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藤田 由布
婦人科医 レディース&ARTクリニック サンタクルス ザ ウメダ

婦人科医が言いたいこと 医療・ヘルシーライフ 2023-03-09
女32歳、ヨーロッパの医学部に入学
その⑨〜卒業試験は、大部屋に教授陣6名からの口頭試験〜

いよいよ卒業試験

※2014年卒業クラスのYear Book、私はろくな事を書いていない
もうゴールは目の前だ。留年せずにストレート進級で、この6年間よくやってきた。

あと一息だ。卒業試験さえ合格できれば、晴れてヨーロッパの医師免許を取得できる。

6年次は、6科目のローテーション実習があり、5月で全てが終わった。そして6月上旬にいよいよ卒業試験だ。

ここでいう卒業試験はイコール医師免許試験だ。

日本の医学部とは違って、ここは卒業試験でも「くじ運」がかかってくる。

ハンガリーの医学部は最後の最後まで、くじを引かされるのである。
卒業試験は、筆記、実技試験、そして口頭試験
卒業試験は2日間に渡って行われる。筆記、実技、そして口頭試問の3本柱だ。

1日目は筆記試験で、300問の選択問題。 2日目に実技試験と口頭試験がある。

日本の医師国家試験は、3日間にわたり合計500問の選択問題だったが、ここは300問の筆記を1日がかりで行う。

1日目の筆記試験は、あっという間に終わった感がある。

試験勉強対策として、8000題ほどの過去問集があった。これを徹底的にやっておけば何とかなる、と先輩方からの情報は得ていた。怖かったけど、試験対策情報があっただけ気持ちが楽だった。

試験後、その日のうちに答え合わせをしたら正答率8割を超えていたので、絶対に大丈夫だと悟った。
卒業試験は、2日目が山場
打って変わって、2日目はみんな緊張した面持ちで集合。

1日目の筆記試験で点数が満たなかった者がまず発表され、その場で不合格を言い渡される。私の記憶では、筆記試験で落とされた学生は1割以下の10人程度だった。

2日目の実技試験が始まる前に、6人ずつに分けられて小部屋に招かれ、そしてクジを引かされる。

思えばこの6年間、幾度となく運命の試験くじを引かされてきた。これが最後のくじだ。

小児科、神経内科、精神科、産婦人科、内科、外科の6枚のカードが、それぞれ裏向けに置かれていた。

皆んなの心は同じ「神経内科だけは引きたくない!!!」

なぜなら、神経内科のチバ教授の口頭試験は最も厳しくて容赦なく落第者を出すことで有名だったから。

チバ教授は虫の居所が悪ければ容赦なく「だめ、卒業させない、また来年ね!」となるのだ。

最後の運命の「くじ引き」だ。
小部屋の中で6人の学生が1列に並んだ。私のくじを引く番は、6人中の最後。

残り物には福があるはずだ。

1人目が「外科」をひいてガッツポーズ。彼は外科医になりたかった学生で自信があったのだろう。

2人目から4人目は、小児科、精神科、内科と順調にひいた。

残りは、チバ教授の神経内科か産婦人科かの、2択のみ。

私の前にいた5人目のフランス人のフィリップは学年トップの成績の優等生。

フィリップがクジを引いた途端、「あーーーー!!!!」と叫んだ。

フィリップには申し訳ないが、私は心の中でガッツポーツをしてしまった。ごめんよ、フィリップ。

運命の女神が私に微笑み、見事、私は残りくじの「産婦人科」をひいた。
各病棟へ散らばり、実技試験へ
くじをひいてから、すぐにみんなバラバラに各病棟へ連行される。

かわいそうに、フィリップは肩を落としたままチバ教授が待つ神経内科病棟へと向かった。

私は足早に産婦人科病棟へ行くと、試験官が待ち構えており、すぐに入院している妊婦の元へ連れて行かれた。

すぐに実技試験が始まった。「この妊婦がなぜ入院しなくてはならないか、診察しなさい」ときた。

私は妊婦に問診し、紙カルテを見て分析し、診察し、所見を試験官に説明した。妊娠週数にしては胎児が小さい胎児発育不全で、考えられる原因や今後起こりうる妊娠合併症などを答えた。

試験官が「レオポルド触診法と子宮底長の測定をここでやってみなさい」と。

予習通りの質問が来た。レオポルド触診法は完璧にできた。子宮底長を測ろうとしたその時、その妊婦さんが起き上がろうとした為、そのまま測定を私は続けてしまった。

試験官が「子宮底長は仰向けになった状態で測るって知らないのか!」と注意された。

しまった、初っ端から減点だ・・・・
その後の質問は、その妊婦さんとは全く関係ない質問が続いた。分娩時に大量出血した際の輸血方法について、妊婦の救命救急について、妊娠高血圧症の妊婦の管理方法、臍帯脱出について、娩出した胎盤の異常所見についてなど質問はずっと続いた。

