アンジェリーナ 佐野元春と10の短編(小川洋子)
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![]() 音が言葉を導くことがある アンジェリーナ
佐野元春と10の短編 小川 洋子(著) 小川洋子さんの『アンジェリーナ』には「佐野元春と10の短編」というサブタイトルがついています。
短編は全て佐野元春さんの楽曲と同じタイトルで、それぞれ歌詞が紹介された後で物語が始まります。 1992年6月から1993年3月まで「月刊カドカワ」に連載された10曲10編が1冊にまとめられています。 10曲は以下の通り。 ●アンジェリーナ
君が忘れた靴 ●バルセロナの夜 光が導く物語 ●彼女はデリケート ベジタリアンの口紅 ●誰かが君のドアを叩いている 首にかけた指輪 ●奇妙な日々 一番思い出したいこと ●ナポレオンフィッシュと泳ぐ日 水のないプール ●また明日… 金のピアス ●クリスマスタイム・イン・ブルー 聖なる夜に口笛吹いて ●ガラスのジェネレーション プリティ・フラミンゴ ●情けない週末 コンサートが終わって (小川洋子さん『アンジェリーナ 佐野元春と10の短編 目次より引用) まず前提として、あなたは佐野元春さんをお好きでしょうか?
私はもともとは大滝詠一さんが好きで、大滝詠一さんと佐野元春さん、もう一人杉真理さんを加えたナイアガラトライアングルのアルバムなどを通して佐野さんの音楽を認識しました。 佐野さんの歌の中でいちばん好きなのは「SOMEDAY」。声と独特なリズムが素敵。残念ながらこの短編集には含まれていません。 著者小川洋子さんは佐野元春さんのファンなんですってね。 最初に佐野元春さんの楽曲から短編を、という企画をお聞きになった時には、若干の戸惑いもあったそうですが、佐野元春さんの快諾のもと、書き始めてみると、どんどん物語が膨らんだのだそうです。 毎月1曲を選んで、聴き込むうちに描きたい物語が生まれてくる、著者にとってそんな幸せな体験を経て生まれた短編たち。 私はてっきり、歌詞ありきで、歌の世界の延長線の物語なのだろうと思っていたのですが、読んでみてびっくり。この歌からこの物語が生まれるの?と驚くばかりでした。さすがは作家さんだなぁと。 単行本のタイトルでもある第1作目の『アンジェリーナ』。 歌をご存知の方は、みんな思うことしょう。バレリーナが登場するんだな、と。私もそう思いました。いや、そうでなければ『アンジェリーナ』じゃないだろう、と。 ご安心ください。もちろん、バレリーナが登場します。だけど、バレリーナをめぐる状況が予想と全く違いました。 さすがは小川洋子さん。 10作の中で私が特に好きなのは『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日 水のないプール』と『ガラスのジェネレーション プリティ・フラミンゴ』です。 どちらも主人公は女性で、過去の体験を振り返る形式です。 『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日 水のないプール』では、ある夏のアルバイト先でのお話。 水を抜いたプールを一生懸命掃除している吃音の青年と、主人公。 大きく話が展開することはありませんが、不思議な余韻が残り、読み終わると私までがナポレオンフィッシュを探して水族館巡りをしたくなるのでした。 『ガラスのジェネレーション プリティ・フラミンゴ』では、かつて自分を振った男性と再会した女性が、あの時はごめんと謝る男性に対して「気にしないで」と、昔の自分のことを語ります。それが本当の話なのか、女性の作り話なのか、よくわからない不思議な結末です。 私はいつも、日常の景色の中に不思議さが織り込まれているのが小川洋子さんの魅力だと思っているので、特にこの2作に惹かれたのかもしれません。 今書いていて気がつきましたが、どちらも動物が出てくることも惹かれるポイントかも。 10の短編以上に魅力を感じたのは、あとがきです。 佐野元春さんの楽曲から小説を生み出した経験から感じたことを、小川さんはこのように語っています。 音が言葉を導くというのは、確かにあることなのです。音だけでなく、一枚の絵や、どこかの風景や、誰かのささいな仕草の中に、物語を感じる瞬間というのがあるのです。その心の震えを言葉に置き換えてゆくことで、わたしはいくつかの小説を書いてきました。
考えてみれば小説は言葉だけで成り立っているというのに、その源は言葉の存在しない場所で発生しているのです。 (小川洋子さん『アンジェリーナ 佐野元春と10の短編』 あとがきより P228〜229) 私はサブスクで、この10曲の再生リストを作って、小説を読むかたわら聞き入りました。
そういう楽しみも生まれます。 ともかく佐野元春さんと小川洋子さん、両方がお好きな方には何倍にも楽しめる短編集だと思いました。 余談ですが、私はこの短編集を読んでいて、ある記憶が蘇りました。 それは私が小学校6年生の時のこと。私は学校のクラブ活動として「文芸部」に所属していました。 「文芸部」では読書だけではなく、自分で小説を書くようにも指導されていて、拙いものを一生懸命に書いたものでした。 自分で言うのもなんですが、私は当時から文章を書くのは好きで、先生からも褒められることが多かったのです。 が、悲しいかな、私にはオリジナリティや発想の豊かさ、創作の力がないようでした。 感想文なら書けても、ゼロからお話を作るとなると、我ながら嫌になるくらい陳腐なものしか書けないのです。 ある時、同じ文芸部の友達から「私ね、百恵ちゃん(山口百恵)の曲からお話を書いてみた」と、作品を見せられた時には心底驚きました。そんな発想が自分にはなかったので。 何年か後に、あれは和歌などの「本歌取り」の手法なのかもしれないと気づきましたが、小学6年生でそれをやってのけた友達はすごいと思います。 で、私はさっそく真似をしたのです。当時ヒットしていた曲からお話を作ろうとしたわけです。 本当は私も百恵ちゃんの曲で作りたかったけれど、それだと100パーセント真似っこになるので、桜田淳子ちゃんの曲で作りました。 選んだ曲は「三色すみれ」。 今思うと、なぜ12歳のお子ちゃまがこの曲で物語を書けると思ったのか、我がことながらわかりません。 とりあえず、書いてみたものの、やはり陳腐。 歌詞から一歩も外に出られていない!! 自分にはオリジナリティがないのだな、と痛感したのでした。 そんな私だからこそ『アンジェリーナ 佐野元春と10の短編』の凄さが身に沁みてわかるというもの。 ずっとずっと記憶の引き出しの奥に押し込んで、すっかり忘れていた自分の黒歴史を思い出させてくれた『アンジェリーナ 佐野元春と10の短編』でした。 アンジェリーナ
佐野元春と10の短編 小川 洋子(著) KADOKAWA 駅のベンチで拾ったピンクのトウシューズに恋した僕は、その持主の出現を心待ちにするー「アンジェリーナ」。猫のペーパーウェイトによって導かれたベストセラー小説とはー「バルセロナの夜」。佐野元春の代表曲にのせて、小川洋子が心の震えを奏でて生まれた、美しい10の恋物語。物語を紡ぐ精霊たちの歌声が聞こえてくるような、無垢で哀しく、愛おしい小説集。 出典:楽天 ![]() 池田 千波留
パーソナリティ・ライター コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。 BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」 ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HP/Amazon
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