路(吉田修一)
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![]() 台湾新幹線建設を軸とした日台の人々の物語 路
吉田修一(著) 私がパーソナリティを担当している大阪府箕面市のコミュニティFMみのおエフエムの「デイライトタッキー」。その中の「図書館だより」では、箕面市立図書館の司書さんが選んだ本をご紹介しています。
2023年11月1日放送の番組では、吉田修一さんの『路』をご紹介しました。 「路」と書いて「ルウ」と読みます。 大手商社に入社して4年目の多田春香は、台湾新幹線事業部に所属している。
2000年、春香の部署は沸きに沸いた。 台湾最大の高速鉄道建設工事において、一度は欧州勢に競り負けた日本の新幹線が、 逆転採用に決まった知らせが届いたのだ。 春香はそのまま台湾勤務が決定した。 春香には恋人がいたが、彼は台湾勤務に反対しなかった。 台湾新幹線の開通まで約5年と考えられていたし、日本と台湾は近いのだから、途中で何度も帰国して会うことができると思っていたのだ。何より、お互いの仕事を尊重していたと言える。 しかし実際には、台湾新幹線の工期は大幅に遅れ、開業まで7年もかかることになるのだが…… (吉田修一さん『路』の出だしを私なりにまとめました。) 私は最初、主人公である多田春香の立場から見た、台湾新幹線開通までの企業小説だと思い込んでいました。
NHKの「プロジェクトX」や、山崎豊子さんの作品のような感じかと。 ところが、それは違いました。 台湾新幹線の開発の苦労話などもないわけではありませんが、それよりも、台湾新幹線を軸とした、日本と台湾の人々の縁を描いた小説でした。 主人公の一人、多田春香は入社前の学生時代に台湾に行ったことがありました。 そしてそこで現地の青年と知り合うのです。 たった1日行動を共にしただけだったのに、二人は惹かれ合うのですが、ちょっとしたことで連絡が取れなくなり、何年も過ぎてしまいます。 多田春香はこの台湾勤務がきっかけで、彼と再会できるのではないかと淡い期待を持っています。 一方の「彼」はというと、やっぱり春香のことを思い続けていました。日本にやってきて、日本語を勉強し、現在は日本の建築会社に勤めています。そして春香と再会できないものかと思っているのです。 なんという すれ違い! お互いが相手に会いたがっているのに、かたや日本から台湾へ、もう一人は台湾から日本へ。 読者としては歯がゆいばかりです。 とは言え、「路」は二人のすれ違いを描いているだけではありません。 日本に住んでいる70代の夫婦。奥さんに先立たれた旦那さんは、台湾新幹線が開通するというニュースを見て、台湾に行ってみようと思います。 いえ、「行ってみる」のではなく「戻ってみよう」です。 そのご夫婦はまだ日本の領土だった時代に台湾で生まれ、10代前半までを台湾で過ごしました。 ですから台湾は生まれ故郷なのですが、戦後日本に住むようになってから一度も台湾を訪れたことがありませんでした。その旦那さんには、ある引け目があったのです。 また、台湾高速鉄道の車両整備工になろうと決意する台湾の青年や、留学先で妊娠してしまい、帰国して出産した台湾の女性、多田春香の上司と家族の話など、さまざまな人の人生が描かれていきます。 台湾新幹線が開通するまでの7年間、彼らがどのように成長していくのか、春香は「彼」と再会できるのか? 派手な出来事などはありませんが、それぞれの人生の大切さや重みを感じることができる小説でした。 また、台湾と日本の絆を改めて感じさせてもらえる小説でもありました。 それを感じたセリフをご紹介します。 「もういいよ。いいって。……それにな、俺たち台湾人ってのは、つらかったことより楽しかったことを覚えているもんなんだ。つらかったことなんかすぐに忘れて、楽しかった時のことを口にしながら生きていく。それが俺たちだ」
勝一郎はやっと顔を上げ、子供のように袖で涙を拭った。 「……でもな、勝一郎、それを教えてくれたのは、あんたら日本人なんだぞ」 (吉田修一さん『路』 P453-454より引用) 「春香さんを見てると、『人生』は楽しいものなんだってことを思い出すよ」
「そう?……でもね、それを私に教えてくれたのは、あなたたち台湾人なのよ」 (吉田修一さん『路』 P475より引用) 東日本大震災の時、台湾からは世界一の寄付額が寄せられたことは今でも忘れることはできません。
でもそれは台湾からの一方通行ではなかったことがこの小説を読むと感じられ、今まで以上に台湾に親近感を覚えるようになりました。 まだ台湾に行ったことがないのですが、必ず行かなくてはと思いましたよ。 路
吉田修一(著) 文藝春秋 台湾に日本の新幹線が走る。商社の台湾支局に勤める春香と日本で働く建築家・人豪の巡り逢い、台湾で生まれ戦後引き揚げた老人の後悔、「今」を謳歌する台湾人青年の日常…。新幹線事業を背景に、日台の人々の国を越え時間を越えて繋がる想いを色鮮やかに描く。台湾でも大きな話題を呼び人気を博した著者渾身の感動傑作。 出典:楽天 ![]() 池田 千波留
パーソナリティ・ライター コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。 BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」 ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HP/Amazon
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