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リカバリー・カバヒコ(青山美智子)

私もカバヒコに会いたい

リカバリー・カバヒコ
青山美智子(著)
変わったタイトルだなぁと思って手に取った、青山美智子さんの『リカバリー・カバヒコ』を読み終えました。

結論から先に言うと、とてもポジティブで優しい読後感の素敵な物語でした。

カバヒコって誰?もしくは何?

表紙を見て、だいたいの想像がつくと思います。

カバヒコとは、カバの形のアニマルライド。

公園やイベント会場などで見かける動物の乗り物をアニマルライドと呼ぶのだと、この小説を読んで初めて知りました。

下にバネがあって、またがって体を揺らすとビヨンビヨン動くタイプもありますが、カバヒコは地面に直接設置されています。

動いたりしません。とても素朴なタイプのアニマルライドです。

生き物ではないものの、カバヒコはこの小説の主役級キャラクターと言っても過言ではありません。

カバヒコは古い団地の一角にある「日の出公園」にいます。

ごくシンプルな公園で、カバヒコの他にはブランコ、砂場、滑り台、そしてベンチがあるくらい。

この公園は古く、カバヒコにも経年劣化が見られ、体に塗られたオレンジ色の塗料はハゲかけています。

おまけに背中には油性ペンで「バカ」と落書きされていたりして、情けない状態。

だけどカバヒコはそんなことは気にせず、いつもニマッと笑っています。

笑顔のはずが、目の黒い塗料も所々ハゲて白くなっているので、涙目に見えます。

涙目で笑うカバヒコは、見かけによらず、実はすごい力を持っています。

足の具合が悪いとか腰が痛い、など、自分の体で治したいところと同じ部分を触ると不調が治るというのです。

まるで「おさすり地蔵」のようなカバヒコは「リカバリー・カバヒコ」と呼ばれ、近隣住人を密かに癒しているのでした。

『リカバリー・カバヒコ』には5つの短編が収められています。
第1話 奏人の頭
第2話 紗羽の口
第3話 ちはるの耳
第4話 勇哉の足
第5話 和彦の目
(青山美智子さん『リカバリー・カバヒコ』 目次より引用)
それぞれの主人公と、カバヒコに治してもらいたい体の部分がタイトルになっています。

5つの話に共通しているのは、主人公は皆、カバヒコのいる公園の近くの新築マンションの住人であること。

彼らはよその地域からここに引っ越してきて、それぞれの「不調」に悩んでいます。

そして偶然、リカバリー・カバヒコの噂を聞いて、自分の治したいところを撫でるのでした。

「第4話 勇哉の足」を紹介しましょう。
勇哉は小学校4年生。

3年生から4年生になるタイミングで新築マンションに引っ越してきた。

引っ越すことは嫌ではなかったし、転入した学校での生活にも特に問題を感じなかった勇哉だが、今度の学校はやたらと行事が多いことが面倒くさく感じられた。

特に11月の行事「駅伝大会」は運動が苦手な勇哉にとって、憂鬱だった。

しかもその駅伝は全員参加ではなく、クラス代表が数人選ばれて走る対抗戦だという。

勇哉のクラスでは足の速い子が二人立候補してくれた。残る一人はくじ引きで決めると担任の先生が言った。

くじに当たっては大変だ。

裕哉は足を挫いたふりをして、くじを引かずに済ませた。

うまくやり過ごせたと思った勇哉だったが、足を挫いたふりをするため片足を引きずって歩いているうちに、本当に足が痛くなってきた。

バチが当たったのだろうか?

そんな時に、リカバリー・カバヒコの噂を聞いた勇哉はカバヒコに会いに行った。

そしてカバヒコの足をさするのだった……
(青山美智子さん『リカバリー・カバヒコ』 「第4話 勇哉の足」の出だしを私なりにご紹介しました)
私も運動がさほど得意ではありませんし、中でも持久走は苦手です。

だから勇哉くんの気持ちはよくわかります。

そして病気や怪我を装っているうちに本当に具合が悪くなるのはよく聞く話です。

勇哉くんの場合、悪くもない足を引きずって歩いているうちに、別の部分に負担がかかり、痛みが生じたのでしょう。

小説とはいえ、すごく親近感が湧く話です。

結果を言ってしまうと、カバヒコはちゃんと不具合を治してくれます。

でもそれはカバヒコの「力」のおかげでしょうか?

本当のところは、カバヒコと向き合ううちに、自分自身の根源的な問題を直視できるようになって問題が解決するのだと思います。

それ以前に、「リカバリー・カバヒコ」の都市伝説を疑うことなく試す素直さも解決の糸口になっている気がします。

最初に書いたように、5つの短編の主人公は皆、新築マンションの住人です。

それ以外に5つの短編には共通する場所があり、第5話へとつながっていきます。

一つ読み終わるたびにカバヒコが愛おしくなっていき、第5話で「なるほどそうだったのか」と納得。

暖かい気持ちになるのでした。

これまで私の人生において、存在を意識したことはなく、名称も知らなかったアニマルライドのことを、こんなに愛しく思うようになるとは。

私は今後、公園の近くを通ったらアニマルライドを探すことでしょう。

しかもそれがカバだったら絶対に近づいてみると思いますよ。

「カバヒコ〜」と呼びかけながら。

さて、私はカバヒコにどこを治してもらおうかしら。

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リカバリー・カバヒコ
青山美智子(著)
光文社
公園の古びたカバの遊具、カバヒコ。カバヒコに触れると、治したいところが回復するという。誰もが抱く小さな悩みにやさしく寄り添う青山ワールドの真骨頂 出典:楽天
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池田 千波留
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コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
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ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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