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彼女の家計簿(原田ひ香)

女性の生き方について考えさせられる

彼女の家計簿
原田ひ香(著)
タイトルから内容を予想するのが難しい小説を読み終えました。

原田ひ香さんの『彼女の家計簿』です。
シングルマザーの里里(りり)は2歳の娘 啓と二人暮らし。

母の朋子とは疎遠にしている。

子どもの頃から母は自分に冷たいと感じていた。

まして家庭のある男性の子を産んでからはなおのこと疎遠になってしまった。

孫のことも可愛いとは思わないのか、祝い金を送ってきただけで会おうともしない。

母の口癖は「みっともない」だった。

きっと、不倫の末に子どもを産んだことも「みっともない」と思っているのだろう。

そんな母から突然、古い家計簿が送られてきた。

それは五十鈴和寿(いすず かず)という人が書いたものだった。

里里は、家計簿を読んでいくうち、五十鈴和寿とは朋子の母親、

自分ににとっては祖母ではないかと思い始める。

里里は当惑する。祖母はよその男性と駆け落ちし、心中したと聞いていたのだが?
(原田ひ香さん『彼女の家計簿』の出だしを私なりにまとめました)
この小説には、里里をはじめとする現代を生きる女性たちと、和寿さんが書いた家計簿が交互に描かれています。

家計簿の始まりは、昭和17年2月23日(月)。

和寿さんは、家計簿にお金の記録だけではなく、その日の出来事も書き残していました。

まず、初日には、家計簿がお姑さんからのプレゼントであること、お姑さんが嫁である自分に家計を任せてくださることが書いてあります。

ドラマの中でしか知りませんが、この頃の日本でお嫁さんに台所や家計を任せるというのは結構珍しいことだったのではないでしょうか。

そのことについて、家計簿にはこう記されています。
このようなお義母さまはほかにはおるまい。加寿、ありがたさに涙がこぼるる思いする。
(原田ひ香さん『彼女の家計簿』P14より引用)
当時の嫁としては、とても恵まれたスタートを切った加寿さんの様子がわかります。

ただ、その前の年の12月8日に真珠湾攻撃があり、加寿さんの家計簿にも徐々に暗い話題が増えていきます。

食料が配給制になったり、夫に召集令状が来て戦争に行ってしまったり…

戦争が終わってもなかなか帰還しない夫を待ちながら、姑と二人で協力しながら闇市に買い出しに行く様子や、せっかく買ったものを憲兵に見つかって没収されてしまったことなど…

いやぁ、他人さまの家計簿兼日記を読むのがこんなに面白いとは思いませんでした。

赤の他人の私がそう思うのですから、もしかして自分の祖母の書いたものかもしれないと思って読む里里が、つい時間を忘れて読みふけるのは当然だと思います。

しかし、読めば読むほど、里里が話に聞いていたおばあちゃんと加寿さんが同一人物だとは思えないのでした。それは読者である私も同じ印象で、加寿さんが夫以外の人と駆け落ちして心中するような人には思えません。

里里は、加寿さんの古い家計簿がなぜ自分の手元に来たのかを突き止めます。

家計簿は元々、「夕顔ネット」というNPO法人の事務所に長く保管されていたものでした。

「夕顔ネット」は水商売や風俗関係の仕事をしてきて高齢になった女性の再就職や職業訓練を手伝いをするNPO法人で、五十鈴加寿さんが遺した土地・建物に事務所を構えています。

NPO法人の代表者によると、五十鈴加寿さんは「夕顔ネット」の近所で、女一人で定食屋を営んでいたのだとか。

ますます「男性と駆け落ちして心中」という話と合致しません。

この小説は、加寿さんという一人の女性が本当はどんな人だったのかを探る「謎解き」のような一面を持っています。それがとても興味深く、どんどん先を読みたくなるのです。

ですが、決してそれだけが主題ではありません。

この小説に登場する女性たちそれぞれの生き方、生きがい、トラウマに、「生きていれば色々あるなあ」と考えさせられるのです。特に、NPO法人の代表さんの話は強烈でした。

タイトルを見た時は、やりくりや家計の切り回しに関する軽いタッチの小説かと思ったのに、人生について深く考えさせられましたよ。

それぞれの女性が色濃く描かれている反面、男性の影が薄い気がして、男性の読者にはどう受け止められるのかな、という疑問はありますが、私にはとても面白い小説でした。
stand.fm
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彼女の家計簿
原田ひ香(著)
光文社
シングルマザーの里里の元へ、疎遠にしている母親からぶ厚い封筒が届く。五十鈴加寿という女性が戦前からつけていたという家計簿だ。備考欄に書かれた日記のような独白に引き込まれ読み進めるうち、加寿とは、男と駆け落ち自殺したと聞く自分の祖母ではないかと考え始める。妻、母、娘。転機を迎えた三世代の女たちが家計簿に導かれて、新しい一歩を踏み出す。 出典:楽天
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」

パーソナリティ千波留の
『読書ダイアリー』

ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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