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正体(染井為人)

疑わしきは罰せずを肝に銘じたい

正体
染井為人(著)
そもそもは原作より先にドラマを見たのです。

亀梨和也さん主演のそのドラマは2022年に制作されたらしいですが、私たち夫婦が見たのは昨年の秋。

面白いストーリーだし出演メンバーが豪華で、大変満足しまして、原作も読んでみたいと思ったわけです。

ところが、読み終わって愕然、呆然。

ドラマと原作は結末が違ったのです。

ドラマからは、原作がこんなにも重く切なくやりきれない結末だとは予想できませんでした。

辛すぎる。
2017年の夏、一家三人が惨殺される事件が起こった。そのうちの一人は二歳の幼児だった。

逮捕されたのは未成年。まだ高校生の少年だったが、裁判の結果死刑が確定した。

ところが、この少年死刑囚は収監されていた拘置所から脱走し、行方をくらませてしまった。

少年死刑囚の名前は鏑木慶一。身寄りがなく、養護施設で育った。

高身長で、まるで歌舞伎の女形のような優しく美しい顔立ちをしている。

当初はすぐに見つけられると思われていたが、鏑木敬一は名前や髪型、身なりを変えながら逃走を続けた。

ある時は工事現場の肉体労働、ある時はフリーのライター、ある時はパン工場、そしてある時はスキー場の旅館で働きながら。

いつも警察が近くまで迫りながらも逃げられてしまう。

ついに懸賞金がかけられることになったが、脱獄から1年以上経っても依然鏑木慶一は逃走を続けている。
(染井為人さん『正体』の大枠を私なりにご紹介しました)
これから原作を読む方、結末についてあまり知りたくない方はこれ以降は読まないでください。

私は、殺人事件を犯した犯人が逃亡する際、さらに犯罪を犯しそうなものなのに、地道に働きながら逃走を続けていることから、2007年に千葉県で起こったイギリス人英会話講師殺害事件の犯人を連想しました。

あの頃、逃走した殺人犯がどうしてこんなに長い間捕まらないのか、疑問に思ったので、小説の登場人物たちがニュースを見ながら逃走犯についてあれこれ語ることに実感が伴いました。

しかし、読み進むにつれて、これはいわゆる脱獄犯の逃走劇ではないのだとわかってきます。

鏑木慶一は不幸な巡り合わせで、無実の罪に問われ、しかも死刑を宣告されたことがわかってくるのです。

鏑木慶一は非常に頭が良く、スタイルもよく、しかもハンサム。

ドラマでは亀梨和也さん、映画では横浜流星さんがキャスティングされた通り。

この先明るい未来が待ち受けていたであろう若者だったのです。

彼は自分が無実であることを知っているただ一人の生存者と再び会い、その人に証言してもらうために逃走を続けるのです。彼の頭脳と体力を全てかけて。

頭脳とビジュアル以外にもう一つ、彼が持っていた美点がありました。それは真面目であり正直であること。

鏑木慶一が逃走のため、生きるために働いた職場での同僚は、後に警察が踏み込んできて、彼が殺人鬼であり逃走犯であると聞かされても信じがたい、いや、信じたくないと思います。

なぜなら病人がいたり、詐欺の被害に遭いそうな人を見つけると、自分の身が危ういのに相手を助けるために全力を尽くす場面を見ているから。

私も読者として鏑木慶一の逃走劇の伴走をしているうちに、なんとか彼の冤罪を晴らしたい、いや、結末はきっと彼が報われるはず、と感情を込めてしまいました。

だからこそ、小説の結末がやるせなさすぎて、本を閉じてしばらく何もする気が起きないくらい落ち込んでしまいました。こんなことがあって良いのか?!

著者である染井為人さんはおっしゃっています。

現実世界に、冤罪はある。

これまでに、無実の罪でとらえられ、長い年月を牢に繋がれた人もいれば、死を与えられてしまった人もいると。無実なのに。

この小説には冤罪を生み出す警察の強引な捜査やメンツを重んじる悪しき体制、よってたかって断罪するマスコミの報道による暴力、ある病気の問題、SNSがマイナス面にもプラス面にも強力な媒体であることなどが盛り込まれています。

もし私自身や家族が、身に覚えのない罪で捕らえられたらどうすれば良いのだろう、真剣にそんなことも考えてしまう小説でした。

普段、ニュースを見て無責任にあれこれ言いがちな私ですが、「疑わしきは罰せず」でなくてはダメだなと痛感しました。

ああ、読後感が辛すぎる…。

そういえば、以前読んだ染井為人さんの『悪い夏』も人間てちょっとしたことでここまで転落してしまうんだ、という不安を抱かせられるものでした。

染井さんの他の小説を読むのが怖い!!小説としてめちゃくちゃ面白いんだけど、怖い!!
正体
染井為人(著)
光文社
埼玉で二歳の子を含む一家三人を惨殺し、死刑判決を受けている少年死刑囚が脱獄した!東京オリンピック施設の工事現場、スキー場の旅館の住み込みバイト、新興宗教の説教会、人手不足に喘ぐグループホーム…。様々な場所で潜伏生活を送りながら捜査の手を逃れ、必死に逃亡を続ける彼の目的は?その逃避行の日々とは?映像化で話題沸騰の注目作! 出典:楽天
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」

パーソナリティ千波留の
『読書ダイアリー』

ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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