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小森 利絵
フリーライター えんを描く

おてがみじかん ライフスタイル 2022-05-18
余白に付け足す「はみだしお手紙」②

お手紙を書いている時、相手への思いや伝えたいことをいろいろと抱えているのに、文章として言葉にした瞬間に、それらをぎゅっとまとめて角をそぎ落としたような、「まるっとした言葉」になっていることがよくあります。

たとえば、「この間はお会いできて嬉しかったです!」「いろいろおしゃべりできて楽しかったです」「ほっとひと息タイムのお供にと思って選びました」など。あとで読み返しながら、時には書いている途中にも、「あぁ~また、まるっと一言でまとめてしまった」と反省することがよくありました。

「どうして、そう感じたのか? そう思ったのか?」という部分を具体的に書くことによって、そのお手紙の相手だからこその内容を書けたり、より気持ちや思いが伝わりやすくなったりすると思っているから。どうしたら具体的に書けるだろうと考える中で、私が試しているのが前回のコラムに書いた「はみだしお手紙」です。

「はみだしお手紙」とは、一通り書いた後に読み直して、「ここにはこういう思いや気持ちが含まれているんです」「ここを書いている時に、こんな出来事を思い出していました」といったことをはみだして追記していくというもの。今回は私が書いてみた「はみだしお手紙」を紹介します。このコラムを読んでくださっている“あなた”に向けてお手紙を書きました。
こんにちは! いかがお過ごしですか?

木々や草花の、緑が美しい季節になりましたね。“緑”と一言で言っても、勢いのよい生命力を感じさせるきらきらっとしたまぶしい緑があれば、日陰をつくり出すやさしい緑、生きていく深みを感じさせる緑、近寄りがたい妖しげな緑など、いろとりどりの緑があるなあと、毎年のことながら思います。おさんぽしながら、「あの緑はこんな緑だなあ」「その緑は…」と気になった“緑”を名付けていくことが、ひそかな私の楽しみです。

最近、どんな“緑”を見かけましたか?

私は! 赤い花を咲かせた木の葉の“深緑”。夕方だったから余計に渋みを感じて、赤い花のかっこよさを引き立てせる感じにしびれました。ちなみに、調べてみたら「ブラシの木」。確かに、花はまるで水筒洗浄用のブラシみたいな形でした。
新型コロナウイルス感染症による緊急事態宣言が初めて出たのは、2020年4月のことでした。それから約2年。今春から、コロナ禍以降お会いしていなかった方々と久しぶりに会ったり、誰かとじっくり会って話したりという機会が少しずつですが、増えてきました。
その中で印象的だったのは、「対話しませんか?」と声をかけてもらったことです。数年前に出会っていたものの、1対1でじっくりとお話ししたことがない方からでした。

私は人と会ったり話したりすることを苦手と感じています。家族や長年のつき合いのある友だち以外の誰かとお会いする時はいつも何かしら緊張してしまうほどです。「対話しませんか?」と声をかけてもらったものの、嬉しいと思った半面、緊張し過ぎて、日が近づくにつれてだんだんと憂うつにもなっていきました。

決して「誰とも会いたくない」わけではなく……頭の中で一人、あれこれシミュレーションし過ぎてしまう上、そのシミュレーションもうまくいかずに「どうしよう!!」と焦ったり、考え疲れてぐったりしたりしてしまうんです。
それが、その方と対話したことで、「自分と異なる他者と対話する、それだけで十分なんじゃないか」ということを体感させてもらえたんです。
対話のイメージとして、「結論や成果的なもの(楽しい、情報共有など)が必要」「退屈させてはいけない(=沈黙をつくらない )」というものが私の中にありました。また、思い出せる苦い体験がいくつもあって、人と会うこと、話すことを避けたい気持ちがずっとあったんです。そういう気持ちのまま、会って話していたので余計に、苦い体験が積み重なっていきました。

「自分には中身のあることが話せない」「相手の時間を無駄にしてしまう」というプレッシャーがありました…今も変わらず、まだあります。
 ―
その方とはお互いに、生い立ちなども含めてこれまでのこと、今や未来のことについて語り合い、聞き合って。こう思った、ああ思った、こんなことを感じている、こんなことを考えたなど、交わったり交わらなかったりしながら、とりとめもなく話せたんです。その時間を楽しめ、前向きになれた自分がいました。

