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藤田 由布
婦人科医 レディース&ARTクリニック サンタクルス ザ ウメダ

婦人科医が言いたいこと 医療・ヘルシーライフ 2023-03-30
世界で最もホットな寄生虫「ギニアワーム」
その②〜人体の中で勝手に交尾する寄生虫 〜

1980年代に350万以上の症例が確認されたギニアワーム感染症だったが、2023年1月1日時点で、チャド6例、南スーダン5例、エチオピア1例、中央アフリカ共和国1例の4ヵ国の13例のみ。

撲滅達成まで目前だ。

1980年に撲滅達成した天然痘に次ぎ、ギニアワーム感染症は2例目となる。
人体の中で雄と雌が交尾?!

※ギニアワームの感染サイクル The Carter Center, Related resources ‘Life Cycle of Guinea Worm Disease’
ギニアワーム感染症は細長いパスタのような形状の寄生虫Dracunculus medinensis (和名:メジナ虫) によって引き起こされる感染症である。

この疾患は、雨季の間のみにできる溜池など不衛生な水を飲用する貧しい村落でみられる。

ギニアワームの幼虫は溜池に生息するミジンコに寄生している。

その水を飲用することで、ギニアワームの幼虫を含んだミジンコが体内に取り込まれてヒトに感染する。

ただし、ギニアワーム感染者が池水に入らなければ、その水を飲んでも感染しない。

ギニアワームは元々いるものではない。誰か1人でも患部を水に浸すことで水が汚染されるのだ。

※感染者のレントゲン写真 雌ギニアワームが成長しながら小腸〜後腹膜〜皮下へ移動する (引用: 米軍衛生保健大学(Tropical Medicine Central Resource at USUHS) https://info.isradiology.org/tropical_deseases/tmcr/chapter27/imaging.htm
ギニアワームの幼虫は0.5mm以下で目に見えないほど小さく、ミジンコの殻によって胃酸から守られ小腸まで到達する。

小腸の次は後腹膜へ移動し、そこでギニアワームのオスとメスが交尾する。

まさかの人体の中で交尾・・・

ヒトの体の中での勝手なロマンスはさておき、オスは3ヶ月で3cm程度まで成長して体内で死滅する。死んだオスは小さいので人体内に吸収されて消滅する。

かわいそうなオス虫よ…

※ギニアワームの摘出治療は太古から同じ‘巻き取る’方法
一方、メスは後腹膜から腹腔内へ移動し、9ヶ月目以降は皮下組織でニョロニョロ動き、最後は皮膚を突き破って出てきて幼虫を水中に産み放つ。

重力の影響で感染者の8割は膝下の皮膚から出てくる。出てくるのは全てメスだ。

ギニアワーム業界では、メスの方が圧倒的に強いのだ。
お産より痛いわ!!

※治療を受ける婦人
ギニアワームが皮下を動く時と皮膚を突き破る時が最も痛く、感染した婦人は「お産より痛いわ!」といって悲鳴をあげる。

治療は「ギニアワームを巻き取って摘出する」外科的な方法のみ。これは、太古から変わらぬ原始的な方法だ。

患部に水をかけると虫がでてきやすくなり、巻き取り出しやすくなる。治療は1週間ほどかかる。

村には麻酔などない。痛みがひどい場合は、都心部から小ビニル袋でこしらえた氷を患部に当てて、皮膚の感覚を鈍化させながら虫を巻き取る。

あとは患部に包帯を巻いて回復を待つしかない。

※治療中は患部に氷をあてて痛みを和らげる
しかし、感染した人はひどい痛みのせいで池水に足を浸そうとして、溜池などの水場へ行ってしまう。

その時を狙ってヒトの皮下に潜んでいるギニアワームは、一気に皮膚を突き破って100万匹の幼虫を水中に放つ。

感染者をいち早く見つけて治療を施し、「絶対に池水に患部を浸けてはいけません!」と説得するのが大事。

村落の人々はいつも同じ溜池をみんなで利用している。一人の感染者が池水に入ったせいで、その溜池の水を村じゅうの人々が飲用するために大勢が感染し、翌年にアウトブレイクするというわけだ。

ギニアワームは雨季や水の匂いを知っている寄生虫とも言われており、なんとも賢い寄生虫なのである。
ワクチンも治療薬もない

※ニジェールの村の元気な子ども達
ギニアワーム感染を予防するワクチンも内服薬も存在しない。一度感染しても免疫ができることはない。

ギニアワームを含んだ水を飲んで感染してから10ヶ月間ほどは、特に症状はない。

ギニアワームが皮膚から出てくる途中でちぎれてしまうと、ヒトの体内に残ったギニアワームの一部は、皮下を動いて別の部位から体外に出てこようとする。

さらに、皮膚の患部に炎症が起こり腫脹が生じる。

ギニアワームの感染によって死に至ることはないが、傷口の手当てが適切ではないと、炎症が増悪したり、敗血症や破傷風といった二次感染を招くこともある。

※感染者の治療中
貧困スパイラル

※村住民は老若男女問わず村じゅうの誰もが感染してしまう
感染者は寄生虫が皮下で動く痛みのせいで畑仕事に行くことが出来ず、家事ができず、市場に働くこともできず、その家族は経済的なダメージをモロに受けて貧困スパイラルに陥る。

この寄生虫がこの世からなくなれば撲滅達成だ。これは最強のサステナビリティーであり、撲滅は貧困脱却の足がかりにもなる。

「疫病撲滅」とは、人類が成し遂げた歴史的な偉業にもなるのだ。

※村の溜池はみんなの飲用水
次号は、私達が行った撲滅戦略のあれこれを紐解きます…
profile
全国で展開する「婦人科漫談セミナー」は100回を超えました。生理痛は我慢しないでほしいこと、更年期障害は保険適応でいろんな安価な治療が存在すること、婦人科がん検診のこと、HPVワクチンのこと、婦人科のカーテンの向こう側のこと、女性の健康にとって大事なこと&役に立つことを中心にお伝えします。
藤田 由布
婦人科医

大学でメディア制作を学び、青年海外協力隊でアフリカのニジェールへ赴任。1997年からギニアワームという寄生虫感染症の活動でアフリカ未開の奥地などで約10年間活動。猿を肩に乗せて馬で通勤し、猿とはハウサ語で会話し、一夫多妻制のアフリカの文化で青春時代を過ごした。

飼っていた愛犬が狂犬病にかかり、仲良かったはずの飼っていた猿に最後はガブっと噛まれるフィナーレで日本に帰国し、アメリカ財団やJICA専門家などの仕事を経て、37歳でようやくヨーロッパで医師となり、日本でも医師免許を取得し、ようやく日本定住。日本人で一番ハウサ語を操ることができますが、日本でハウサ語が役に立ったことはまだ一度もない。

女性が安心してかかれる婦人科を常に意識して女性の健康を守りたい、単純に本気で強く思っています。

⇒藤田由布さんのインタビュー記事はこちら
FB:https://www.facebook.com/fujitayu
レディース&ARTクリニック サンタクルス ザ ウメダ 副院長
〒530-0013 大阪府大阪市北区茶屋町8-26 NU茶屋町プラス3F
TEL:06-6374-1188(代表)
https://umeda.santacruz.or.jp/

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