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優しい死神の飼い方(知念実希人)

一生懸命生きるのみ

優しい死神の飼い方
知念実希人(著)
まずは「優しい」と「死神」、ミスマッチな単語が並ぶタイトルに惹かれました。

次に思ったのは、死神って飼うものだっけ?ということ。

そのあたりは小説が始まってすぐに解明されます。


この小説の語り部は「死神」です。

死神というと黒いフード付きのマントを被った骸骨が、大きな鎌を持って瀕死の人の枕辺に立っている様子を思い浮かべてしまいますが、この「死神」はそれを否定しております。

「死神」は高度な精神的存在であり姿形を持たないのだそうです。


そして「死神」は「我が主」様にお仕えしていて、仕事は魂の道案内。

人の死に立ち会い、肉体から解放された魂を回収し、我が主様のところに導くことです。

人に死を与えたり、死期を早めたり、逆に延命することなどは許されていません。

そのあたりがいわゆる「死神」と違います。


ですが、亡くなった人の魂が皆、素直に「死神」に案内されていくとは限りません。

現世に強い未練を持って死んだり、理不尽な死を遂げた魂は、「死神」について行こうとせず、地縛霊となるのです。

地縛霊となった魂は、いずれ劣化して最後は消滅します。


担当した魂が回収されずに消滅することは、「死神」にとって非常に不名誉なこと。

この小説の主人公である「死神」は、最近どうも魂の回収成績がふるいません。

その罰として、とうとう地上に遣わされることになりました。

人間に近いものとして存在し、地縛霊になりそうな人の未練を断ち切る手助けをするようにとのこと。

そのためにゴールデンレトリバーの姿形を与えられ地上に送り込まれました。

「死神」にとっては左遷にも近い待遇です。


季節は真冬。雪の中に出現させられてしまった「死神」は、凍死一歩手前のところを一人の女性に助けられました。

菜穂というその女性は、ホスピスに勤めている看護師で、「死神」をそこで飼えるように取り計らってくれます。住むところや食べるものを与えてくれた菜穂は、「死神」にレオといいう名前も授けてくれました。もちろんレオが「死神」であることは知らずに。


地縛霊になりそうな人、つまり現世に未練を持つ人からは、「死神」にだけわかる独特な臭気が漂います。レオはホスピスでその臭気を嗅ぎ分け、その患者の未練を解き放つ手伝いを始めるのでした……


レオになってからの初仕事の相手は老人でした。

老人は戦時中に死に別れた恋人のことで、ずっと心に傷を負っていました。

老人の記憶に分け入り、彼の傷が思い違いによって生まれたことを解き明かすレオ。

その後も、そのホスピスにいる地縛霊予備軍の未練を解いていきます。


これは優しい「死神」レオが、さまざまな患者の心の傷やわだかまりを解いていく短編集なのだなと思いましたが、そうではありませんでした。

そのホスピスの成り立ち、建物の由来や、入院患者それぞれの間につながりがあることが徐々に明らかになってきます。

そして最後には、登場人物全てを巻き込む大きな謎の解明があります。

それに伴った手に汗握る展開も。

私にとってはこういうミステリもあるのか、という新鮮な驚きでした。


面白く読めるとはいえ、この小説の根底に流れているのは「死」です。

誰もがいつかは必ず死ぬからこそ、心残りがないように今を生きることが大事であることが終始一貫していました。

ホスピスで緩和ケアを受けている患者さんですから「どうせもうすぐ死ぬのだ」と、やけになる場面も当然あります。

でも、そもそも健康そうに見える人にだって明日があるかどうかはわかりません。病気の有無に関わらず、誰もが今を一生懸命に生きるべきなのだという祈りのようなものが小説の中に織り込まれているように感じました。

それは著者の知念さんが医師であることに無関係ではないと思います。


読後、ドイツの神学者マルティン・ルターの「明日世界が終わるとしても、わたしは今日、リンゴの木を植える」という言葉を思い出しました。

ちなみに『優しい死神の飼い方』は「優しい死神」シリーズの第一弾で、続編があるようです。
優しい死神の飼い方
知念実希人(著)
光文社
犬の姿を借り、地上のホスピスに左遷…もとい派遣された死神のレオ。戦時中の悲恋。洋館で起きた殺人事件。色彩を失った画家。死に直面する人間を未練から救うため、患者たちの過去の謎を解き明かしていくレオ。しかし、彼の行動は、現在のホスピスに思わぬ危機を引き起こしていたー。天然キャラの死神の奮闘と人間との交流に、心温まるハートフルミステリー。 出典:楽天
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」

パーソナリティ千波留の
『読書ダイアリー』

ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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