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藤田 由布
産婦人科医 レディースクリニック サンタクルス ザ シンサイバシ

婦人科医が言いたいこと 医療・ヘルシーライフ 2022-06-16
ハエだらけの手術室には、扉がない! 〜アフリカの産婦人科事情〜 ①

医師となってニジェール里帰り
この暑さアカン!

ニアメの空港に降り立った瞬間の第一声だった。

44℃の猛暑と熱風にたじろぎつつ、車で首都のニアメ市内へ進むと、懐かしい熱気埃と人混みの匂いが身体を刺し、これが段々と快感に変わっていった。

やっと帰って来たんだ、という感動が沸々と湧いてきた。

写真:ニジェールの首都ニアメ市の上空。 ニジェール川が緑色にみえる
1997年12月、青年海外協力隊(JICAボランティア)としてニジェールに赴任してから 20 年以上経つ。JICAの小学校運営のプロジェクトや、アメリカの財団のギニアワーム感染症対策のコンサルタントとして約10年間ニジェールの支援に携わり、気がつけば私にとってニジェールが愛おしく掛け替えのない存在となっていた。

写真:首都ニアメ市の街は20年で5倍以上大きくなり道路はどこも渋滞だらけ
ニジェールが好きな理由をよく聞かれるが、それはご縁があったから。

思えば、数ある専門科の中で私が産婦人科医なることを選択したのは、ニジェールの村落地域の体験が大きく影響したのだと思う。

写真:生まれてすぐの黒人の赤ちゃんの肌は白い / 田舎では泥水で新生児を洗う
20年前、私はザンデールの郊外にあるガリンイッサンゴーナ村で寝泊まりさせてもらっていた。

その村の土壁の小屋の中で13歳の少女(実際には自己の年齢は把握してないそうだ)が、たった一人でお産をしていた。少女が赤ちゃんを産んだ直後に、四つん這いになって胎盤を出そうとしていた時に、とんでもないことが起こった。

写真:ニジェールのザンデール県郊外の150世帯ほどのガリンイッサンゴーナ村
赤ちゃんを出産した少女のいる小屋の中で、唐辛子を炊いて咳で噎せることによってお腹に力を入れて胎盤を出させる、といった荒技が繰り広げられたり、少女に大きな石を持たせて、お腹に力を入れるよう指示して、胎盤を出させようとしたり、、、村の風習はどれも度肝抜く荒技ばかりだった。

またある日、突然に村の少女が分娩中に大量出血し、病院への搬送に間に合わず命を落としてしまった。日本では助かる命がニジェールでは、いとも簡単に失われてしまう。

写真:村の男たちは炎天下で畑仕事に大忙し
この村での経験が私の人生を大きく変えたのかもしれない。

次にまたニジェールに戻る時は、医師となって命の現場で仕事ができるようになりたい、そう思ったことが私の医学部再入学への大きなきっかけとなった。

私がヨーロッパの医学部に入学したのは32歳の頃。ひとまわり年下の同級生たちと切磋琢磨して、その6年後に医師になった。ヨーロッパの大学の学生の年齢幅は大きく、私以外にも30代や40代の医学生は数十人いた。ナイジェリア人やケニア人の同級生もいて、私が得意なハウサ語を話すアフリカンの同級生の友達も出来た。

しかし、私はガリ勉な学生だったため、授業中に私語でうるさい学生を「騒音だから出ていけ」と一喝し若い学生からは嫌われていた。レクチャーポリスというあだ名を付けられ、敬遠されていた。逆に、おとなしい東南アジア系の学生らからは「うるさい学生を叱ってくれてありがとう」とお礼を言われた。

写真:村の子ども達はみんな、壮大な土地でよく遊び、よく働く
医師になって5年目、念願のニジェールに里帰りがようやく実現した。

ニジェールに到着して、首都ニアメの懐かしい市場にも足を踏み入れ、大好きだったアフリカの布を眺めていた。

布屋の商人が「日本人か!?旅行か?!」と言ってきたので、「産婦人科病棟を見にきたんです」と答えたら、その商人があろうことに「俺の妻は産婦人科医だぜ、連絡してやるよ」と言ってきた。

話は早かった。ニジェールでは漫画のような展開がありすぎて笑えてしまう。
到着1日目から、布屋の商人のおかげでニジェールの最も大きい医療施設の「産婦人科中央病院」を訪れることが出来た。

写真:産婦人科中央病院の門の前で売り子が豆を売って商売している
国内で最も大きな病院で…
日本の病院設備を知る私としては、最貧国ニジェールの産婦人科病棟の設備はどれをとっても腰を抜かすものばかりだった。

手術室の環境は、ニジェールでは比較的良い環境といえども、扉がなく野外と繋がっている状態。ハエがブンブン100匹以上群がっている。オペ中の停電や断水は日常茶飯時に医師たちは慣れている。