私は必死だった。あっという間に試験は終わったように思ったが、実際1時間は試験官と向かい合っていた。

成績は5段階評価の「4」。まあ、頑張った方だと自分を慰めた。

チバ教授の元へ連行されたフィリップは、「3」で合格したと言って生還してきたので、皆んなで彼を抱きしめた。

※初夏は野外カフェで休憩時間をくつろぐ
最終口頭試験は、大部屋に教授陣6名がずらり
正直、晴れない気持ちのままだったが、すぐに気持ちを切り替えなければならない。

最後は、口頭試験だ。

最後の口頭試験は緊張マックスだ。

50畳くらいはある広くて天井が高い部屋に1人ずつ入る。古くて分厚い本が壁じゅうの本棚に並べられていて、ハリーポッターで出て来そうな伝統的で厳かな部屋だった。
 

※2014年卒業組の卒業アルバム
大部屋に入ると、目の前には6名の教官陣が並んでいた。1対6に向かい合って大きなテーブルの席につく。

左から小児科、内科、産婦人科教授、神経内科、精神科、外科のそれぞれの教官が5個ずつ質問を浴びせてくる。

あまりの緊張でこの時の質問内容は殆ど思い出せない。覚えているのは、内科から「tPAの適応は?」など、精神科からは「妊娠中にアルコール摂取した場合、出生児に起こりうる後遺症」などを尋ねられた。最後の外科からは「消化器外科の手術の合併症は?」といった割と簡単な質問だった。

おそらく20分くらいで口頭試験は終わった。最後に「excellent !」と言ってもらった時には何故かホロリと涙が出たのを覚えている。

6年間がようやく「卒業」という最高のギフトと共に幕を閉じた。
いよいよ卒業式の日
2014年6月20日、卒業式の日がやってきた。

ピエロみたいな格好だが、貸衣装の卒業式の正装に身を包み、午前中にリハーサルが行われた。

入場して決めらた席順に着席。一礼して台にあがり、1人ずつ卒業証書を受け取り、また一礼して台を降りるなどの御作法や、誓いの言葉を斉唱し、最後は帽子を皆んなで投げる、などの一連の儀式を経て退場する。

小学校の卒業式の予行演習みたいだったが、皆んな嬉しくて浮き足立っている。

本番はもっと高揚した。

伝統的な音楽と共に教授陣が閻魔様が持っているような杖をドン、ドン、とつきながらゆっくり一歩一歩入場してきた。

あんなに怖くて恐ろしかった教授陣が、正式に私たちを医師として認めてくれる儀式だ。

6年間の孤独で辛かった思いが一気に込み上げる。

※親友の花ちゃんは赴任先のパキスタンから私の卒業式に参列しに来てくれた
思えば、これまでのキャリアを窓から全部捨てて海外の医学部までよく来たもんだと、我ながら感心する。

20代はずっとアフリカの奥地で国際協力に没頭し、そこで直面した数々の貧困問題に打ちのめされ、いつしか医師となってアフリカの故郷へ戻りたいと思うようになった。

思い立ったら、もう行動するしかない。

いつも思い出す言葉がある。私が超人と勝手に呼んでいる國井修医師の著書に書かれたものだ。
ひとの夢は単純で純粋なほうがいい。
思い込みが強ければ強いほど、ひとを動かす力も強い。

どんな人生にも何らかの「縛り」や「制限」があるけど、むしろこの制限の中で学ぶ事が多い。

回り道をすることで、違った世界を見て、人生に楽しみやゆとりが増えることもある
私の人生はやたらと回り道が多い。

しかし、あちこちの曲がり角や交差点で、常に、掛け替えのない人生の宝物を授かっている。

※5年次が終了した時にクラスで記念撮影会があった(2013年)
さて、最終章は日本での医師免許取得に向けての修行僧のような生活が待ち受けていた・・・・。

最終章へつづく。
profile
全国で展開する「婦人科漫談セミナー」は100回を超えました。生理痛は我慢しないでほしいこと、更年期障害は保険適応でいろんな安価な治療が存在すること、婦人科がん検診のこと、HPVワクチンのこと、婦人科のカーテンの向こう側のこと、女性の健康にとって大事なこと&役に立つことを中心にお伝えします。
藤田 由布
婦人科医

大学でメディア制作を学び、青年海外協力隊でアフリカのニジェールへ赴任。1997年からギニアワームという寄生虫感染症の活動でアフリカ未開の奥地などで約10年間活動。猿を肩に乗せて馬で通勤し、猿とはハウサ語で会話し、一夫多妻制のアフリカの文化で青春時代を過ごした。

飼っていた愛犬が狂犬病にかかり、仲良かったはずの飼っていた猿に最後はガブっと噛まれるフィナーレで日本に帰国し、アメリカ財団やJICA専門家などの仕事を経て、37歳でようやくヨーロッパで医師となり、日本でも医師免許を取得し、ようやく日本定住。日本人で一番ハウサ語を操ることができますが、日本でハウサ語が役に立ったことはまだ一度もない。

女性が安心してかかれる婦人科を常に意識して女性の健康を守りたい、単純に本気で強く思っています。

⇒藤田由布さんのインタビュー記事はこちら
FB:https://www.facebook.com/fujitayu
レディース&ARTクリニック サンタクルス ザ ウメダ 副院長
〒530-0013 大阪府大阪市北区茶屋町8-26 NU茶屋町プラス3F
TEL:06-6374-1188(代表)
https://umeda.santacruz.or.jp/

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