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藤田 由布
婦人科医 レディース&ARTクリニック サンタクルス ザ ウメダ

婦人科医が言いたいこと 医療・ヘルシーライフ 2022-06-30
ハエだらけの手術室には、扉がない! 〜アフリカの産婦人科事情〜 ②

度肝抜かれた手術室
「今日はまだ8件の帝王切開の手術を控えているんだ」と言って、産婦人科部長が手帳を見せてきた。オペ室が3部屋では足りなく、4部屋目が工事中だった。
「ドクター・ユウも産婦人科医だろう、今から手術を手伝ってくれ!」と言われて、手術着を持たされて、私はそのままオペ室に送られた。

帝王切開の手術を待つ妊婦さんが、ひしめきあっている。

研修医のドクターと2人で帝王切開術が始まった。妊婦を前屈みに座らせ腰椎麻酔を施す。

メスで皮下を横切開した後は、もう早いの何んのって。たったの20分そこらで手術は終わった。途中、赤ちゃんを取り出した後に子宮切開部を縫合する際に、子宮前壁の筋層に4cm程度の筋腫があった。

熟練医師が横から「筋腫もついでに取ってあげて」と言ってきた。器械を見回しても単鈎鉗子がない。すると、一緒に手術していた研修医が布鉗子で筋腫を力づくで把持して引っ張った。外科医ならわかるだろうが、単鈎と布鉗子は全く別者だ。しかし、把持できるものなら何でも良かったのだ。

写真:子宮全摘手術で使う器械 / 左のカップにはポビドンヨード(イソジン)が入っている
日本でも施設によっては腹膜は縫わない施設もあるが、ニジェールは勿論、腹膜を縫わない。当たり前だが、筋膜はしっかり縫うのは世界どこも同じみたいだ。

しかし、最後にびっくりしたのは、閉腹の際に腹腔内にイソジンをスプーン3杯分ほどぶっかけるのだ。

イソジンをそのまま腹腔内にぶっこむなんて、なんてことを!臓器が痛むのでは!と思ったが、びっくりした私を見てニジェール人の熟練医師が「日本では、こんなことしないだろう?術後感染予防の私たちのやり方だよ!」と笑って言ってきた。

帝王切開の12cmほどの皮膚縫合は、非吸収糸で5箇所くらい斬新な縫い方だったが、要は傷がくっつけば良いのだ。

扉がなく野外と繋がっている状態。ハエがブンブン100匹以上群がっている。オペ中の停電や断水は日常茶飯時でここの医師たちは慣れている。

限られた針や糸や鉗子などの機材で対応するしかなく、最低限の資材でさえない中で莫大な数の症例に対応している。

汗を振り乱して執刀するニジェェール産婦人科医に対して、「この手術室はヒドイ、これはダメだ」とは口が裂けても言えない。医師たちは懸命に診療に勤しんでいるのだ。

写真:産後出血にはルーチンでサイトテックの膣錠が使われている。サイトテックはアトニンとは違って冷蔵器具が必要なく保存でき便利なのだ。
私がもし医師でなかったら、アフリカのこの現状には出会わなかったかもしれない。

30歳の若い女性の子宮筋腫の手術も興味深かった。世界で黒人女性が最も子宮筋腫の罹患率が高い。しかも20cm以上の巨大筋腫だ。

女性2人の産婦人科医が主に執刀する。手慣れた感じで「今から面白いものを見せるよ!」と笑って言ってきた。

ザクザクと切っていき、途中で血液を吸引していき、ガガガガガガーーーッッっと音が鳴ったかと思ったら、「これ戦争みたいな音でしょ!ワハハ、ニジェールの吸引器はこんなにウルサイ音が鳴るんだよ、面白いでしょ!」と。思わず笑ってしまった。

実に楽しい職場だ。女性医師たちは皆んなユーモアあって、テキパキ動いてカッコいい。

写真:手術の際には使い回しの滅菌された布を患者にかけ、布で縛って身体を固定する

写真:手術中に血液が顔に飛び散って、看護師に拭いてもらっている
摘出した子宮筋腫は手術器械の台の上に無造作に置かれ、みるみるうちに筋腫は数十匹のハエで埋め尽くされた。致し方ない、手術室には扉がなく、野外と繋がっているのだ。

術中に停電になっても、かっこいい女性産婦人科医たちは明るい。笑いながら「こんなこと、日本では起こらないでしょう!」と。器械を準備する看護師が途中で退室してランチに出掛けても平気で執刀を続けている。

