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たまごの旅人(近藤史恵)

旅が人を成長させてくれるかも

たまごの旅人
近藤史恵(著)
『たまごの旅人』は、堀田遥という女性が主人公の短編集です。
堀田遥は、外国語大学を卒業後、旅行添乗員として働き始めた。

遥は子どもの頃から遠い世界、外国に憧れていた。中学高校時代は、しょっちゅう外国に行くクラスメートが何人かいた。家族や親戚が海外に住んでいるのだとか。遥自身は、家族で台湾旅行に行ったのが唯一の海外体験で、クラスメートのことがとても羨ましかった。

遥は外国への憧れを捨てず、外国語大学に進学。英語とスペイン語はそこそこ話せるようになった。とはいえ、外国に移住したり外国で働きたいとまでは思わない。

海外旅行の添乗員であれば、日本に住みながら仕事であちこち海外に行けるではないか。なんと自分にうってつけな仕事だろう。

実際に入社試験を受けるときになって、添乗員のほとんどは派遣社員だと知ったが、それでもいいと思った。大好きな海外、大好きな旅行を仕事にできるのだから……。
(近藤史恵さん『たまごの旅人』の主人公を私なりにご紹介しました)
収められた短編は5つ。

堀田遥の初仕事から、順番に5つの旅が収められています。

それぞれのタイトルと、旅行先をご紹介しましょう。

1st trip たまごの旅人 アイスランド
2nd trip ドラゴンの見る夢 スロベニアからクロアチア
3rd trip パリ症候群 フランス
4th trip 北京の椅子 中国
5th trip 沖縄のキツネ 沖縄
(青字部分は目次より引用)

誰にでも初めてということがありますが、遥の初仕事はアイスランド。

遥自身は行ったことがない国で、事前準備は全て資料を丸暗記したものばかり。

現地に行ってみないとわからないこともあるし、ツアーのお客さんがどんな人なのかも旅に大きく影響します。


それでもなんとかプロの添乗員として、できる限りのことをした遥。

2度目以降も行く先々で色々な問題にぶつかったり、個性的なお客様に悩まされたりします。

ここでは4番目の旅「北京の椅子」をご紹介しましょう。


旅行、特に飛行機による海外旅行でたまに聴くのが「ロストバゲージ」。

空港で預けた荷物が行方不明になることです。

遥は4度目の業務、中国行きでそれを体験します。


ロストバゲージ‼︎

もし自分が海外旅行に出かけて、荷物が行方不明になったら途方に暮れてしまいそう。

幸い私は体験したことはありませんが、話には聞いたことがあります。

時々起こりうることなんですね。

こういうことも想定して、遥自身は荷物を全部機内に持ち込んでいました。

どんなに用心してもロストバゲージは起こるのだから、添乗員は仕事に支障がないようになるべく全てを機内に持ち込むようにしているのですって。


ただ、ツアー客にそれを勧めないのには理由がありました。

まず、機内持ち込みの条件をちゃんと把握出来ていないお客様が多いこと。

例えば、液体は100ml以下の容器に入っていなければいけませんが、化粧水など日頃使っているものをそのままトランクに入れて持ってきている人が多いのです。また、刃物も機内に持ち込むことはできません。

ロストバゲージを恐れてお客様に荷物を機内に持ち込んでもらうと、そういったことのチェックに手間がかかる場合があります。

また、搭乗手続きがスムーズにいかなかった場合、すでに機内の荷物置き場が先客の荷物で埋まってしまっている場合もあります。


そんなことで、ツアー客には荷物を貨物室に預けてもらったわけですが、中国ツアーでは恐れていたことが現実になりました。


もちろん、みんな戸惑います。

とはいえツアー参加者のほとんどは、それが遥のせいではないことを理解してくれます。

どこか別の場所に運ばれてしまった荷物が手元に戻ってくるまで、当座必要なものを現地のスーパーマーケットで買い物することも、了承してくれました。

ただ、ロストバゲージについて遥に文句を言いたい人もいます。

この旅行に一人で参加していた男性客は不満を露わにするだけではなく、遥が一枚噛んでいるのではと勘繰りさえするのです。自分だけ荷物を全部機内持ち込みにしていたのが怪しい、と。


一時が万事という言葉があります。

一人文句を言っていた男性客は、他のことにも何かと文句や愚痴を言います。

周囲の人が嫌な気分になっていることなど気がつきません。

あー、こういう人いるなぁ、嫌だなぁ、と、小説の世界のことなのに、私まで嫌な気分になりました。

そして、こういう人に限って、自分の準備不足でトラブルを発生させるのですよ。

あー!!腹がたつ!


しかしそんな人でも遥にとってはお客様。他のお客様はもちろん、その人にも最後まで旅を楽しんでほしいのです。

文句ばっかり言って、嫌な人のように見えるけれど、何か事情があるのかもしれないと考えます。

先入観を持たずに、素直に話を聞いてみました。

すると、その人もぼそっと素直な気持ちを話してくれました。


パッケージツアーで一緒に旅行した人とは一期一会。

旅行が終わったらおそらく二度と会うことはないでしょう。

だから事情を話せたのかもしれません。


嫌なことばっかり言っていたその男性が、本当に自分の欠点を克服できるのかはわかりません。

ただ、自分の欠点に気がつくことができたことは大きな一歩だったのではないかしら。

そういう意味では旅が人生の転機になったり、人を成長させてくれることがあるのかも知れません。


そして遥も、旅を終えるごとに添乗員として成長していきました。

ところが、世界中を巻き込んだコロナ禍に突入します。

旅行業界がどうなったかはご存知の通り。

5話目の「沖縄のキツネ」はまさにコロナ禍真っ只中のお話。


旅先の景色や食べ物の描写が楽しい上に、つい数年前まで私たちも巻き込まれたコロナ禍の「仕事」についても身近に感じられた『たまごの旅人』でした。
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たまごの旅人
近藤史恵(著)
実業之日本社
念願かなって海外旅行の添乗員になった遙。風光明媚なアイスランド、スロベニア、食べ物がおいしいパリ、北京…異国の地でツアー参加客の特別な瞬間に寄り添い、ひとり奮闘しながら旅を続ける。そんな仕事の醍醐味を知り始めたころ、思わぬ事態が訪れてー。ままならない人生の転機や旅立ちを誠実な筆致で描く、ウェルメイドな連作短編集。 出典:楽天
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
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ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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