究室の修士課程を経て、2007年に『公益財団法人いたみ文化・スポーツ財団』に就職。『伊丹市立美術館』の学芸員となる。主な担当展覧会に「LOVE POP!キース・ヘリング展」(2012年)、「ぐりとぐら展」(2015年)、「エドワード・ゴーリーの優雅な秘密」(2016年)、「O JUN×棚田康司 鬩(せめぐ)」(2017年)などがある。執筆・編集した『ウィリアム・ホガース“描かれた道徳”の分析』(2016年刊)は第51回造本装幀コンクール「日本図書館協会賞」を受賞した。
伊丹市立美術館
伊丹市宮ノ前2-5-20
TEL:072-772-7447
HP: http://artmuseum-itami.jp/
(取材:2017年10月)
岡本さんが考え過ぎて、追い詰められてたどり着いた「『やりたいこと』より『できないこと』を考えること」。

「やりたいことが見つからない」という学生に、「やりたいことを見つけなきゃ」と焦らなくても、「できないこと」を整理していけば、自ずと「やりたいこと」が見えてくる・・・そんなアドバイスもされるそうです。

研ぎ澄ました「やりたいこと」を持つことも素晴らしいけれど、「できないこと」さらには「やりたくないこと」を明確にすることで残る「『できないこと』『やりたくないこと』以外=『やってもいいこと』『やりたいこと』」の心持ちでいるほうが、さまざまな業務や状況を楽しめる余裕が生まれるような気がしました。

「やりたいこと」を問われる場面はよくありますが、「できないこと」「やりたくないこと」を考えてみる発想はおもしろいと思いました。
小森 利絵
編集プロダクションや広告代理店などで、編集・ライティングの経験を積む。現在はフリーライターとして、人物インタビューをメインに活動。読者のココロに届く原稿作成、取材相手にとってもご自身を見つめ直す機会になるようなインタビューを心がけている。
HP:『えんを描く』

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