藤田 由布 婦人科医 レディース&ARTクリニック サンタクルス ザ ウメダ 生理痛は我慢しないでほしいこと、更年期は保険適応でいろんな安価な治療が存在すること、婦人科がん検診のこと、女性にとって大事なこと&役に立つことを中心にお伝えします。 |
とある産婦人科クリニックでの「 困った事件簿 」 |
医療者なら誰しも定期的にヒヤヒヤする「珍事」に遭遇するのが常。
特に産婦人科領域は「珍事」に遭遇することが多い。 医師も、看護師も、技師も、受付スタッフも、産婦人科診療に携わる医療者はみんな、患者さんから罵声を浴びせられることがある。 明らかに医療者側に非がある場合は、非を認め平謝りする。 しかし、なぜ怒鳴られているか本当に理解に苦しむ理不尽な状況が多々あるのが事実。 患者さんはみな病状に対する不安な気持ちや動揺してしまう心情を抱えており、医療施設は特殊な環境なんだと、私たちも重々に承知している。
だからこそ私たち医療者も全身全霊で患者さんに寄り添い、困難を乗り越えるためにサポートしたいと心底思って診療にあたっている。 綺麗事でなく、これは本心だ。 このコラムでは、産婦人科ならではの「非常に特殊な珍事」の一コマをご紹介したい。 これらの事象は、私たちが医療者は何百回も同じことを繰り返している。しかし、真の正解がよく判らないのだ。 熟練を重ねても、私たち医療者も人間。 患者さんの心情に寄り添うごとに、却って墓穴を彫ることもある。 これが、産婦人科現場の実際なのだ。 ※ここに記すのは複数の産婦人科クリニックでのことであり、私が今勤務するクリニックでの事ではありません。医療職以外の他職種の方々にも参考になるのではないだろうかと思います。 俺もクラミジアってことか!?
性病検査の結果が、クラミジア陽性の女性患者。
抗生剤を処方して、「女性だけが治癒しても、これは性感染症なので、パートナーが治療しなかったら感染がまた繰り返してしまう、これをピンポン感染って言うのです。一緒に治療してくださいね。」 これは婦人科外来では必ず伝えること。 ここで、婦人科あるあるが勃発。 パートナーの男性がクリニックに突然電話をかけてきて「俺が彼女にクラミジアうつしたって言いたいのか!」と怒鳴る。 「あなた一体、だーれ?」(と、心の声が出てしまいそうになる) 巻き舌で電話口で何度も怒鳴る厄介な男。 受付スタッフが電話対応に追われ、この男のせいで混み合った診療も受付も中断される。 我々医療者側の本音は、「いや、お前が感染源かどうか、こっちは知ったこっちゃねえ」。 育ちが悪い私が表現するとこうなるが、受付スタッフ達は丁寧に受け答えしている。 事実、クラミジア感染源を特定するのは不可能である。完全に正確な男女の性行為の履歴なんて、我々には知る由もないからだ。 あなたが感染源と断定できる科学的根拠も示せないし、患者さんが誰との性行為で感染したのか、我々には知り得ないのだ。 ただ言えることは、思い当たる節があるパートナーも同時に治療しないことには、また感染してしまう、ということ。 怒る前にちゃんと前向きに治療しよう、心底これだけだ。 私の旦那が浮気してるってことなの!?
淋菌(gonorrhoeae)のPCR検査で「陽性」の女性。
「パートナーも一緒に治療しましょうね」と、感染機序や治療法などを伝えたら、その数秒後に血相変えて「え!なに!じゃあ私の夫が浮気しているってことなのね!!」と私を睨みつけてくる。 あなたの旦那が浮気しているか、していないかは、私は知らん。を、言葉丁重に説明する。 多分、浮気してる(これは言わなかったが)。 淋病(淋菌)は性行為でしか感染が成立しないのは事実。潜伏期間は2〜7日。 震える気持ちは理解できる。 ただ、それより、今は治療しよう。完治しよう。 自分の身は自分で守らなければならないが、互いに治療しないでいると何度も感染してしまい、放置すると不妊症や子宮外妊娠になってしまう。 コンドームでの防御は感染率を3%以下まで下げれるが、完璧ではない。 しかし、婚姻関係にある夫とのセックスで感染症を気にせねばならない、とは気の毒だ。 とはいえ、100%性病をうつされるよりかはマシである。
一通り必死に説明しても、「私の旦那が浮気してるってことなのよね!」と言って、医師と看護師を交互に睨みつけてくるではないか。 夫婦のことは、ぶっちゃけ我々には知りようも無い。 感染源は証明できないが、とにかく、ちゃんと治療しよう。 同時に私はいつも思う。学生時代から性教育を受けていない日本の若者も被害者なのかもしれない、と。 アメリカ人の友人から言われたことが痛感だ。「日本ってさ、小中高で性教育の時間って合計1時間位なんだってね。学生時代から性教育をちゃんと受けていないなんて考えられない」と。 日本の若者も、ある意味この国家の犠牲者なのかもしれない。 うちの彼女がピル飲んでるかどうか教えろ!
