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古池に飛びこんだのはなにガエル?(稲垣栄洋)

面白い、面白すぎる。

古池に飛びこんだのは なにガエル?
短歌と俳句に暮らす生き物の不思議
稲垣栄洋(著)
私がパーソナリティを担当している大阪府箕面市のコミュニティFMみのおエフエムの「デイライトタッキー」。

その中の「図書館だより」では、箕面市立図書館の司書さんが選んだ本をご紹介しています。

2024月9月18日放送の番組では、稲垣栄洋さんの『古池に飛びこんだのはなにガエル?』をご紹介しました。

著者 稲垣栄洋さんは農学博士。1968年のお生まれだそうですから、私より5歳年下ということになります。

私はこれまでに、みのおエフエムの「図書館だより」で紹介するため、稲垣栄洋さんのご著書を2冊拝読しました。

『たたかう植物 仁義なき生存戦略』と『敗者の生命史38億年』はどちらも、普段の私なら絶対に手に取らないもので、植物が生き延びるためにどのような道を選んできたかが描かれていました。

例えば、歩いて移動できない植物が生きる場所を広げるために鳥や昆虫を活用します。蜜や果実を「エサ」にして、花粉や種子を別の場所に運んでもらうわけです。

また、長い目で見れば勢いのある種よりも、「負け組」や「敗者」の方が進化するチャンスを持っていることも描かれていました。

稲垣さんの文章は平易で専門外の私にもわかりやすく、何より植物の「知恵」がとても面白いのです。

稲垣栄洋さんの『古池に飛びこんだのはなにガエル?』のサブタイトルは、「短歌と俳句に暮らす生き物の不思議」。

稲垣さんは40歳を過ぎた頃に、中学校時代の国語の先生の勧めで短歌を始めたのですって。ここに農学博士と短歌・俳句の接点が生まれました。

農学博士の視点で短歌と俳句を語る……これまでの専門書が面白かったのですから、この作品にも期待が高まりました。

結論から先に言うと、やはりとても面白かったです。短歌や俳句を植物学や昆虫の行動学の視点で分析するなんて、私には初めてのことだらけでしたから。

掲載されている57の短歌・俳句の中から特に印象的だったものをご紹介します。

句の前に書いている数字は、書籍の中での順番で、ページに記載されているまま引用します。
04  初蝶や 菜の花なくて 淋しかろ   夏目漱石
(稲垣栄洋さん『古池に飛びこんだのはなにガエル?』 P24-29)
菜の花畑を飛ぶのはモンシロチョウ。モンシロチョウは蜜を目当てに菜の花畑を飛んでいるのではないそうです。

モンシロチョウの目的は、菜の花の葉に卵を産みつけること。モンシロチョウの幼虫は偏食で、アブラナ科の植物しか食べないのですって。

ではモンシロチョウはどうやって他でもない菜の花を見つけているのでしょうか?

なんと、脚の先で葉などを触って見分けているそうですよ。脚の先にセンサーがあって菜の花が分泌する物質を感知するのだとか。蝶々のあの細い脚先にそんな能力があったとは!

じゃあ、菜の花が分泌する物質とは何かというと、それはある種の毒。

植物にしてみれば、むしゃむしゃ食べられていては自分の身が持ちません。ですので、昆虫にとって嫌な物質や毒物を分泌できるように進化している植物があるそうです。菜の花もその一つ。

ただ、他の昆虫が嫌がって近寄らない菜の花を食べることができたら、そこは独占市場のようなもの。モンシロチョウは菜の花の毒を分解できるように進化することで他の昆虫と競合しない「餌場」を確保しているのだそうです。

ちなみに、モンシロチョウは1箇所に一つしか卵を産まないんですって。卵から孵った幼虫が葉を取りあいせずに済むように。

そりゃそうですね。菜の葉にカエルみたいに一気にたくさんの卵を産んでしまったら、幼虫たちが小さな葉を取り合うことになります。いやー昆虫の生態ってすごく合理的。

だからモンシロチョウは菜の花畑をひらひらと飛び回るというわけ。

「初蝶や菜の花なくて淋しかろ」の背景として、植物と昆虫の凄まじいまでの戦略があるとは驚きです。
08  草いろいろ おのおの花の 手柄かな   松尾芭蕉
(稲垣栄洋さん『古池に飛びこんだのはなにガエル?』 P44-49)
赤や白、黄色に紫。いろいろな色の花があります。

