団地のふたり(藤野千夜)
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![]() 情景が目に浮かぶ 団地のふたり
藤野千夜(著) 藤野千夜さんの『団地のふたり』を読み終えました。
文庫本の帯を見ると、小泉今日子さんと小林聡美さん主演でドラマ化されているとのこと。 我が家にはテレビがないのでドラマは拝見しておりませんが。 なっちゃんこと坂井奈津子。 昔は結構売れ筋のイラストレーターだったが、今はイラストの依頼は年に数えるほどしかない。 実家の団地に戻ってからは、自身の不用品や人から頼まれたものをネットのフリーマーケット(メルカリ)やネットオークションで販売している。 ノエチこと太田野枝は大学の非常勤講師。 頭の良いノエチは大学院まで進み、そのまま研究室に残るつもりだったが人間関係のトラブルに巻き込まれ、夢はあっさり潰えてしまう。 現在は非常勤講師を掛け持ちしている。これは自分が望んだ姿ではない。 今日も通勤の足が重く感じられる。 なっちゃんとノエチは保育園時代からの友人だ。 ふたりとも、一旦独立したものの、現在は実家に戻って親と一緒に暮らしている。 二人の実家は共に昭和30年代に建てられたファミリー向け団地の一室だ。 この頃の建築は敷地に対する建物の割合にゆとりがある。 敷地の中には公園だけでなく保育園もあった。その保育園でなっちゃんとノエチは出会い、友だちになったのだ。 かつてこの団地には若い世代が入居していて活気があった。 だが、年月がすぎ、建物が老朽化するに従って、若い世代の入居者が減っていった。 現在この団地に住んでいるのは、元から住み続けている高齢者ばかり。 50歳になった なっちゃんとノエチが「若い」と言われるくらいだ。 なっちゃんとノエチは週に何度も互いの家を行き来している。 特に、なっちゃんの母が実家の親戚の介護のため家を留守にしてからは、ノエチはなっちゃんの家に入り浸りと言ってもいい。 そうして二人でささやかな晩御飯を一緒に食べ、テレビ番組や映画を見てはツッコミを入れて笑い合う。 そうして凹んだ心を膨らませて、1日を終えるのだった。
(藤野千夜さん『団地のふたり』のあらすじを私なりにまとめました)
この小説では劇的な変化や出来事は起こりません。
なっちゃんとノエチ、そして団地の住人である近所のおばちゃんたちの日常が描かれているだけです。 だけど、気がつけばまるで自分のことのように没頭して読めました。 それは小説全体から昭和の香が立ち上っているせいかもしれません。 コロナ禍という言葉が出てくるくらいですから、小説の中の時代は令和です。 でも二人が住んでいる団地が「ザ・昭和」なのです。 私も昭和の人間なので、4階建てでエレベーターのない団地のことはよく知っています。 小学生の頃は団地に住んでいる友人の家を訪ねたことが何度もあります。 左右反転はあるものの、団地の間取りはほぼ同じ。 皆一緒の間取りなのに、家具の配置やテイストの違いによって、各家庭の個性が出ているのが印象的でした。 そんな記憶を辿りながら、なっちゃんとノエチの生活を覗き見ると、情景が目に浮かびすぎて、もしかしたら私自身もなっちゃんの家にお邪魔しているのではないかと思うくらい。 なっちゃんもノエチも、若い頃は勢いがありました。 なっちゃんはそこそこ売れているイラストレーター。 ノエチは研究者を目指していました。 ふたりともサラリーマンではない、独自の世界に進んだのです。 なっちゃんは結婚、ノエチも実質的なパートナーがおりましたが、どちらも破局を迎え、 中年になった今、親と一緒に団地暮らしをしています。 その団地は、風情はあるものの、明らかに老朽化しております。 いつ建て替えや取り壊しの話が出てもおかしくありません。 住人も、皆かなりお年を召した人たちばかり。 若い人たちは皆、団地から引っ越していってしまったのです。 残った住人たちは、取り壊すからこの団地を出ていくように言われたら途方に暮れそうな人たちばかりなのです。 なんだか侘しい。 だけど、その侘しさが愛おしくてたまりません。 この小説の魅力は昭和テイストだけではありません。 食べ物が美味しそうなのがいいんです。 なっちゃんは美味しいコーヒーを淹れることができるし、どんな餃子でもパリパリの羽根つきに焼き上げる自信があります。 若い頃に飲食店でアルバイトをしていた経験が生きているのです。 しかもなっちゃんは こだわりの野菜通販サイトで定期購入をしており、月に一度、段ボール箱いっぱいの旬の野菜を手に入れます。 なっちゃんが作る料理はシンプルで野菜中心。 友人たちからは「坊主飯」と呼ばれるくらいですから、精進料理みたいなのでしょうね。 第一話に出てくるなっちゃんのお料理をご紹介しましょう。 人参、玉ねぎ、メークイーン、紅はるか、大長なすを薄切りにして、塩こしょうと香草のシンプルな味付けで、野菜焼きにする。 あとは、豆腐と特大なめこのお味噌汁をつくり、土鍋でご飯を炊いた。 よそったばかりのご飯とお味噌汁から、白く湯気が立ち上っている。
(藤野千夜さん『団地のふたり』 P14より引用)
ああ、なんて美味しそうなんでしょう。
ノエチが仕事帰りに、両親のいる自分の家ではなく、なっちゃんのところに来て「坊主飯」を食べてほっこりする気持ちがわかります。 贅沢をせず、日々を楽しんでいるなっちゃんとノエチ。 第一話ではそんな二人の日常にほっこり心温まっていたのに、第二話、第三話と読み進めるにつれて、私の気持ちに変化が訪れました。 なっちゃんとノエチだけでなく、この団地の住人の未来って、それほど明るいものではないのでは?と、心配になってきたのです。 そもそもなっちゃんとノエチはもうそんなに若くはありません。 大学の非常勤講師に やりがいを感じていなさそうなノエチ。 なっちゃんはおばあちゃんになってもメルカリやネットオークションで生計を立てられるのかしら? だけど、第五話の最後に、なっちゃんの心づもりが書かれていて、それを読んで私はほっとしました。 50歳は決して若くはないけれど、やり直しが効かない年ではない。 ”団地のふたり”に、この先良いことがありますように! 保育園時代からのもう一人の友人、空ちゃんの存在も大きいことを最後に書き添えておきます。 団地のふたり
藤野千夜(著) 双葉社 イラストレーターながら今はネットで不用品を売って生計を立てるなっちゃんこと奈津子。大学の非常勤講師を掛け持ちしながら生活するノエチこと野枝。そんな幼なじみの二人は50歳を迎え、共に独身。生家の築古団地で暮らす。奈津子の部屋で手料理を一緒に食べ、時にはささいなことでケンカもする。高齢のご近所さんのために、二人で一肌脱ぐことだってある。平凡な日々の中にあるちいさな幸せや、心地よい距離感の友情をほっこりと優しく描いた物語。 出典:楽天 ![]() 池田 千波留
パーソナリティ・ライター コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。 BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」 ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HP/Amazon
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