私は子供の頃から本が好きでした。
でも、白水社という出版社を知ったのは大学に入った年。
フランス語の教材が白水社出版で「へぇ、こんな出版社があったんだ」と
思ったことを覚えています。
白水社は哲学や歴史、語学など専門書を中心とした出版社です。
その白水社が「独創的な世界の文学を厳選して贈るシリーズ」と位置付けている
エクス・リブリス。
呉明益『歩道橋の魔術師』はエクス・リブリスのうちの一冊です。
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舞台は1980年代初頭の台湾・台北に実在していた商業施設「中華商場」。
それぞれ「忠」「孝」「仁」「愛」「信」「義」「和」「平」と名付けられた
8棟のビルは歩道橋で繋がっていた。
商場ビル内で商いをしている人たちや、さまざまな物売りが、
その歩道橋に露店を出していた。
アイスクリーム、金魚や亀、焼餅などなど。
その中にいた一人の魔術師は、商場の子どもたち一人一人に
忘れがたい印象を残していた。
靴屋の息子、鍵屋の息子、仕立屋の息子、眼鏡屋の娘…
それぞれが商場で成長するうち、何かを失った。
そしてその思い出の中に、佇む魔術師。
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10の短編からなる『歩道橋の魔術師』。
一見、ある人物が主人公のように見えますが、
商場の子どもたちの回想や、現在の姿から、
だんだん浮き上がってくるのは誰か一人の姿ではなく
1980年代の中華商場全体の雰囲気です。
魔術師はその象徴なのかもしれません。
台湾の話なのに、どこか昭和の日本にイメージが重なり、
昭和世代の人間には、懐かしさすら感じるのではないかと思います。
私はずっと、大阪・梅田の、阪急百貨店、阪神百貨店、JR大阪駅を結ぶ
大きな歩道橋を思い浮かべながら読んでいました。
今でこそ、すっきりとしていますが、
昭和40年代、あの歩道橋にはシートやゴザを敷いた露天商がいました。
それに混じって、傷病軍人のかたも。
脚や腕に包帯を巻き、色あせた軍服姿で座り込むその人たちに、
母親からいくばくかのお金を託されて持って行った時の、
なんとも言えない怖れと胸の痛み。
中華商場の歩道橋の描写から、
これまで忘れていた感情が蘇りました。
また、子どもが成長し大人になる過程は、
人種や国に関わらず同じなのかも知れません。
自分の子ども時代を思い出して、甘酸っぱい思いがするのも、
懐かしさの原因かも。
しかも同じアジア、日本統治下の台湾が舞台なのですから、
ノスタルジックなのもうなづけます。
著者 呉名益さんはもしかしたら村上春樹ファンなのでしょうか。
文章のあちこちに村上春樹的なものを感じました。
白水社の「エクス・リブリス」に選ばれたのもわかる気がする
『歩道橋の魔術師』。
昭和世代の人が読んだらきっと、
その人にとっての「歩道橋」が見えてくることでしょう。 |
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター
コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、
ナレーション、アナウンス、 そしてライターと、
さまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
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