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藤田 由布
婦人科医 医療法人 大生會 さくま診療所(婦人科)

婦人科医が言いたいこと 医療・ヘルシーライフ 2023-04-06
ギニアワームはどうやって撲滅するの?!
その③ 〜ギニアワームに青春を捧げた私 〜

1986年のデータによると、サハラ以南アフリカの多くの国々で350万症例も報告されていた。

それが、たったの13例のみに減った。撲滅寸前、人類の快挙だ。

雨季を知っている賢い寄生虫として古代から貧困地域を苦しめてきギニアワーム感染症が、ついにこの世からなくなるのだ。
私たちがとったギニアワーム撲滅戦略

※ガーナとトーゴの国境会議
1981年、WHOの保健総会でギニアワーム感染症が撲滅可能な疫病であることを示した「国際飲料水供給と衛生の10年」の決議が採択された。

同時に、WHOと米国疾病予防管理センター(CDC)が先導してギニアワーム撲滅計画が始動した。

そして1986年、アメリカ第39代大統領のジミーカーターの財団「カーターセンター」がこの計画に参加し、ギニアワーム撲滅の最前線に挑んだ。

撲滅を達成するためには、遠隔地に赴き、紛争地域でも活動しなければならない。

※2003年にジミーカーターがトーゴに視察にきた(左端の女性が当時のトーゴ保健省大臣)
アフリカ全土の村落地域で、医療従事者や衛生面などの膨大な社会基盤を強化させることが不可欠だった。

ギニアワーム撲滅は、大胆すぎる発想で不可能とさえ思われていた。

実現するためには、継続的な資金拠出と数十年にわたるコミットメントが求められるからだ。

これを実現した撲滅戦略とは何か。

実際に現場でとった戦略を紐解いてみよう。
戦略1 国から村落レベルまで現状把握を徹底

※日本国土の3倍のニジェール国の道なき道の奥に広がる数百の村落を巡回する
ギニアワーム感染者の数を「正確に」かつ「スピーディー」に把握しなければならない。

そのために、世界の感染国はそれぞれ行政レベルで監視システムを主導し、すべての感染村にアクセスして現状を把握する必要がある。

本部(カーターセンター)がある米国アトランタに、毎月の総感染者数を報告しなければならない。

各感染国の国家計画責任者は現地保健省のえらい人である。感染村すべてを巡るのは公務員の保健士や衛生技師で、彼らのことをスーパーバイザーとよんでいた。スーパーバイザーは、それぞれ毎月50〜70ヶ村ほどを巡回していた。

そのスーパーバイザーの働きを監視・指導するのが、カーターセンターから雇われた私の役割だった。

資金はすべて本部頼りなので、本部直属の私の存在はスーパーバイザーにとったら目の上のタンコブ的な存在でもある。とはいえ、私は彼らとは大の仲良しだった。

※ニジェールのギニアワーム撲滅計画のスーパーバイザー達とお揃いのユニフォームを作った
戦略2 いちはやく感染者を突き止める

※ギニアワーム感染村で手当を担当する村のリーダー
ギニアワームが体外に現れてから24時間以内に感染者を発見して把握するのが奨励されていた。

これは感染者が池水に入ってギニアワーム幼虫を水に放たないように指導するためである。

患部を手当して包帯で巻くのは、村じゅうに「ギニアワーム感染者を池に入らせるな」という注意喚起の意味付けのためでもある。

感染者をいち早く見つけるために、各感染村で最も信頼の厚い住民をリーダーに育て、報告や教育活動の役割も担ってもらった。

トーゴ北部の少女の足から3匹のギニアワームが出てきた
戦略3 衛生で安全な水を普及

※日本国政府の援助(ODA)で配布されたフィルターで池水を濾す村人(ニジェール,2003年 筆者撮影)
深井戸やポンプ式井戸といった安全で衛生的な水を飲用することを村住民に啓発した。