手術着も術野に広げる布も全て滅菌して使い回しする。限られたリソースを最大限に使う、これがニジェールのルールだ。

写真:手術室は扉がなく外からの埃が入る / 看護師がマスクなしで雑談しに入ってくる

写真:産婦人科医の休憩室には扉があるのに、手術室には扉がない笑
貴重な経験だった。私は、臨床医として医療環境改善および技術支援に尽力された故谷垣雄三先生の存在だ。谷垣医師は然るべき医療の末端現場の支援に力を注いだのだろう。

写真:2017年にニジェールの地で天に召された外科医の谷垣雄三医師、ニジェールの医療に果てしなく貢献し、今も彼の功績は語り継がれている
谷垣医師の偉大さを承知の上だが、医師となった今の私なら彼のとった行動が少し分かるような気がした。この人々のために何とかしたい、と。

写真:2018年にニジェール里帰りした筆者 
限られた資材や環境の中だと、臨床医たちの技術はそう簡単に向上するとは言い難い。事実、子宮筋腫や帝王切開の手術技法や設備環境なども、どれをとっても改善の余地がある。物資も限られている。

この国では年間5300名の褥婦が死亡する。つまり毎日14人がお産後に命を落としているのだ。この現実を目の当たりにして足が震えた。私には医師となった明確な目的があるのだ。

左写真:病棟の隅には壊れた超音波が放置されている / 右写真:針の分別は一応ちゃんとしている
ニジェールの人々と出会えて幸せです
ここ10年以上、国内情勢と治安が増悪したために青年海外協力隊の派遣がさし止めになっている。

「日本人の皆んながまたニジェールに戻ってきて欲しいな」と屈託ない笑顔で、ニジェールの友人たちが言ってきてくれる。

この里帰りで改めて確信した事は、ニジェールの人々はやはり愛おしくてたまらないということ。

写真:生まれて2週間ほどの赤ちゃん、1週間ほどでメラニン色素が生成される
異国で、しかも世界最貧国といわれる土地で長年援助事業に従事し、38歳でようやく医師となり、現在は産婦人科医として活動中。

稀有な人生だが、いろんな景色をみることが豊かだと感じるようになるには、正直時間はかかった。

しかし、傲慢を自覚しながらも考えるのは、そんな類稀な経験を得た医師が居てもいいんじゃないか。

女性が安心してかかれる婦人科を意識して、女性の健康を守りたい、今は単純に本気でそう思っている。大波に揺られた人生だからこそ、思いも強いのである。

写真:ガリンイッサンゴーナ村の少年たち。この写真は2001年に東宮御所にて天皇陛下と雅子皇后(当時皇太子殿下と妃殿下)御接見にてお見せさせて頂いた写真。ロバさん可愛いですね、と言って下さった。
profile
全国で展開する「婦人科漫談セミナー」は100回を超えました。生理痛は我慢しないでほしいこと、更年期障害は保険適応でいろんな安価な治療が存在すること、婦人科がん検診のこと、HPVワクチンのこと、婦人科のカーテンの向こう側のこと、女性の健康にとって大事なこと&役に立つことを中心にお伝えします。
藤田 由布
婦人科医

大学でメディア制作を学び、青年海外協力隊でアフリカのニジェールへ赴任。1997年からギニアワームという寄生虫感染症の活動でアフリカ未開の奥地などで約10年間活動。猿を肩に乗せて馬で通勤し、猿とはハウサ語で会話し、一夫多妻制のアフリカの文化で青春時代を過ごした。

飼っていた愛犬が狂犬病にかかり、仲良かったはずの飼っていた猿に最後はガブっと噛まれるフィナーレで日本に帰国し、アメリカ財団やJICA専門家などの仕事を経て、37歳でようやくヨーロッパで医師となり、日本でも医師免許を取得し、ようやく日本定住。日本人で一番ハウサ語を操ることができますが、日本でハウサ語が役に立ったことはまだ一度もない。

女性が安心してかかれる婦人科を常に意識して女性の健康を守りたい、単純に本気で強く思っています。

⇒藤田由布さんのインタビュー記事はこちら
FB:https://www.facebook.com/fujitayu
レディース&ARTクリニック サンタクルス ザ ウメダ 副院長
〒530-0013 大阪府大阪市北区茶屋町8-26 NU茶屋町プラス3F
TEL:06-6374-1188(代表)
https://umeda.santacruz.or.jp/

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