これも、たまにある。
通院している女性患者の彼氏が突然電話してくる。 「うちの彼女○○という名前なんだけど、そちらに通院していますよね!」 受付スタッフは当然のことながら「個人情報だから御答え出来かねません」。 慌ててスタッフがカルテを確かめると、彼女のカルテには患者から聞き取りした問診内容が記載されており、 「ピルを内服したら彼氏が卑猥な女だと言うので、彼氏にはバレずに内服したい」と患者の訴えが記載されていた。 DV男の典型例ともいえよう。 性教育を受けていない日本男児に多い「ピルは卑猥という都市伝説」。 男は「本当のことを言え!」と大声でわめき、挙げ句の果てに電話をブチっと一方的に切ってきた。 受付スタッフがボソっと一言「最近、訳のわからない男に電話口で怒鳴られる事多いんですよね・・・」。 診療時間内にこれが度々起こるのだから、診療妨害とも言える事象なのである。 私の彼氏は浮気などしません!!
既婚者の女性がクラミジア陽性。
「この6年間、私は夫としかセックスしていないんですよ!」 「まあ、でも、検査で陽性とでたので治療を優先しましょう」 「私の夫は、浮気なんてしません!絶対に浮気なんてしません!!」と大泣き。 この続きの応答の正解を、誰か教えてください。 くそっ、アイツかっ!!!
淋菌陽性の女性。
「くっそーーーー!アイツか!」 どうやら、ゆきずり一晩の相手からうつされた、と悟ったのだろう。 「お相手にお心当たりがあるようですね。今後もお付き合いを考えている人ですか?」 と気遣って尋ねると、 「いいえ、アイツとは絶交じゃーーー!」の雌叫びが院内に響き渡る。 これを、一件落着と言っていいのだろう。 赤ちゃんの父親は誰なの!!
妊娠6週の女性。
「実は、同じ日に2人と性行為をして、どっちの相手が子供の父親か分からない」と。 本命の彼氏と喧嘩した日、自暴自棄になり元彼とセックスしてしまった。 その数時間後、自己嫌悪に苛まれ、本命彼氏に申し訳ない気持ちになり、本命彼氏ともセックスした。 この数時間の差。どっちの精子がヒットしたかなんて産婦人科医にも分かる術がない。 同じ日に彼氏と元彼と2人とヤッてしまい妊娠が成立してしまうなんて・・・ 結局、妊娠7週でDNA検査をして、本命彼氏の精子がヒットしていたことが判明。 めでたしめでたし・・・と言って良いんですよね? 腟におもちゃを入れられて、取れません・・・
「性欲が止まらないんです、どうしたらいいんですか」が主訴の40代後半の女性。
こういった性に関するご相談は割と多く、これは悪いことではない。 しかし、この続きがある。 「夫が相手してくれないから元彼とセックスしたのですが、おもちゃが腟の奥に詰まって取れないんです」と。 止まらない性欲よりも、こっちが問題だ。異物を腟の残したままだと感染源になりかねない。 腟の奥からゼリー状の何かの破片がでてきた。 後日、この女性が「お尻が痛いんです」と。外陰部がヘルペスの水疱が散在して、潰瘍になっている。 こりゃいかん。 性欲が旺盛なのは素晴らしいことだが、感染症対策はしっかりせねば。。。 警察もグルなんです!
これはホントに参った昔の症例。
「夜中、寝ている間に誰かが家に侵入してきて、寝てる私の腟に何かを詰めてきたのです。」 と焦って話す50代女性。 とりあえず、診断書が欲しいの一点張り。何の目的なのか・・・ 警察に連絡したのですか?と尋ねても、「警察も、犯人とグルなので、誰も信用できません!」と。 警察もグルだと信じきっている人には、何を言っても通じない。 膣内に違和感を感じているようだったので、診察しても、何も異常所見が見当たらない。 もしかしたら、更年期特有の萎縮性膣炎かと疑ったが、そんな所見もない。 何も異常がないので診断書は書けないと伝えたら、激怒された。 挙げ句の果てに「どこの婦人科に行っても、精神科に行けって言われるんです!」ときた。
だろうな・・・。 混雑した婦人科診療で、一人に何時間も割く事は難しい。 どうしてあげたら良かったのか、何年経っても悔やまれる。 性病を繰り返す70代女性
70歳女性。毎月のようにクラミジア、淋菌、ヘルペスといった性感染症を繰り返している。
小声で「夫が元気なんです・・・」と。この女性が悪いのではない。 よそで性病をもらって帰っては、妻に感染させ続ける。 困った土産物だ。 今の時代、高齢者にも性教育が必要なのだ。 全身にカッター切り傷だらけのDV被害者
淋菌に感染した若い女性。