写真:手術室の出口付近で看護師たちがお昼ご飯を食べながら談笑している。手術室は外と繋がっているのでハエがたくさん飛んでいる

写真:産婦人科病棟の中庭 / 炎天下なので日陰で人が涼んでいる
病棟のデスクには、積み上げられたカルテの山。

カルテの内容を見ると、妊娠高血圧腎症、HELLP症候群、妊娠糖尿病などなど緊急を要するものが大量に埋れている。手術を待つ産科病棟は、1つのベッドに3人の妊婦が川の字で横になっている。

分娩の順番待ちをする妊婦らがひしめきあっている状態だ。

写真:分娩の控え室。1つのベッドに数人の妊婦が横たわり、床にも8人ほどの妊婦が横になっていて足の踏み場がない(カメラを向けるのを躊躇って遠目で撮影した)
資機材は明らかに数が足りていない。人手も足りていないのが一目瞭然。

研修医が分娩室を案内してくれた。分娩室は3部屋あり、助産師と研修医がここを立ち回りしている。ニジェールの病院の産婦人科医は、比較的女性医師の数の方が多い。病棟も手術室も女性医師の活躍が圧巻だ。彼女たちにとっては当たり前のことみたいだが、日本の地方病院を知る私にとっては新鮮だった。残念ながら日本の産婦人科は、ほぼ男性医師による牽引が常だ。どちらが先進国なんだか…

写真:分娩室
分娩室内はしっかり清潔に保たれており、吸引器もある。冷んやりした4畳半くらいのタイル床に、鉄パイプの分娩台に黒いマットレスが敷かれている。促進分娩を実施する場合は、この分娩室で点滴を行い、そのままここで分娩する。

写真:子宮口全開大したら分娩台にて怒責をかけ始める(分娩室内)
経膣分娩後は、赤ちゃんとベッドの部屋に移って少し横になって休んだ後、出血などの問題がなければ2〜3時間に母子ともに退院となる。

写真:吸引器は一応用意されている
出産したその日に母子ともに退院するのは日本では考えられないが、世界的にあまり珍しくはない。イギリス王室のキャサリン妃も出産して10時間後には退院したというニュースも記憶に新しい。

カナダやイタリアやオーストラリアは、3日目に退院する。スイスや中国やドイツは4日目退院。日本と台湾は、出産のための入院期間は世界でも最も長く、平均6日間ほど。

ニジェールの大きな都市部では、妊婦健診(妊娠中通して3〜4回のみ)と産後健診はきちんと行われているが、田舎では、妊娠中の健診は一度も行かず、産後健診の1回のみという女性がいた。一方、日本では妊娠中の健診は、少なくとも15回はクリニックか病院で健診を行う。

写真:資機材を滅菌するためのオートクレーブもきちんと機能している

写真:ニジェールの母子手帳(記載はすべてフランス語)

写真:助産師が分娩記録を記載している
看護師や助産師も大忙しでフル回転の病棟である。手際良く点滴のルートをとり、分娩介助で走り回り、陣痛の痛みに堪えている妊婦さんには構ってられない様子である。

患者の家族は産婦人科病棟の中庭にゴザを敷いて待機し、患者の食事と身の回りの世話をする。朝早くから日が沈むまでずっと家族が付き添うのだ。これなら看護師が足りなくても患者の世話は何とかなる。

ニジェールの気温は40℃を超える日が多い。汗が噴き出る。炎天下で働く医療スタッフに頭が下がる思いだ。

写真:産婦人科病棟の庭は患者の家族が陣取っている
次号へ続く
profile
全国で展開する「婦人科漫談セミナー」は100回を超えました。生理痛は我慢しないでほしいこと、更年期障害は保険適応でいろんな安価な治療が存在すること、婦人科がん検診のこと、HPVワクチンのこと、婦人科のカーテンの向こう側のこと、女性の健康にとって大事なこと&役に立つことを中心にお伝えします。
藤田 由布
産婦人科医
レディースクリニック サンタクルス ザ シンサイバシ 院長

大学でメディア制作を学び、青年海外協力隊でアフリカのニジェールへ赴任。1997年からギニアワームという寄生虫感染症の活動でアフリカ未開の奥地などで約10年間活動。猿を肩に乗せて馬で通勤し、猿とはハウサ語で会話し、一夫多妻制のアフリカの文化で青春時代を過ごした。

飼っていた愛犬が狂犬病にかかり、仲良かったはずの飼っていた猿に最後はガブっと噛まれるフィナーレで日本に帰国し、アメリカ財団やJICA専門家などの仕事を経て、37歳でようやくヨーロッパで医師となり、日本でも医師免許を取得し、ようやく日本定住。日本人で一番ハウサ語を操ることができますが、日本でハウサ語が役に立ったことはまだ一度もない。

女性が安心してかかれる婦人科を常に意識して女性の健康を守りたい、単純に本気で強く思っています。

⇒藤田由布さんのインタビュー記事はこちら
FB:https://www.facebook.com/fujitayu
レディースクリニック サンタクルス ザ シンサイバシ
〒542-0085 大阪府大阪市中央区心斎橋1-8-3 心斎橋パルコ10F
TEL:06-6253-1188(代表)
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