私は大学卒業後、コンピュータ関連の会社に就職し、
1ヶ月の新人講習を終えたとたん、残業につぐ残業でへとへとでした。
毎日帰宅して、晩御飯を食べながら見るテレビ番組は
プロ野球ニュースか大相撲ダイジェスト。
お風呂に入ったらもう寝るだけ。
寝たと思ったらもう朝で、また会社へ。
睡眠不足と疲れで
「ビエーン。もう会社辞めたい!!
朝早く家を出て、帰宅するのが真夜中。
なんのために働いてるんだか!
これじゃあ働くために生きているみたいやん。
私は自分のために(自分が成長するために)働きたいのにぃぃ!」
と自宅で、わんわん泣いたことがありました。
今振り返ると、なんとまぁ未熟だったことよ。
もしもタイムスリップして自分に会うことができるなら
「もうちょっと頑張れ。一つをやりきれば、必ず次の展開があるよ」
と教えてあげたいワ。
さて『鉄の骨』の主人公、富島平太。
長野県から東京の大学に進学し、
そのまま東京の大手ゼネコンに就職した。
入社三年目、建設現場で経験を積み、
ようやく仕事が面白くなってきたときに異動発令を受ける。
異動先は業務課。
実は影で「談合課」と揶揄される部署で
仕事内容は、公共事業などを請けること。
今度の地下鉄工事受注が会社の存亡に関わる、と知った平太。
同時に、談合が必要悪としてまかり通っている現実に直面する。
少しでも自社に有利になるようにと、
大学時代からの恋人で銀行勤めの恋人 萌から
顧客情報を聞き出そうとして 気まずい思いをしたりも。
さまざまな試練を乗り越え、平太は成長していく…
この小説、著者 池井戸潤は最初『走れ平太』というタイトルを
考えていたそうです。
確かに、爽やかな男子 平太の成長譚ではあるのですが
『走れ平太』ではまるで『サラリーマン金太郎』みたい。
ちょっと無骨な『鉄の骨』で正解だと私は思います。
談合など、社会問題を盛り込みながら
たくましく成長する平太の姿を真ん中に据えているのが
とても清々しい。
私が一番、いいなぁと思った場面は、
関東一円の大口工事の調整役で
「天皇」と呼ばれる大物フィクサーと
平太がサシで焼酎を飲みながら語り合う場面。
二人の会話が深いのです。
「天皇」が語ります。
”その人がいないと会社が回らない”なんてことは
サラリーマンの世界ではほとんどない、
ポストが空けば、すぐに代わりの人間が現れるものだ、と。
では、サラリーマンは部品で、いくらでも代わりがきくのか、と問う平太。
すると「天皇」が言います。
そうだ、と。
サラリーマンは部品だと。
ただ、それは仕事の上だけの話で、同時に人間であることを忘れてはいけないと。
人間であることを忘れたとき、ただのつまらない部品になってしまう。
また、そうなるとその部品は腐ってしまうことが多く、
部品が腐ると、組織も腐ってしまう、と。
規格どおりのしっかりとした部品として組織を支えることは
意外と難しいのだよと「天皇」は平太に語るのでした。
うーむ。
この話を新人時代に聞きたかったぞ。
自分のなすべき仕事もよくわからないままに
「歯車なんかになりたくない!
やりがいのある仕事をしたいの!」と吠えていた私に聞かせたい。
ちょっと綺麗事すぎる気もするけれど
目の前の仕事にまず一生懸命に取り組むこと、
それが一番大事なことだと平太が教えてくれる、読後感の良い小説でした。
池井戸潤らしく、
萌との恋の行方、
ちょっと嫌なライバルの存在、
頼りのなる先輩など、適度なスパイスも効いています。 |