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黄色い家(川上未映子)

とても切ない小説だった

黄色い家
川上未映子(著)
私は『黄色い家』というタイトルを見て、絶対に怖い話だと思いました。

というのは、貴志祐介さんの『黒い家』を連想したから。

小説を読んだだけでも恐ろしいのに、大竹しのぶさんで映画化されたんですよ。

想像するだけでも恐ろしすぎて、映画は観に行けませんでした。

『黒い家』は本当に恐ろしい話です。

さてこちらは黒ではなくて『黄色い家』、どんな怖さを秘めているのか?

先入観の塊となって読み始めた私でした。

2020年。主人公 伊藤花は四十歳の独身女性。

花が、20年ほど前に同居していた吉川黄美子と「再会」するところから物語が始まります。

再会といっても偶然道でばったり、といったものではありません。

「傷害と脅迫、逮捕監禁の罪に問われた東京都新宿区、無職・吉川黄美子被告(60)の初公判が東京地裁で開かれた」というネット記事を見つけてしまったのです。

黄美子の罪状は、二十代女性を一年三ヶ月にわたり室内に閉じこめ、暴行して重傷を負わせたというもの。

花は、この記事の吉川黄美子が、20年ほどまえ、数年間一緒に暮らした「黄美子さん」だと直感します。そして20年前のことを思いだし、いてもたったもいられなくなり、同じく当時同居していた加藤蘭に電話をかけてしまうのでした。

そして花は蘭に、あの黄美子さんが逮捕されたことを伝えます。そして言うのです。
「たぶん………あのときとおなじようなことしてて、それで捕まったんだよ。もしかしたら過去のことも問題になって、いろいろがその、ばれるかもしれない。ぜんぜんわかんないんだけど、なんか怖くて」
(川上未映子さん『黄色い家』P19より引用)
やっぱり、怖い話だ!!

吉川黄美子って女性は若い女の子を常習的に監禁しているのかな?

そんな予想をしながら、伊藤花の回想を読むことになりました。

花が黄美子に出会ったのは15歳、中学三年生の夏休みのこと。

花は母親との二人暮らしをしていたのですが、ある朝起きたら母はおらず、かわりに全く知らない女性が眠りこんでいるのを発見します。

もうこのあたりから尋常ではありません。

私が中学生の頃、母が家からいなくなり、代わりに他の人が寝ていたりしたら、どんな反応をしたことやら。

意外と冷静に事態を受け止める花に驚きました。

読み進むに従って、花の境遇がわかってきて、胸が苦しくなってきます。

花と母親が住んでいるのは東村山市のはずれの、古くて小さな文化住宅。

木造二階建て、共同玄関共同トイレで、2000年代にまだ取り壊されずに残っているのが不思議なほどのボロボロな建物。学校の友だちが「こんなところに人が住んでいるのか」と見に来るくらいのぼろ屋です。

花が小学校高学年のころ、父親が出て行ったきり帰ってこなくなって、母親は水商売で花を育ててくれるのですが、典型的なその日暮らし。

花は学校の友だちから「ビビンバ」と呼ばれています。色が黒いこと、「貧乏」と音が似ていることからそう呼ばれているのです。

もう、このあたりでかなりつらいです。

15歳の女の子の気持ちで読んでしまうので。

だけど、花の母親は脳天気というのか、考えが足りないというのか、彼氏ができると花をほったらかしにして1ヶ月近く家を留守にしたりします。そのかわりに泊まりに来てくれたのが黄美子というわけ。

黄美子は暇があれば掃除をするような人で、料理も上手。

おまけに、花のことをビビンバと呼んでいた同級生ともうまくやってくれて、最後は花のことを揶揄する同級生はいなくなるのでした。

あれ?黄美子ってなんだかいい人みたいに思える。

いつ豹変して、花を監禁するんだろう?そんなふうに思いながらページをめくっていきました。

先入観とは恐ろしいものです。

読み終わるころ、私はぐずぐずと泣いていました。

『黄色い家』はちっとも怖くなかったです。

哀しくて切ない小説でした。

花は誰かに頼って生きようとはしません。自分が頑張ってお金を稼いで、生きていこうとするのです。そのたくましさはすごい。だけど、うまくいきかけると必ず何かトラブルに見舞われるのです。

それも自分に責任がないようなことで、せっかく積み上げてきたものをぶちこわされます。

まるで砂の城のように。

花の周囲の人たちも、みな、幸せそうに見えません。

この世界は不条理であり、不平等であることは知っているけれど、弱者はいつまでも弱者なのか?頑張っても頑張っても逆転はできないのか?一度底辺に落ちたら這い上がれないのか?そんなことが頭の中をぐるぐる回りました。

若干ネタバレですが、タイトルの黄色は金運を意味しています。

私も金運に良いと言われている「黄色」を意識して生活してはいます。

新しく買ったコンパクト財布も黄色にしましたしね。

ただ、花の「黄色」へのこだわりは尋常ではありません。

物狂おしいまでの「黄色」へのこだわりは、恐ろしくもあり、滑稽でもあります。

でも、花がそこまで「黄色」を信仰するのはやはり、お金がない生活を知っているゆえであり、それを嗤うことはできません。

「黄色い家」から出て20年、花はいっしょに暮らしていた頃の黄美子と同年代になっています。次の20年後、花はいったいどんな60代になっているのだろう。

そう思うと、またため息がでてしまうのでした。

ああ。つらい、辛かった。

だけど最後まで読まずにはいられない小説でした。
黄色い家
川上未映子(著)
中央公論新社
2020年春、惣菜店に勤める花は、ニュース記事に黄美子の名前を見つける。60歳になった彼女は、若い女性の監禁・傷害の罪に問われていた。長らく忘却していた20年前の記憶ー黄美子と、少女たち2人と疑似家族のように暮らした日々。まっとうに稼ぐすべを持たない花たちは、必死に働くがその金は無情にも奪われ、よりリスキーな“シノギ”に手を出す。歪んだ共同生活は、ある女性の死をきっかけに瓦解へ向かい…。善と悪の境界に肉薄する、今世紀最大の問題作! 出典:楽天
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池田 千波留
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BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」

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ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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