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まいまいつぶろ(村木 嵐)

人間の崇高さを感じる

まいまいつぶろ
村木 嵐(著)
人間の崇高さに胸が震える歴史小説を読みました。第9代将軍 徳川家重を描いた村木嵐さんの『まいまいつぶろ』です。
八代将軍徳川吉宗の長男 長福丸(ながとみまる)14歳。本来ならそろそろ元服し、跡取りらしく「若様」と呼ばれても良いはずだが、そうはなっていない。

長福丸は身体に障がいがあり、片方の足と手が動かない。言語も不明瞭で、「あー、うー」としか聞こえない。思いがうまく伝わらないせいか、長福丸は時折ひどい癇癪を起こす。

おまけに、尿意を長く我慢できないらしく、長時間の謁見のあと、長福丸の座っていたところは濡れていることがある。

そして濡れた裃で歩いた後には濡れた筋が残る。そんなことから、家臣の中には長福丸を「まいまいつぶろ(カタツムリ)」と呼ぶ者もいた。

それは病の影響かもしれないが、いい歳をして粗相をしてしまう長福丸を愚鈍だと見る家臣は少なくなかった。そして彼に九代将軍は無理である、弟の小次郎丸こそ相応しいと考え、ますます長福丸を蔑ろにするのだった。

しかし吉宗自身は、あっさりと次男を次期将軍に据える気持ちになれないでいる。

皆が言うほど、長福丸は愚かなのだろうか?確かめたいが、何を言っているのか、親である自分でも聞き取れない。親として情けなく歯痒い思いをする吉宗だった。

そんな時、長福丸の言葉を聞き取れる少年が現れた。清廉な人柄で知られる大岡越前の遠縁のものだという。

「まいまいつぶろ」と揶揄された長福丸が、大岡兵庫(のちの忠光)と二人三脚で九代将軍家重になる物語。
(村木嵐さん『まいまいつぶろ』の出だしを私なりにご紹介しました。)
八代将軍、徳川吉宗の名前は知っていましたが、その次の将軍家重のことはほぼ何も知りませんでした。

徳川家康の再来だと言われていた吉宗の嫡男 長福丸。彼が障害を持っていたことも今回初めて知りました。

片方の手や足がほぼ動かない、もう片方の手も絶えず震えていて、字を書くどころか、本を読むことも自力では不可能だったのですって。

しかも、病気のため、公式の場で長く座り続けているとお漏らしをしてしまう……

将軍の嫡男として生まれて、人に侮られてはいけない、堂々としていなければいけない、だけど自分自身の体は思うように動かず、意思を伝えるにも言葉にならない。

幼い頃からどれほどの我慢を重ねてきたことでしょう。

吉宗の家臣の中には、見た目だけで判断し、長福丸を愚鈍だと思う人もいました。

ところが、長福丸は決して愚鈍ではなかったのです。

記憶力も理解力も並々ならぬものを持っていました。

長福丸に将軍となる資質があると感じ、信じる家臣たちは、別の意味で長福丸のことを「まいまいつぶろ」だと思っていました。

自分自身の意に従わない体と、言葉、ハンディキャップという大きな殻をかついで生きている「まいまいつぶろ」だと。そしてそれがどれほど生きづらいことかと心を砕く家臣もいたのです。

父 吉宗や心ある家臣が、せめて長福丸が何を言っているのかわかったなら、と思っていた時に、現れたのが大岡兵庫(のちの忠光)。

初めて対面した時、大岡兵庫は長福丸に「余の言葉がわかるのか?」と問われ「もちろんでございます。どうしてそのようなことをお尋ねになるのでしょう?」と答えます。

なんの苦もなく聞き取れる大岡兵庫には、他の人も同じように聞こえているとばかり思ったのでしょう。

それから、長福丸の「お口」になった大岡兵庫。

彼が長福丸に仕えることになった時、遠縁である大岡越前から「長福丸さまのお口にはなっても、目や耳になってはならない」と諭されます。

お話したことを素直に通訳するのが本分であり、自分の見聞きしたものに、あれこれ自分の考えをくっつけて長福丸にしゃべって、先入観を与えてはいけない、ということです。

権力者になるかもしれない長福丸の一番身近にいる人間となる大岡兵庫に野心を芽生えさせてはならない、長福丸を操るようなことがあってはならない、という戒めです。

同時に、長福丸をよく思わない家臣たちが大岡兵庫に濡れ衣をかけ、長福丸から遠ざけるのを避ける意味もありました。長福丸がせっかく得た「お口」を封じられることがないようにと。

大岡兵庫は生涯その戒めを破ることはありませんでした。長福丸に誤解された時の自己弁護すら口にすることはなかったのです。

ようやく人と意思疎通することができるようになった長福丸の喜びと、清廉潔白な大岡兵庫。その二人を見ていて、なんとか応援したいと思う家臣たちの温かい心。

やっと息子と会話ができるようになったと喜ぶ徳川吉宗。

読んでいて、胸が熱くなり、何度も涙しました。

将軍 家重が誕生するまでの紆余曲折はこの小説を読んでいただきましょう。

生きてきた全ての経験から、家重は下の者に思いやり深い将軍だったようですよ。

徳川家重について、知ることができて本当によかったです。

そして、大岡裁きで有名な大岡越前の遠縁である大岡兵庫(忠光)の存在についても知ることができて良かった。

人間がこんなにも純粋に、人のために生きることができるのだと感動しました。

ぜひ読んでいただきたい小説です。
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まいまいつぶろ
村木 嵐(著)
幻冬舎
口がまわらず、誰にも言葉が届かない。歩いた後には尿を引きずった跡が残るため、まいまいつぶろと呼ばれ蔑まれた君主がいた。常に側に控えるのは、ただ一人、彼の言葉を解する何の後ろ盾もない小姓・兵庫。麻痺を抱え廃嫡を噂されていた若君は、いかにして将軍になったのか。第九代将軍・徳川家重を描く落涙必至の傑作歴史小説。 出典:楽天
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