しかし、村の人にとっては生活の水は溜池しかない場合が多い。

配布されたフィルターを使用してケンミジンコやそのほかのプランクトンなどの汚染物を濾して、安全な水を飲用するよう指導した。

※フィルターで池水を濾して取り除かれる異物

村落住民にフィルター使用について啓発する
戦略4 散布薬で第一宿主のミジンコを駆除

※テメホス(Abate®️)を溜池に散布してケンミジンコなどの媒介生物の制御している
溜池に生息するギニアワーム幼虫とその第一宿主ケンミジンコを駆除するテメホス(ABATE®️)を溜池に散布する戦略も行った。

住民の飲用水に散布薬を撒くわけなので、適切な量を投入しなければならない。

池の堆積を測るのが大変だった。池の平面積をメジャーで測り、池水に入って深さを長いものさしで測るのだ。

池の深さを測定するために、誰が池に入るか。これがいつも揉めるのだ。

※炎天下で散布薬を池水に撒くのは大変だった(記念撮影してからジャンケンへ)
私が提案したのは、公平に選出するためにジャンケンで池水に入る人をきめよう、と。

スーパーバイザーも運転手も、もちろん私も加わってジャンケンをした。

みんな「日本のジャンケンは最も民主的な方法だ!」と喜んで、ジャンケンを「démocratie japonaise(日本の民主制)」と呼んだ。

私も何回か首まで池水に浸かって深さ測定をした。

炎天下でヘトヘトになりながらも、いつもみんなで大笑いしながら、この仕事を楽しんだ。

※浅い池の場合は長靴で足りるが、首まで浸かる池もあったりする
戦略5 啓発、啓発、啓発、

※トーゴ北部の感染集落の市場で啓発活動(紙はすぐ破れるので布の絵を使う)
感染村とその周辺地域で、ギニアワーム感染の予防啓発を行うのは大事な仕事の一つだった。

フィルターの使用や深井戸やポンプ式給水所の使用といった生活習慣の変容は、至難の技だ。

飲み慣れた茶色く濁った池水の方がおいしいという住民の声もあり、また、配布したフィルターは破られたまま使われることも多かったのだ。

この感染症の知識や予防方法などを住民にわかりやすく説明することにも力を入れた。

電気のない村落での啓発活動は、ラジオのほか、演劇や音楽といったフォークメディア(地元に根ざした情報伝達ツール)を活用した。

次号は、撲滅活動の最前線での遭難、泥沼、困難の連続…

※トーゴとガーナの国境付近の村の青年達が啓発活動の中心に

※アメリカ人が教育用に書いた絵(文字やデフォルメされた絵は村人には理解しにくい)

※市場は人がたくさん集まるので格好の啓発場所
profile
全国で展開する「婦人科漫談セミナー」は100回を超えました。生理痛は我慢しないでほしいこと、更年期障害は保険適応でいろんな安価な治療が存在すること、婦人科がん検診のこと、HPVワクチンのこと、婦人科のカーテンの向こう側のこと、女性の健康にとって大事なこと&役に立つことを中心にお伝えします。
藤田 由布
婦人科医

大学でメディア制作を学び、青年海外協力隊でアフリカのニジェールへ赴任。1997年からギニアワームという寄生虫感染症の活動でアフリカ未開の奥地などで約10年間活動。猿を肩に乗せて馬で通勤し、猿とはハウサ語で会話し、一夫多妻制のアフリカの文化で青春時代を過ごした。

飼っていた愛犬が狂犬病にかかり、仲良かったはずの飼っていた猿に最後はガブっと噛まれるフィナーレで日本に帰国し、アメリカ財団やJICA専門家などの仕事を経て、37歳でようやくヨーロッパで医師となり、日本でも医師免許を取得し、ようやく日本定住。日本人で一番ハウサ語を操ることができますが、日本でハウサ語が役に立ったことはまだ一度もない。

女性が安心してかかれる婦人科を常に意識して女性の健康を守りたい、単純に本気で強く思っています。

⇒藤田由布さんのインタビュー記事はこちら
FB:https://www.facebook.com/fujitayu
医療法人 大生會 さくま診療所(婦人科)
〒542-0083 大阪府大阪市中央区東心斎橋1-14-14 T・Kビル2F
TEL : 06-6241-5814
https://www.sakumaclinic.com/

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