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藤田 由布
婦人科医 レディース&ARTクリニック サンタクルス ザ ウメダ

婦人科医が言いたいこと 医療・ヘルシーライフ 2023-03-02
女32歳、ヨーロッパの医学部に入学
その⑧〜いよいよ6年生、試練はまだまだ続く〜

6年生は、ローテーション実習
6年次は、内科、神経内科、産婦人科、小児科、精神科、外科の6つの病棟を6週間ずつローテーションする。

休まずに実習に参加して教官からサインをもらえさえすれば良いが、実習というのは、これまで培って来た知識が集約されて実地で体験できるので楽しいし、座学と違って退屈しない。いろんな症例を実際に見て、教科書で学んだ知識と答え合わせする作業のように思えた。

※私の通学は路面電車トラムで10分 定期券は学割で月額1000円
実際の入院患者と話す機会も多くなり、年配の患者さんはハンガリー語しか通じない。

これまでハンガリー語をそこまで真面目に取り組んでこなかった私は、患者に問診するのに苦戦した。 が、殆どの多国籍の学生たちも同様で、ハンガリー語をそれほど真面目にしてこなかった学生ばかりだった。

私たちには秘伝の臨床用のハンガリー語冊子があった。その冊子名は「テッシェーク・モンダニ」。訳して「どうかされましたか」。

患者さんとの会話の典型文が、ほとんどこの冊子に記されている。

私たち多国籍学生たちは、みんなテッシェーク冊子のカンペをみながら患者の問診をとるのだ。

※試験前になると学生は1人で静かに勉強できる場所を探す
外科の手術では、学生はひたすら力仕事

※外科ローテーションの当直室は蚊との戦いの夜で学生から不評だった
外科の実習は体力勝負だった。

甲状腺摘出術、大腸切除術、胃切除術、肝胆膵の難しい手術、心臓血管の手術など、いろんな手術に医学生が駆り出されるのだが、雑用係の医学生の役割は「リトラクター」に徹することが多い。

リトラクターとは開創器のこと。執刀医が手術しやすいように、この開創器を使って術野を展開し、視野の妨げとなる皮膚や脂肪や臓器を押さえて引っ張る。

医学生は執刀医の動きを見ながら、重要な臓器が見えやすくなるように気を配り、ひたすら臓器を押さえたり、引っ張ったりする。何時間も引っ張ったまま静止しなければならないこともある。

おちゃらけた外科医も中にはいて、摘出した腸を「はははー、ブレスレットみたいだな」と言って自分の首元にかざしているやつがいた。

ちっとも笑えなかった。

ぎょっとしたのは、更衣室が男女共有だったこと。しかし、誰一人当然かのように普通に男女ともに着替えているのが滑稽だった。

外科のローテーションの6週間の間に、学生にも数回は当直係が回ってくる。

当直当番が回って来た学生は、与えられた部屋で寝泊まりする。この当直室とやら、ハエとヤブ蚊がぶんぶん飛んでいる部屋だった。しかし、アフリカの奥地で長年過ごしてきた私にとっては、マラリアの媒介のハマダラ蚊がいないだけマシか、と思えた。
ハンガリーの医学部は英論文も必修
6年次で頭を悩ませたのが、2万字の英論文が課せられること。日本の医学部には論文といった課題はない。

私は、HIV/AIDsの治療薬をテーマに論文を書いた。途上国で使用されるエイズ治療薬が糖尿病を引き起こす薬剤が多く、それらの薬剤の作用機序と副作用を調べ、世界で最もHIV/AIDS患者が多いアフリカでなぜこのような薬剤が使われているのかを調査した。

論文が評価された後は、これを教授の前でプレゼンしなければならない。自分の中で論文のテーマは面白いと思ったし勉強にもなり、自信もあった。もちろんexcellentの評価を得た。

