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愛なき世界 (三浦しをん)

ないはずの愛がそこにある

愛なき世界
三浦 しをん(著)
「愛なき世界」と聞いて、あなたはどのような世界を想像しますか。

私は思いました

「もしかして任侠の物語?」

ところが表紙を見てみると、植物、きのこ、そして蝶々などが描かれていて私が想像している世界の住人とは全く関係がなさそう。

一体どんな話なんだろう。

読む前から想像をかき立てられる、三浦しをんさんの「愛なき世界」を読みました。
本村さんはT大大学院(多分東京大学)で植物の研究をしている。研究とは地味な努力の積み重ねで、本村さんは来る日も来る日も顕微鏡を覗き込み、シロイヌナズナの細胞の数を数えている。

研究に明け暮れながら、実家の両親に対しては、お年頃の娘らしからぬことをちょっぴり申し訳なく思っている本村さんだ。

藤丸くんは調理師。もともとはおしゃれなイタリア料理店に勤めていたが、T大に近い大衆食堂「円服亭」のオヤジさんの味や働きっぷりに惚れ込み、雇ってほしいと直談判。今ではイタリア料理店を辞め、円服亭の2階に住み込んで働いている。

藤丸くんにとって、円服亭に時々やって来るある集団の正体が謎だった。漏れ聞こえてくる会話に、全く聞いたことがないような単語が多く、なんのグループなのかわからないのだ。

藤丸くんが理解できない言葉で会話するその集団は、T大大学院研究室の人たちだった。その中の1人が本村さん。研究室にランチを届けた藤丸くんは、本村さんの研究を垣間見ることになる。

藤丸くんは研究内容については理解できない。しかし、研究に没頭する本村さんのことは理解できるし、惹かれるものがある。

彼の思いは通じるのか?本村さんの研究はどうなるのか。
(三浦しをんさんの『愛なき世界』の冒頭を私なりに紹介しました。)
大学院生と調理師、一見共通点がないように見えて、実は共通する点があることが徐々にわかってきます。

それは植物や生き物、野菜への向き合い方。

本村さんは植物に魅せられて、細胞レベルで植物を愛しています。

一方の藤丸くんは、調理で扱う野菜に対して、根源的な感動を覚えています。

物語のはじめのほうで、藤丸くんが野菜と向き合う描写があります。

私はその場面が大好き。
野菜をせっせと切っていると、たまに藤丸は不思議な気持ちになる。

迷路のごとく複雑に張りめぐらされたキャベツの葉脈。大根の断面の透きとおるような白さと、白さのなかに精密な模様が描かれている様子。どこまでも出汁や油を吸うナスのスポンジ感と、目には見えぬ輪を縁取るように並んだ小さな種。

切った野菜を明かりに透かして、すごいなあと見入ってしまうことがある。どれもこれも、だれかが設計図に基づいて作ったみたいに、うつくしく精妙だ。野菜ばかりではなく、魚の内臓の配置、骨の形、目玉や鱗の質感も。

生き物を食べてるんだな、とそのたびに藤丸は感じる。こんなにきれいな仕組みと体を持った野菜やら魚やら肉やらを食べて、俺たちは生きてるんだ、と。なんだかおそろしいような気もする。

藤丸はうまく言葉にできずにいるが、つまるところ、死と生をつなぐものだから、料理という行為が好きなのだった。
(三浦しをんさん『愛なき世界』P14より引用)
私は昆虫の姿形を見ると、「誰かが設計図に基づいて作ったみたい」と、感じることがあります。

クワガタのカッコよさ、カブトムシの重厚さ、さっきまで丸かったのにパカっと羽を広げて飛ぶてんとう虫。

なぜ自然にこんな形が生まれてくるの?

子どもの頃から昆虫には不思議、というより神秘を感じていました。

でも、藤丸くんが感じたようにお野菜にも同じことが言えるかも。

野菜を美しく精妙だと思える藤丸くんは、専門的なことは理解ができなくとも、大学院生たちの研究の「核」をつかむ能力があります。

なにより、人の話をしっかり聞く素直さがあるのです。

やがて本村さんも藤丸くんも、研究(実験)と料理は似ている、と思うように。

そんな2人の周囲の人たちも、優しくて気持ちの良い人ばかり。

研究室の皆が、悩みながらも嬉々として自分の研究に打ち込む様子が、とても良い。

研究者ってお互いにライバルではあるけれど、協力者でもあるのですね。

一方の円服亭の大将と藤丸くんは軽口を叩き合いながら、料理やお客様には真剣に向き合っています。

大学から歩いていける場所にこんな美味しい食堂があるなんて、羨ましい。

私は三浦しをんさんの小説を何作か読んだことがありますが、『愛なき世界』の読後感は『舟を編む』を読んだ時と似ている気がしました。

どちらの作品にも専門分野(自分の道)に没頭している人の美しさを感じるのです。

ちなみにタイトルの『愛なき世界』とは、植物の世界のこと。

私たちは時々植物に人間の感情を投影しますが、研究者はそれをしません。してはいけないようです。

植物には脳がないのだから、喜怒哀楽はない、のですって。

だけど、その『愛なき世界』はとてつもなく美しく、研究者を魅了してやまないのでした。

そして愛がないはずの植物の世界に、やっぱり愛はある気がしました。
愛なき世界
三浦 しをん(著)
中央公論新社
恋のライバルが人間だとは限らない! 洋食屋の青年・藤丸が慕うのは“植物”の研究に一途な大学院生・本村さん。殺し屋のごとき風貌の教授やイモを愛する老教授、サボテンを栽培しまくる「緑の手」をもつ同級生など、個性の強い大学の仲間たちがひしめき合い、植物と人間たちが豊かに交差するーー本村さんに恋をして、どんどん植物の世界に分け入る藤丸青年。小さな生きものたちの姿に、人間の心の不思議もあふれ出し……風変りな理系の人々とお料理男子が紡ぐ、美味しくて温かな青春小説。 出典:楽天
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池田 千波留
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ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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