老害の人(内館牧子)
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![]() これもまた幸せな老後の一例かも 老害の人
内館牧子(著) 『終わった人』『すぐ死ぬんだから』『今度生まれたら』にづつく高齢者小説第4弾、内館牧子さんの『老害の人』を読了しました。
明代の父 戸山福太郎は昭和10年生まれの85歳。親(明代から見ると祖父)から受け継いだゲーム製作会社を発展させ、自社ビルを持つまでに大きくした。
福太郎は75歳で引退した。会社は明代の夫である純市に任せて悠々自適の毎日だ。 明代と結婚する際、純市は婿養子に入ったのだ。毎晩のように夫を相手に、壮年期の自分の仕事ぶりを自慢する福太郎。明代はそんな福太郎のことを、我が親ながら老害だと思う。 会社を譲り受けた立場上、毎度毎度大人しく同じ話を聞いてくれる夫には申し訳ないと思うが、代わりに自分が聞き役になる気にはなれない。 新型コロナの緊急事態宣言が解除された後、自宅で福太郎85歳の誕生日祝いを開いた。福太郎の誕生日祝いは5年に一度、キリの良い年齢の時に行うことにしている。 招待した福太郎の友人たちもやはり高齢者だ。聞くともなしに聞こえてくる参加者の話に明代は呆れた。 誰一人として他の人の話など聞いていない。ただただ自分語りをするのみ。 やれどこが痛い、ここが悪いと病気自慢をする人。 孫自慢が止まらない人。 季語もないような俳句をひねり、その感想を求めてくる人。 絵画自慢の人には、たとえ下手な絵でも褒めなくてはいけない。みんな揃って「老害の人」なのだ。 とはいえ、家庭内でなら老害を撒き散らしてもいいが、福太郎はここのところ週に2回、出勤するようになっていた。 若い社員に自分の過去の業績を自慢して、時間を奪っているらしい。立場上、純市はきついことは言えない。 ついに、明代が父とやり合うことになってしまった。自覚がないだろうが立派な老害だと指摘してしまったのだ。 自分の代で事業を拡大させた人間はやはり違う。福太郎はめげるどころか「老害」友達を集め、何か始めようと画策しているではないか。 一体何をしようとしているのか?! (内館牧子さん『老害の人』の出だしを私なりにご紹介しました) 高齢者小説の第1作目は『終わった人』でした。定年退職した男性のお話です。
ずいぶんな言われようですが、仕事人間だった人にとっては会社を退職する=終わったということなのでしょう。 でも今回は『終わった人』以上にセンセーショナルなタイトルだと思いました。 『老害の人』、なんとキツい言葉でしょうか。 ところがですね、読んでいて深刻になったり不愉快になったりすることが全くありませんでした。 なぜなら、失礼ながら内館牧子さんご自身も高齢者枠に入っておられるため、誹謗中傷に感じないのですよ。”身内が身内の欠点をあらわにしている”感じです。 とはいえ、内舘さんの「老害」糾弾には容赦がありません。 ボランティアガイドをしている明代が最もよく見かけるのは孫自慢をする老人。 明代はそんな時、上部だけ調子を合わせながら、心の中でこう思っているのです。 「お宅の孫なんて、いわば普通の子じゃないの。そりゃ織田信長とかベートーベンとか、小野小町なら自慢しても良いわよ。だけど、どの子もどの子もそこらにいる凡庸な子じゃないの」
(内館牧子さん『老害の人』 P53より引用) 孫の優しい言葉や態度に「もう涙で何も見えなくなって」というのを聞くと、心の中でこう思っております。
孫自慢の老害婆は、すぐ「涙で何も見えなくなる」のだ。
(内館牧子さん『老害の人』 P53より引用) 孫自慢なら適当にあしらえますが、厄介なのは趣味自慢の老人です。
うまくもない絵を見せられて感想を求められるのが、今ふうにいうと「めんどくさい」。 そんな時も、明代の内心の声は辛辣です。 うさぎが餅をついている満月の絵を見ながら心の中ではこう思っています。 (前略)大福餅のようにのっぺりと丸い満月だった。そこにウサギだかカピバラだか不明な動物が、バットを振っているシルエットだ。
(内館牧子さん『老害の人』 P110より引用) 明代さん口が悪いなぁ。
これがもし若い作家さんの文章だったら、読んでいてムッとしたかもしれません。 でも、内館牧子さんが言えば、角が立たないんですよ。大笑いしながら読み進めました。 ここまで「老害」を連呼してきました。 ですが、ご高齢の方、ご安心ください。娘明代に「老害だ」とキツく言われた福太郎の逆襲が痛快です。 「お前ら、『個性』って言葉、大好きだろ。算数ができねえ子供も、かけっこが遅い子供も、人みしりなのも落ちつきがないのも、みんな欠点じゃなくて個性だって、すぐ言うだろ。他人と同じである必要はない、何もかも個性なんだからって。お前ら言っているじゃねえか。それと同じだよ。自慢も説教も繰り返しも、上から目線も足が弱るのも頭が弱るのも、みんな個性だ。覚えとけ、バカ娘」
(内館牧子さん『老害の人』 P143より引用) ちょっと長いけれどこの啖呵を覚えておいて、将来誰かに「老害」って言われたら、言い返してやろうと思います。
そして福太郎が思いついた、「老害」チームのプロジェクトには目から鱗でした。 年配の方がよく、自分たちの体験を若い人に伝えたい、若い人に教えてあげたいと言うけれど、福太郎の考え方は全く違いました。若い人なんか相手にしないのです。 おお、そういう生き方もあるなと目から鱗が落ちました。福太郎が考え出したプロジェクトについては、どうぞご自身で読んでみてくださいね。 この小説は老後の問題だけを描いているのではありません。 明代の子ども、福太郎から見ると孫の進路なども描かれています。 その中で、こんな名言もありました。 先々のことなど考えないから、若者なのだ。先々がないから昔のことばかり言うのが老人なのだ……。
(内館牧子さん『老害の人』 P88より引用) 老人と若者は似ている。先がないから突っ走るか、先を考えずに突っ走るかの違いだ。
(内館牧子さん『老害の人』 P177より引用) 引用したい言葉はまだまだありますが、この辺りにしておきましょう。
つい先日、80代でミシンでの作品作りに目覚め、生きる幸せを目つけたG3sewingの『80代で見つけた生きる幸せ』をご紹介しました。 『老害の人』は、G3sewingとは一見正反対のよう。 だけど、実はアプローチが逆方向なだけで、80代はどう生きればいいのか、考えるきっかけをくれるものでした。 楽しく読むことができ、読み終わった時には、老いも若いも仲良く生きていきたいと思える小説でした。 【パーソナリティ千波留の読書ダイアリー】 この記事とはちょっと違うことをお話ししています。 (アプリのダウンロードが必要です) 老害の人
内館 牧子(著) 講談社 双六やカルタの製作販売会社・雀躍堂の前社長・戸山福太郎は、娘婿に社長を譲ってからも現役に固執して出勤し、誰彼かまわず捕まえては同じ手柄話をくり返す。彼の仲間も老害の人ばかり。素人俳句に下手な絵をそえた句集を配る吉田夫妻に、「死にたい死にたい」と言い続ける春子など、“老害五重奏”は絶好調。「もうやめてよッ」福太郎の娘・明代はある日、たまりかねて腹の中をぶちまけた。 出典:楽天 ![]() 池田 千波留
パーソナリティ・ライター コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。 BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」 ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HP/Amazon
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