しかし、心の中では実際は論文は2の次、3の次くらいの優先順位だった。私の頭の中は、卒業試験や日本の国家試験のことでいっぱいだった。

※アパートの部屋の前の洗濯干しで布団を叩いたら下の階の住人から怒られた

※私が住んでいたアパート 月額2万円で広い部屋に家具は全て備え付け
ハンガリーの医師は安月給

※路面電車トラムの医学部キャンパス駅 5〜10分おきでトラムはやってくる
ハンガリーのような東欧の中進国は、医師は日本とは比べ物になら無いほど安月給だ。

大学病院で勤務する4年目の内科医の月給がUS$1,000だと聞いた。愕然とした。東欧では、医師はそれほど偉くもなければ儲かる職業でもない。

いくら物価が安いからといっても、月10万円では家賃と食費で半分は消える。それでも、医師も看護師も皆んなよく働く。

内科医の診察スタイルは印象的だった。

日本のようにカルテを書きながら患者の話しを聞くなんてことはない。膝も目も患者に向けながら、ひたすら患者と会話する。

医師のすぐ隣に座っている医療秘書が、マッハ級の速さで電子カルテを書き込む。

このシステムいいなあ。これなら、カルテ記載に気を捉われずに、患者の目を見ながら、ひたすら患者への問診に集中できる。

※学生寮(1年次の1学期で寮暮らしは落ち着かなくて私はギブアップした)
ハンガリーの国立大学医学部
デブレツェンという都市は首都ブタペストから200km東に位置して、ルーマニアとの国境付近にある小さな学園都市である。

デブレツェン大学は1538年に創立された歴史ある大学。大学には全部で13学部あり、学生総数は27,000名というマンモス大学である(2014年時点)。

ハンガリー語で学ぶ医学部はもともと昔から存在していたが、1988年に大学医学部の英語コースが新設された。ハンガリー人の医学部と多国籍の英語コース医学部を合わせると、医学生の総数は6,000人もいる大きな医学部だ。

医学部の英語コースは、海外からの学生をたくさん招集するといった留学ビジネスの一環だった。外貨獲得という目的があるという噂もあった。
医学部の英語コースの入学試験は、一般英語、医学英語、物理、生物、化学といった科目で、日本と比べて雲泥の差で広き門である。ただし卒業は狭き門で、1年次の同級生は350人いたが、6年生になる頃には100人ほどに減っていた。

学期は2セメスター制で各15週間ずつ。進級試験は各教科、筆記と口頭試問。

学費は年間US$ 9,800(2008年当時)で、円高だったので年間必要な経費は、学費80万円と生活費50万円で総額130万円ほどでやり繰りできた。

※路面電車トラムの乗り降り
デブレツェン大学はWHOの Directory of Medical Schools認可校であり、要するに国際的に医学部の基準を満たしており、ここで得た医師免許はハンガリーだけでなくEUで幅広く使うことができる。

ただし、ドイツで医師として働きたい場合は医療ドイツ語の試験にパスしなければならなかったり、それぞれの国で医療行為をする際の条件は違う。

※2014年卒業のクラスは全部で8Groupあり、私はGroup 6
卒業試験でも「くじ運」が試されることに・・・・、次号へ続く
profile
全国で展開する「婦人科漫談セミナー」は100回を超えました。生理痛は我慢しないでほしいこと、更年期障害は保険適応でいろんな安価な治療が存在すること、婦人科がん検診のこと、HPVワクチンのこと、婦人科のカーテンの向こう側のこと、女性の健康にとって大事なこと&役に立つことを中心にお伝えします。
藤田 由布
婦人科医

大学でメディア制作を学び、青年海外協力隊でアフリカのニジェールへ赴任。1997年からギニアワームという寄生虫感染症の活動でアフリカ未開の奥地などで約10年間活動。猿を肩に乗せて馬で通勤し、猿とはハウサ語で会話し、一夫多妻制のアフリカの文化で青春時代を過ごした。

飼っていた愛犬が狂犬病にかかり、仲良かったはずの飼っていた猿に最後はガブっと噛まれるフィナーレで日本に帰国し、アメリカ財団やJICA専門家などの仕事を経て、37歳でようやくヨーロッパで医師となり、日本でも医師免許を取得し、ようやく日本定住。日本人で一番ハウサ語を操ることができますが、日本でハウサ語が役に立ったことはまだ一度もない。

女性が安心してかかれる婦人科を常に意識して女性の健康を守りたい、単純に本気で強く思っています。

⇒藤田由布さんのインタビュー記事はこちら
FB:https://www.facebook.com/fujitayu
レディース&ARTクリニック サンタクルス ザ ウメダ 副院長
〒530-0013 大阪府大阪市北区茶屋町8-26 NU茶屋町プラス3F
TEL:06-6374-1188(代表)
https://umeda.santacruz.or.jp/

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