夜市(恒川光太郎)
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![]() 幻想的で哀しいホラー 夜市
恒川光太郎(著) 恒川光太郎さんの作品を読むのは初めてです。
『夜市』は恒川さんのデビュー作で、 2005年(平成17年)第12回日本ホラー小説大賞を受賞しています。 『夜市』『風の古道』の二作品を収めて角川書店から出版されています。 このコラムでは二つの作品のうち、表題となった『夜市』をご紹介します。 いずみは大学2年生。高校時代の同級生だった裕司の家に招かれた。
裕司は高校時代野球部のエースとして活躍し、2年生の時には甲子園にも出場した。 晴れ舞台に立った裕司は、その年の秋、高校を中退してしまった。 いずみは裕司とさほど親しくなく、彼が退学した後も交流があったわけではなかったが、昨年アルバイト先のレストランで偶然一緒になり、話すようになったのだ。 誘われて裕司の家に行ってみると他に招かれた人はおらず、いずみと裕司の二人だけだった。 このまま二人で音楽でも聴いてまったり過ごすのかと思っていたら、裕司が「夜市に行こう」と言い出した。 ”夜店”ではない。”夜市”だ。 "夜市”はいつでも開催されているわけではなく、また今度行こう、というわけにはいかないらしい。 このまま二人きりで家にいて、気まずい雰囲気になる可能性もあると考えた いずみは深く考えず裕司に連れられて夜市へ出かけた。 (恒川光太郎さん『夜市』の出だしを私なりにご紹介しました。) まず冒頭では、いずみを夜市に誘った裕司がどんな人物なのか軽く触れられています。
高校時代野球部だった、しかもエースとして甲子園救助で活躍したとのこと。 高校時代、裕司と仲が良かったわけでもない いずみですら、甲子園のマウンドに立つ裕司の眩い姿を記憶しています。 それなのに裕司は甲子園出場の後、高校を中退しています。 これからプロへの道もあろうかという高校球児がなぜ? 多分、読者は皆そう思うはず。私も思いました。 いったい裕司に何があったのか、その辺りについては、何も書かれていません。ただ、現在の裕司は学校どころかアルバイトもしていないとだけ書かれていました。 著者はこの段階ではわざと、読者が裕司の身の上よりも夜市というものに惹かれるよう仕組んでいるように感じました。 裕司といずみが夜市に入ってしまうと、読者は不思議な夜市に惹きつけられてしまうのです。 夜市で店を構えているのは人ならぬ者。妖怪と思っても差し支えないでしょう。 店頭には、あらゆるものが売られています。 中には、そんなものいったい何に使うんだ、と思うものも。 とにかく夜市では「望むものなら何でも手に入る」とのこと。それは、形のないものも含みます。 私の脳内に浮かぶ夜市のイメージはジブリ映画の「千と千尋の神隠し」に通じるものがありました。 同時に、子どもの頃夜店に感じた楽しさと恐怖のようなものも思い出されてくるのでした。 夜店は一見明るいのですが、オレンジ色の灯りが届かない暗いところに何かがひそんでいるようで、幼い頃の私は夜店が好きでもあり、恐れてもいたのでした。 夜市では店主が妖怪なのですから、なおのこと不思議であり、面白くもあり、そして怖いのです。 裕司といずみは、かなり長い間、いろいろな店先を見て回ります。 が、夜市のルールが明かされたあたりから、不穏な感じになってきます。 いろいろなルールから一つだけ紹介しましょう。 それは「何か買い物をしない限り夜市から出ることはできない」というもの。 このルールを知った時、いずみに不安がよぎります。 お財布に2,000円しか入っていないのです。 そして夜市の品物はどれもこれも高価です。 ひやかすだけなら楽しいけれど、妖怪の市から出られないなんて考えたくないことです。 また、裕司が小学生の頃、一度夜市に来たことがあることもわかってきました。しかもその時の裕司は親と一緒ではありませんでした。 何か買わない限り夜市からは出られないのがルール。 だとしたら小学生の裕司は何を買ったのでしょう? こどもの裕司は夜市で買い物できるだけのお金を持っていたのでしょうか? ホラー小説というジャンルではありますが「ぎゃー怖い!」という場面はほぼありません。 何かがおかしい、このあとどうなるの?と 、ヒタヒタと迫ってくる感じの怖さです。 そして驚くことがもう一つ。 『夜市』は、話の内容が前編後編、二つの部分に分かれておりまして、後半で心の底から驚く展開がありました。 第12回ホラー小説大賞の審査員の先生がたが揃ってその展開を絶賛されています。 最後のページを読み終えた時、私の心の中に残ったのは哀しみでした。 心が閑かになり、ひそやかな哀しみがやってきたのです。 まさかホラー小説を読んでこんな気持ちになるなんて。 全力でお勧めしたい作品です。 ちなみに『夜市』は第12回日本ホラー小説大賞を受賞した同年、第134回直木賞にノミネートされています。 第134回直木賞を受賞したのは東野圭吾さんの『容疑者Xの献身』。 もし別の回のノミネートだったら直木賞も受賞できていたかもしれない、と思います。 【パーソナリティ千波留の読書ダイアリー】 この記事とはちょっと違うことをお話ししています。 (アプリのダウンロードが必要です) 夜市
恒川光太郎(著) KADOKAWA 妖怪たちが様々な品物を売る不思議な市場「夜市」。ここでは望むものが何でも手に入る。小学生の時に夜市に迷い込んだ裕司は、自分の弟と引き換えに「野球の才能」を買った。野球部のヒーローとして成長した裕司だったが、弟を売ったことに罪悪感を抱き続けてきた。そして今夜、弟を買い戻すため、裕司は再び夜市を訪れたー。奇跡的な美しさに満ちた感動のエンディング!魂を揺さぶる、日本ホラー小説大賞受賞作。 出典:楽天 ![]() 池田 千波留
パーソナリティ・ライター コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。 BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」 ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HP/Amazon
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