全身あざだらけ、外陰部にはカッターの切り傷。 Tシャツから出た肩と腕にも青あざがある。 明らかに暴力を受けた傷跡がある女性には、相談できる窓口の情報を必ず提供する。 もちろん我々医療者もDV被害者には真剣に向き合う。 その女性が抗生剤点滴をしている約20分間、その女性の電話はずっと鳴っている。 怯える女性。暴力男からの電話だろう。 私の患者さんでDVや性暴力被害にあった女性は警察には通報しない。 警察が頼りになったためしがなく、むしろセカンドレイプの被害になることを恐れているからだ。 このような女性が速やかに逃げ込めるシェルターが必要だ。 時間外に来て「今、診ろ!」と怒鳴る女性
診療時間外に突然来院し、「今、診察して欲しい!」と受付で駄々をこねる。
仕方ない、診るしかないが、毎回おなじ人がこれを繰り返す。 悲しいかな、我々医療者は、患者さんの利益を最大限に考える生き物だ。 嫌がらせなのか、腹いせなのか、困った人がクチコミに無茶苦茶を書き込むことが多い。 言われようの無い陰湿な誹謗中傷を書き込まれるのが多い。 何十分も時間をかけて患者の話に傾聴しても、後日その患者から「先生にはもっと話を聞いて欲しかったのに!」と苦情メールが届くこともある。 患者さんの行き場のないストレスを、抵抗できない医療スタッフが全面で受ける。これを「寄り添い」とするなら、違和感さえも感じる時もある。 ストレス社会の軋轢に対しては、今も昔も我々医療者は丸腰なのである。 「不妊症は妻のせい」と言い張る男
精液検査で受診した男性。
検査結果は、精液に全く問題なかった。 精子濃度、運動率、奇形率、白血球数など細かく調べて、悪い所見は無かったことを伝えたら、 「じゃあ、僕が原因ではなくて、妻の方が不妊の原因ってことですよね」 こう言った男性がいた。 いちから再度、不妊の原因について説明をし、男性と女性は半々の原因があり、どちらが原因とは断言できない場合がある旨も説明する。 20分間くらい時間を割いても、最後に「でもやっぱり不妊の原因は妻の方ですよね」と繰り返し聞いてくる男。 降参。 虚偽の傷病手当の申請は許しません
妊娠初期でハワイ旅行に行った妊婦さん。
1週間仕事を休んだらしい。この期間の診断書を書け、と。仕事を休んだ期間の傷病手当が欲しいから、と。 こういう人がいると、本当に残念な気持ちになる。 私たち保険診療を行う医師は、絶対に虚偽の証明書は許しません。発行しません。 そして、この妊婦さんは自分のことを棚に上げてSNSのクチコミに「ここの産婦人科は傷病手当も出してくれない」と書き込んだ。 勝手にしてくれ。 どんな仕打ちにあっても、私たち医師は虚偽の診療は絶対にしません。 怒鳴る患者さんにも理由がある
このコラムで書いたような珍事がいつも起こっている訳ではありません。あくまでも一例です。
どんな人でも、落ち込んだり過度なストレスで情緒が乱れる時がある。 産婦人科は、女性の喜怒哀楽が最も詰まった「生きる現場」でもある。 流産、不妊、切迫早産、悪阻、癌、望まない妊娠、思いがけない疾患、長く続く治療、、、 誰にも相談できない環境で、我慢を続ける女性。 「ストレスは溜めないで」こんな月並みの言葉は通用しなくて当然。本当に辛い時は、なんでもぶつけてくれてもいいんです。 とはいえ、理不尽な珍事が続くと私たち医療者も心が疲れますが・・・ ただ、どんな苦難や珍事件があっても、それでも私は、なんでも相談してほしいという姿勢は一貫しています。 なぜなら、私は常に女性の味方ですから。 |
藤田 由布
婦人科医 大学でメディア制作を学び、青年海外協力隊でアフリカのニジェールへ赴任。1997年からギニアワームという寄生虫感染症の活動でアフリカ未開の奥地などで約10年間活動。猿を肩に乗せて馬で通勤し、猿とはハウサ語で会話し、一夫多妻制のアフリカの文化で青春時代を過ごした。 飼っていた愛犬が狂犬病にかかり、仲良かったはずの飼っていた猿に最後はガブっと噛まれるフィナーレで日本に帰国し、アメリカ財団やJICA専門家などの仕事を経て、37歳でようやくヨーロッパで医師となり、日本でも医師免許を取得し、ようやく日本定住。日本人で一番ハウサ語を操ることができますが、日本でハウサ語が役に立ったことはまだ一度もない。 女性が安心してかかれる婦人科を常に意識して女性の健康を守りたい、単純に本気で強く思っています。 ⇒藤田由布さんのインタビュー記事はこちら FB:https://www.facebook.com/fujitayu レディース&ARTクリニック サンタクルス ザ ウメダ 副院長 〒530-0013 大阪府大阪市北区茶屋町8-26 NU茶屋町プラス3F TEL:06-6374-1188(代表) https://umeda.santacruz.or.jp/ |
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