私は何も考えずに「綺麗だなぁ」と花を眺めますが、農学博士 稲垣さんの視点は違います。
植物が美しい花を咲かせるのは、昆虫などを呼び寄せて花粉を運んでもらうためである。
昆虫にも好みがあるのですって。あるいは、見えやすい色があるのですって。

例えば、黄色い花に寄ってくるのはアブの仲間、白い花に集まるのはコガネムシの仲間…というように。(別の章で紹介されていましたが、鳥の多くは赤い花を好むのだそう)

花にとって、一番ありがたいのはミツバチなどのハチの仲間。というのは、ハチは飛ぶ力が強くて、長距離を移動することができる、ということは、花粉を遠い場所に運んでくれるということ。

しかもハチは自分だけではなく、巣の仲間のぶんも蜜を集めてくれるので、何度も花を訪れてくれ、その都度体に花粉をつけて飛んでいってくれる、利用しがいのある昆虫なのです。

そのミツバチが好むのは紫色の花。いやー、知りませんでしたよ。

だったら世界中の花が紫色になっていてもおかしくないように思いますが、いくら紫色の花を咲かせても、ハチが自分たちを選んでくれるとは限りません。

ライバルも多いし。だったら、ハチほど遠くまで花粉を運んでくれなくてもよしとして、別の昆虫に来てもらった方がいいかも……

ということで、長い時間をかけて植物は花の色を選択してきたようです。

ちなみに、他の章で紹介されていましたが、利用しがいのあるハチのために、花の形も変えている種もあるんですって。

つまり、ハチを呼び寄せるための蜜を他の昆虫に与えてはもったいない、ということで、複雑な形の花を咲かせるんです。

その代表はハナショウブ。ハナショウブの垂れ下がった花びらに黄色い模様がありますね。あれはガイドマークと呼ばれるもので、「この奥に蜜があるからね」という目印なのですって。

ハチはとても頭がいいんだそうで、ハナショウブの垂れ下がった花びらをヘリポートのように利用して着地、ガイドマークに沿って重なっている花びらの間に潜り込み、奥に侵入、蜜にありつきます。

ハナショウブのおしべとめしべは、ハチが潜り込む通路の中に配置されており、うまい具合に蜂の体に花粉がつくようになっているんですって。

もちろん、構造が巧みなだけではありません。ハナショウブの色は、ハチが好む紫色!

面白い、面白すぎる。

もう俳句や短歌そのものより、そこに出てくる植物と昆虫のせめぎ合いの方が面白い。

私はみのおエフエムの番組内で、俳句を紹介するコーナーも担当しています。この本に出会ってしまったからには、今までとは全く違う気持ちで俳句に向き合いそうです。

でも一つだけ付け加えておきますね。

稲垣さんは俳句や短歌に出てくる生き物を単に分析・解説しておられるのではありません。
ありとあらゆる生き物たちが、与えられた命を生き抜いて死んでいく。そうやって生き物たちは命のバトンをつないできた。そして、そんな生命の輝きを、古人たちは歌や俳句に紡いできたのだ。

松尾芭蕉の俳句に私たちは江戸時代のセミの声を聞く。これは、とてもすごいことだ。

すごいことは、他にもある。私たちはこの句に、何百年も前の芭蕉の思いを感じ、そして共感することができる。これは、とても不思議なことである。
(稲垣栄洋さん『古池に飛びこんだのはなにガエル?』おわりに  P229-230 より引用)
重ねて言います。私は今までとは違う視点と気持ちで俳句に向き合えそうです。
古池に飛びこんだのは なにガエル?
短歌と俳句に暮らす生き物の不思議
稲垣栄洋(著)
辰巳出版
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」

パーソナリティ千波留の
『読書ダイアリー』

ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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