その方はその時の対話のことを、どう思っているかはわかりません。でも、私の日常は確かに変わったんです。

日常の中で「そういえば」と思い出され、今もなお感じ思い考え続けています。まるで何かを編んでいるような感覚も。また、「対話とは何か?」を考えるために、ハウツー本&哲学本も同時進行で読書中! 「オープン・ダイアローグ(=開かれた対話)」というキーワードにもたどり着きました。
 ―
求めるものは人それぞれです。私が思っていたように「結論や成果的なもの」を求める人、重視する人はいるでしょう。それはそれでよくて、そうでなくてもよいのかなと思えました。人それぞれ、もっといろんな対話の楽しみ方をされているのだろうなと思えたんです。

私は今回、対話の楽しさを感じることができたので、少しずつでも苦手意識を少なくしていきたい、気持ちが変われば自然と楽しく対話ができるようになるんじゃないかな、それがひいては中身にもつながっていくのではないかななど期待して、前向きになれています。

対話することに対して前向きになれたのは、その方との対話が大きなきっかけですが。加えて、激しく世界が変化していく中で、気持ちが落ち込まないように、自分の中に流れ込んでくる情報量を絞ったり、ネガティブなことを思ったら、その反対のことを口に出して言ったりするなどしてきた日々の積み重ねもあるのかなと思います。
この春に気づいたこと、刺激をもらったこと、始めたことは何かありますか? また、教えてくださいね。それでは、また!

小森利絵より
はみだしポイントとしては、「憂鬱」「変わった」といった漠然とした内容について「その憂鬱な気持ちの正体は?」「どう変わったのか?」と掘り下げて具体的にしたり、「避けたい気持ち」「前向きに」といった意識や行動の背景にあるものを追記したりしました。また、追加で伝えたくなったことも余談として追記しています。

そうする目的は、お手紙を読んでくれている相手と、より気持ちや思いを共有し合うためです。具体的にしたり背景にあるものを書いたりすることによって、書き手と読み手の互いにそれぞれの違いや異なり、似ているところを感じて深まっていくものがあるのではないかなと思うから、そうしました。

こうしてはみだし部分を書いてみて気づいたことは、相手に気持ちや思いを伝えるために具体的な言葉にしていく過程で、自分自身も自分の気持ちを確認できるということです。

自分自身が自分の気持ちや思いに気づいたり深めたりするなら、お手紙ではなくて日記でいいのではないか、ただの自分語りになっているのではないかと思われるかもしれませんが、日記とお手紙ではできることが異なるのかなと、私は感じています。

お手紙は自分以外の誰かに伝えるためのツールであり、自分以外の誰かに伝えたい気持ちが根本にあるものです。自分以外の誰かに伝えるためには、どう表現するといいのかなどの試行錯誤が生まれるので、その過程で引き出されるものがあります。

また、お手紙は「自分はこんなことを思っている」「自分はこんな気持ちだ」という自分語りで完結しないとも思っています。今回お手紙の中で書いた「対話」と同じで、書き手の気持ちや思いを読んで、読み手自身も感じたり思ったり考えたりと心が動きます。また、今度は読み手が書き手となって返事を書いてというやりとりが続くから、自分語りのようであっても双方向性のあるツールだと思うんです。
profile
レターセットや絵葉書、季節の切手を見つけるたび、「誰に書こうかな?」「あの人は元気にしているかな?」などアレコレ想像してはトキメク…自称・お手紙オトメです。「お手紙がある暮らし」について書き綴ります。
小森 利絵
フリーライター
お手紙イベント『おてがみぃと』主宰

編集プロダクションや広告代理店などで、編集・ライティングの経験を積む。現在はフリーライターとして、人物インタビューをメインに活動。読者のココロに届く原稿作成、取材相手にとってもご自身を見つめ直す機会になるようなインタビューを心がけている。
HP:『えんを描く』
 
『おてがみぃと』
『関西ウーマン』とのコラボ企画で、一緒にお手紙を書く会『おてがみぃと』を2ヵ月に1度開催しています。開催告知は『関西ウーマン』をはじめ、Facebookページで行なっています。『おてがみぃと』FBページ

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