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中庭のオレンジ(吉田篤弘)

静かで不思議な物語の世界へ

中庭のオレンジ
吉田篤弘(著)
私がパーソナリティを担当している大阪府箕面市のコミュニティFMみのおエフエムの「デイライトタッキー」。その中の「図書館だより」では、箕面市立図書館の司書さんが選んだ本をご紹介しています。

今回ご紹介するのは、吉田篤弘さんの『中庭のオレンジ』。

『中庭のオレンジ』はまず、読む前から特別な感じがする本です。

表紙にはたわわに実ったオレンジの木が描かれていますが、夜なのでしょうか、木の周りは暗いです。

黒に近い紺色、木の茶色、葉の緑、そして実のオレンジ色、それをスパッと横切って白い部分にタイトルと著者名が。

シンプルだけどとても印象的なこの表紙は、著者である吉田篤弘さんが「クラフト・エヴィング商會」名義で手がけるもう一つのお仕事、装幀家としての作品です。中の挿絵も「クラフト・エヴィング商會」によるもの。

単行本と文庫本の中間サイズの独特な大きさもあいまって、これは他の本とはちょっと違うな、と思わせられるのでした。

収められているのは21のショートストーリー。

表題と同じ「中庭のオレンジ」から始まります。

第一話「中庭のオレンジ」の内容を紹介します。ほぼネタバレです。知りたくない方は、青字部分を飛ばして読んでくださいね。
1軒の小さな家に住む女性。彼女の祖母は図書館に勤めていた。

その図書館には世界中のあらゆる時代に語り継がれてきた全て物語が収められていたという。しかし、戦争が激しくなった時、図書館の職員たちは書籍が燃えてしまうのを惜しんで、中庭に大きな穴を掘り、すべての本を埋めた。そして立ち去る前にオレンジを食べ、種をそこに蒔いた。

時が経ち、埋めた書籍は土に還った。オレンジの種は根を張り、芽を出し、成長し、たわわに実をつけるようになった。

彼女の祖母は時々、一人で街に出かけ、籠いっぱいのオレンジを持ち帰った。この世のすべての物語が含まれた土で育ったオレンジ、その一つ一つに物語が宿っていると祖母は言い、そのオレンジでお酒を作ったそうだ。

晩年、視力が衰えて本が読めなくなっても、祖母は全く苦にしなかった。なぜなら、中庭のオレンジの実で作ったお酒を飲めば、物語が始まるのだから……。
(吉田篤弘さんの『中庭のオレンジ』第一話「中庭のオレンジ」を私なりに紹介しました)
土に還った本のエキスを含んだオレンジの実!

おそらくあり得ない話なのだけれど、そういうことがあって欲しいと思ってしまいます。

そのオレンジで作った果実酒を飲むと頭の中に物語が始まるなんて、本好きな人だったら絶対にそのお酒を飲んでみたくなりますよね。

わずか10ページしかないのに、すでに吉田さんの紡ぐ物語世界に絡め取られてしまいました。

この本に収められた他の20の物語は「中庭のオレンジ」にまつわるものもあれば、全く関係のない話もあります。共通しているのは、ちょっと風変わりなこと。どれもこれも不思議です。そしてもう一つの共通点は、しっかりした結論がないこと。「え?!これで終わりなの?続きは?!この人がどうなるのか、もっと読みたいのに」と、何度思わされたことか。

でも、著者の「あとがき」を読んで、吉田篤弘さんがあえてそのように書いておられることがわかりました。

吉田さんは子どもの頃から物語を読むことがお好きだったそうです。そして物語に答えを求めたことはなかったのだそうですよ。
ただ、ひとつだけ分かっていたのは、物語はいつも途中から始まって、途中で終わるということです。本のページには終わりが来るけれど、物語はこの後もつづいていく─そう思っていました。
(中略)
自分の子供の頃の読書には、答えも終わりもなく、そこにあるのは、理屈を超えた「たのしい」「ふしぎ」「こわい」「かなしい」「さみしい」でした。
(吉田篤弘さん『中庭のオレンジ』 「あとがき」より引用)
なるほど。
確かに、物語を味わうのに理屈はいらないですね。なのに私はあれこれ考えてしまって、物語を「味わう」楽しみを忘れてしまっていたのかもしれません。

この「あとがき」を読んだ後振り返ると、『中庭のオレンジ』に収められている物語はすべて、ただただ「ふしぎ」で「さみしく」て「あたたかい」ものばかりでした。

21のショートストーリの中で、私が一番ハッとしたのは「常夜灯が好きな天使の話」。それについては、下にご紹介する「声の書評」でご紹介していますので、もしよろしければお聞き下さい。

もっとも可愛らしく感じたのは「カウント・シープ#5391」。

カウント・シープとは寝付けない人が数える羊のこと。

「羊が1匹、羊が2匹…」というアレですね。

カウント・シープにはナンバーが割り振られていて、1番から順に呼ばれて柵を飛び越えていくわけです。そして登場人物(登場羊?)のナンバーは5391番と5392番。人が「羊が1匹」と呼ぶのにかかる平均時間は4秒だとすると、彼らが呼び出されるのは2万秒以上経ってから、つまり約6時間後ということになり、普通に考えると出番はない。人間を夢の世界に誘うのが仕事だというのに、役目を果たしたことがないのです。一桁番台の羊は毎晩呼び出されて柵を越え、人を夢に誘っているというのに……。

その会話のかわいいやらおかしいやら。

ただ、毎晩出番があるスター羊にも色々悩みがあるようで、それは実際に読んでみてください。

最後に、この21の物語には、中庭のオレンジ以外に、たびたび登場するものがあります。

それは「おいしいコーヒー」と「右手と左手」。

できることなら、「中庭のオレンジ」でできたお酒を飲みながら読みたい小説ですが、それは叶わないこと。だったらおいしいコーヒーを淹れて読んでみると、より一層物語の世界に浸れそうです。
stand.fm
音声での書評はこちら
【パーソナリティ千波留の読書ダイアリー】
この記事とはちょっと違うことをお話ししています。
(アプリのダウンロードが必要です)
中庭のオレンジ
吉田篤弘(著)
中央公論新社
ようこそ、物語の生まれる夜の庭へー。ひととき日常をはなれ、心にあかりを灯すショート・ストーリー21話。 出典:楽天
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」

パーソナリティ千波留の
『読書ダイアリー』

ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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